第92話 帰り道
「それじゃあ、またね!」
陽春の大きい声が響く。
「はい、ではまた」
「今日はありがとうございました」
上野さんと不知火と別れ、俺は陽春を家まで送ることになった。
あれからテニス部の部長だった佐藤と陽春の関係を考えだしてしまい、どうもモヤモヤしてしまう。帰り道、陽春と一緒なのに無口になってしまっていた。
「和人、どうしたの?」
陽春が聞いてくる。
「うーん、陽春。ちょっと頼みを聞いてくれないかな」
俺はあることを決心し、陽春に言う。
「なに? なんでも聞くよ?」
「そ、そうか。じゃあ、ちょっとだけ陽春の家に寄っていいか?」
「え、いいけど。どうして?」
「いや、ほんとにちょっとでいいんだ。だけど、陽春の部屋に行きたい」
「え? ウチの部屋? い、いいけど……」
陽春が緊張したように言う。
「もしかして、あのときの続き?」
あのキスをしそうになったときの続きかと陽春は思ったのだろう。
「ごめん、まだそこまではちょっと……でも、したいことがあって」
「したいこと?」
「うん。陽春ってあの佐藤ってやつと仲良かったんだろ?」
「え、まだそのこと気にしてたの?」
「うん。だって、仲良かったって言うんなら、今の俺とその頃の佐藤と何が違うんだろうって思って」
「和人は彼氏だもん。全然違うよ」
「まあ、そうなんだけどさ。でも、やってることはあんまり違わないって言うか。結局、陽春と仲良く話しているだけだし」
「手つないだり腕組んだりしてるけど。そんなことは佐藤君とはしてないからね」
「そうなんだけど、さ……もっと、違いを作りたいっていうか……」
「和人……」
「俺は誰よりも陽春と親しいんだぞって、証が欲しいんだ」
「そっか。だったら、あのときの続きを……」
「まあ、そうなんだけどね。俺ってヘタレだし、そこまで出来なくて」
「ふーん、じゃあ何するの?」
「……ハグ、したい」
俺は決心して言った。
「ハグ? ああ、抱き合いたいってことね」
「い、言うなよ」
「別にいいでしょ。それぐらいならいつでもOKだし、はい」
陽春は手を広げて俺の方を向いた。
「そ、外ではちょっと……誰かに見られそうだし」
「だから、ウチの部屋ってことね」
「う、うん。いいかな?」
「和人がやってもらいたいことをやっと言ったんだもん。もちろん、オッケーだよ。じゃあ、行こ!」
陽春が俺の手を取って走り出す。俺も慌てて走った。
あっという間に陽春の家に着いた。
「たっだいまー!」
「お、お邪魔します……」
「あら、陽春。和人君連れてきたの?」
陽春のお母さんが言う。
「うん、ちょっと部屋に居るから。覗かないでよ!」
「わかってる」
覗かないでって言うと、何かしてそうに思われてしまうけど。まあ、実際するんだけど。
そして、俺たちは陽春の部屋に入った。
「久しぶりに来たね、ウチの部屋」
「う、うん……」
なんか緊張してきた。
「じゃあ、はい!」
陽春が手を広げた。俺は陽春をおそるおそる抱きしめた。すると陽春がしっかり俺の体を抱きしめてくる。
「和人……」
ぎゅっと抱きしめられ、俺も陽春を力を込めて抱きしめた。体が密着し、陽春の体の凹凸を感じる。
「陽春……」
「好き」
「俺も好きだ」
しばらく俺たちはそうしていた。すると、ドアがノックされた。俺たちは慌てて離れた。
「なに?」
「飲み物持ってきたわよ」
ドアを開けてお母さんが入ってくる。
「今日は晩ご飯食べてく?」
「あ、いえ。もうすぐ帰ります」
「あら、そうなの」
「今日は送ってきただけでして。今度またゆっくり来ますので」
「そう、じゃあ、また今度ね」
お母さんは出て行った。
「……ハグしちゃったね」
陽春が言う。
「う、うん」
「告白されたときにも和人に抱きついたけど、やっぱり気持ちいいね」
「そ、そうだね……」
「なんか、安心感に包まれて居心地良かった」
「うん」
「やっぱり和人は特別だよ。私とハグした男子は他に居ないから」
「そ、そうだね」
「佐藤君が来ても『俺は陽春と抱き合ったんだぞ』って心の中で思ってね」
「そ、そんなこと! お、思うかも……」
「ふふっ。もう、和人ったら、やきもちやいて……」
やきもち、なんだろうか。確かにそうかもしれない。
「ね、これからは隠れてハグしようよ」
「いいけど、どこでするんだよ」
「うーん、部室とか」
「え!?」
「2人だけの時ね。だって、気持ちよかったし」
「そ、そうだな……」
学校で2人きりになるときはそうそう無いと思うけど、またやれたらいいな。
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