第87話 雫の入部理由
「じゃあ、次は雫ちゃんに聞こうかな。なんで文芸部に入ろうと思ったの?」
陽春が聞いた。
本好きな上野さんは何か文芸的なことをやりたいとか理由がありそうだな。
「そうですね。最初は別に文芸部に入ろうって思ってなかったんです」
「え、そうなんだ」
「はい。いろんな部に体験入部に行ってて。でも、なかなかしっくりこなくて」
「そうだったんだね」
だから、少し遅めの入部だったのか。
「だって、私って可愛いじゃないですか。だからすぐ先輩にはチヤホヤされちゃったり、男子にはギラギラした目で見られちゃったり、女子には嫉妬の目で見られたりするんで、居心地悪いんですよね」
「な、なるほど……」
上野さん、自分で可愛いって言ったが、そのことに陽春はもう突っ込まなかった。
「でも、文芸部に来たら全然そういう感じじゃなかったんで、ここだなあって」
「即決してたもんね」
「はい、正直言うと陽春先輩と話してたら面白くなってきたんで入ろうって決めました」
「え、ウチ!? ウチが決め手だったの?」
「まあ、そうですね。あんまり言いたくなかったんですけど」
「うわあ! 嬉しい! 雫ちゃんラブ!」
陽春が上野さんの手を取る。でも、陽春、これは嬉しいだろうな。上野さんはなんだかんだ言って、陽春のことを慕っているのは普段から分かる。家にも行ったし。
「あとはもちろん櫻井先輩もですよ。グレッグ・イーガンが一番好きって言う人、初めて見たんで」
「ああ、言ってたね」
「グレッグ・イーガン?」
不知火が聞いてきた。
「SF作家だよ。ハードSFといって難しめのSFを書く作家なんだ」
「へえ。なんかすごそうですね。僕も読んでみたいです」
「不知火には無理よ」
上野さんが言う。
「無理かもしれないけど、それを読めば上野さんに尊敬されるんなら是非読んでみたいです」
まあ、動機は不純だがハードSFを読んでみたいというやつが増えるのは嬉しいな。
「よし、じゃあ今度持ってくるな」
「先輩、『順列都市』持ってきてくださいよ」
上野さんが言う。
「わかった。俺も好きな作品だし持ってこよう」
「それを読めば不知火も櫻井先輩のすごさが分かるんじゃないかな」
「櫻井先輩のすごさはわかってるよ。師匠って呼んでるし」
「え、師匠なの?」
陽春が驚く。
「だって、本のことをゼロから教えてくれて、おまけに可愛い彼女も居るし、櫻井先輩からいろいろ教わりたいですもん」
「俺に教えられることなんてそんな無いけどな」
「いや、ありますよ。是非これからも教えてください」
不知火が俺に頭を下げた。
「ふーん、櫻井先輩のすごさを分かってるってところはちょっと見直した」
上野さんが不知火に言う。
「そ、そうかな」
「うん。でも、陽春先輩のことを『可愛い彼女』って言ったのは減点かな」
「なんでよ! 『可愛い彼女』でしょ!」
すかさず、陽春が言う。
「『うるさい彼女』の間違いかと」
「うるさくないから! 声が大きいだけ!」
「それいつも言ってますよね。でも、うるさいですよ」
「もう!」
陽春も反論しながら笑っていた。上野さんがからかってるだけってわかってるからだろう。
「でもね、雫ちゃんに一つ教えてあげようかな」
陽春が言う。
「なんですか?」
「ウチが騒いでいるときに、和人が『うるさい』って怒ったことは一度も無いんだよ」
「え!? そうなんですか?」
上野さんが驚いて俺を見る。
「……そうだっけ?」
俺もよくわからず陽春を見た。
「うん。からかったときに『うるさいなあ』って言われたことはあるけど、大声出してるときに『うるさい』ってのは一度も無いんだよね」
「そ、そうなんですか……櫻井先輩って陽春先輩のうるささを気にしてないんですね」
「うーん、不快では無いかな」
「和人のそういうところが……好き!」
そう言って、陽春は俺の腕に抱きついた。
「何やってるんだよ、陽春。後輩の前だぞ」
「いいじゃん。今日は見せつけるんだから」
そう言って陽春は上野さんを見た。
「はぁ。いつもなら部室ですよっていうところですけど、今は言えませんね。しょうがない、私は不知火とイチャイチャしてます」
「え!」
不知火が驚いて上野さんを見る。
「冗談って分かるでしょ」
「は、はい……」
不知火は期待を裏切られ落ち込んでいるようだった。
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