第90話 クレーンゲーム

 陽春がようやく泣き止んで、俺は上野さんと不知火にメッセージを送った。しばらくすると2人がやってきた。ん? なんかさっきまでと雰囲気が違うような……。距離が少し近いか。上野さんの表情もやわらかい。


「陽春先輩、泣き止んだんですか?」


「う、うん。ごめんね」


「いいですけど……」


「あれ? それ何?」


 陽春が上野さんが持っている物に気がつく。確かあれはクロミちゃんとかいうキャラクターだよな


「あー、これ。不知火にとってもらいました」


「え? クレーンゲーム?」


「はい」


「いいなあ! 私も久しぶりにやりたい!」


 陽春が言い出した。クレーンゲームか。俺はあまり得意じゃない。すぐお金が無くなるイメージがある。でも、俺がやるんじゃなくて陽春がやりたいんならいいか。


「ちょっと行ってみるか」


「うん!」


 上野さんと不知火に案内されてクレーンゲームのコーナーに行く。クロミちゃんのところを見てみたが、結構難しそうだ。


「不知火君、良く取れたねえ。何回で取ったの?」


「5回です」


「へー、うまいんだ」


「いや、下手ですよ。その前に大失敗しちゃって散財しました」


「え、どうしたの?」


「あの熊です」


 不知火が指さした方を見る。大きな熊のぬいぐるみだ。こんなの取れるのか?


「あれ取ろうとして無理でした」


「そりゃ、そうだろ。よく挑戦する気になったな」


 俺はあきれて言った。


「まあ、それは……ハハハ」


 不知火が笑ってごまかすが、上野さんは何も言わない。おそらく上野さんのリクエストだったのだろう。


「よし! じゃあ私はこっちにチャレンジする!」


 陽春がそう言って近づいていく。おいおい、大きな熊のぬいぐるみかよ。無理だって。


「陽春、やめとけ」

「陽春先輩、やめたほうがいいですよ」


 俺と上野さんが言う。


「大丈夫! 3回以内で決めるから」


 陽春はそう言うとコインを入れ始めた。3回なんて絶対無理だろ。


「浜辺先輩、無謀ですよ」


 取れなかった不知火が言う。


「大丈夫だって。まかせて」


 陽春は一回目、熊の頭の方にアームを入れた。いや、さすがに持てないだろ。しかも少しずれてるし。と思ったらいきなり首部分をつかみ、持ち上げてきた。


「え!?」


 不知火が驚いている。

 アームはそのまま手元に動いても取れるかと思ったが、途中で落ち、獲得口に少し引っかかる場所になった。


「「「あー!」」」


 俺たち3人は大声を出す。だが、陽春だけは冷静だった。


「さすがに一回では厳しいか。でも大丈夫」


 2回目、陽春は熊の下半身にアームを入れそのまま持ち上げる。すると熊はひっくり返りそのまま獲得口に落ちてきた。


「うわー!」

「す、すごい……」


 俺は陽春の腕前に唖然としていた。


「陽春、すごく上手いな」


「一時期ハマってたからねえ。でも、菜月はもっと上手いよ」


 陽春の親友の森菜月さんか。そうなんだ……


「じゃあ、はい! 雫ちゃんにあげる!」


 陽春は取った熊のぬいぐるみを上野さんにあげた。


「え、いいんですか?」


「うん。だって、不知火君がチャレンジしてたってことは雫ちゃんが欲しかったんでしょ」


「は、はい……そうですけど」


「だから、いいよ! 今日は雫ちゃんに嬉しいことも言われたし」


「あ、ありがとうございます!」


 上野さん、嬉しそうだ。


 しかし、陽春。あんなに大きい物をプレゼントして、不知火のプレゼントがすっかり霞んでしまったような……。不知火、苦笑いしてるな。


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