第56話 陽春の家

 日曜日、陽春の家での勉強会の日になった。俺たちは熊本駅前の噴水前で待ち合わせをしている。俺が着いたときには既に浜辺陽春、笹川理子、それに小林達樹が来ていた。


「ごめん、遅くなった」


「大丈夫だよ、まだ雫ちゃんが来てないから」


「そっか」


 陽春と笹川さんはいつものようにパンツルックでボーイッシュな格好だ。陽春はお気に入りのキャップをかぶっている。そこに上野雫が来た。


「すみません、遅れました」


「全然大丈夫だよ、待ち合わせ時間にはまだなってないし」


 上野さんは白いワンピースで、まさに清純な美少女という感じだ。


「先輩、どうです? 私の私服」


「ああ、えっと、すごく似合ってると思うぞ」


 かわいらしさに少し照れてしまう。


「ちょっと、和人。デレデレしない。行くよ!」


 陽春が俺の腕を取って歩き出した。みんな着いていく。

 

 しばらく歩くと陽春が急に立ち止まった。


「陽春? どうしたの?」


 笹川さんが聞く。だが、俺は嫌な予感がしていた。


「みんな、ここが和人がウチに告白した場所だよ!」


 やっぱり……


「は? 道で?」

「先輩、ほんとですか?」


 達樹と上野さんが俺を見る。


「まあいろいろあってね。陽春、それはもういいだろ」


 今度は俺が陽春の腕を取って先に歩き出した。

 そこに上野さんが来る。


「先輩、なんであそこだったんですか?」


「いや、人がいなくなったタイミングってだけだから」


「そうなんですか。てっきり、陽春先輩に脅されて無理矢理告白させられたのかと」


「そんなことするわけないでしょ!」


 陽春が怒る。


「ハハハ、俺が自分でここでするって決めたんだよ。ダサいだろ」


「いいえ、先輩はやっぱり他の人と違いますね」


 上野さんがきらきらした目で見てくる。


「ウチの彼氏、すごいでしょ!」


 陽春が自慢して上野さんに言った。


「はい、女性の趣味以外は」


「なんでよ! そこが一番でしょ!」


 陽春が言い返す。


「陽春、静かに。もうすぐ家に着くぞ」


 俺は陽春をなだめた。


「あ、ここですか。結構大きいですね」


 上野さんが陽春の家を見る。


「みんな、入って入って!」


 陽春が扉を開けた。


「お邪魔します」


 俺たちは陽春の家に入る。すると、陽春のお母さんの奈津子さんが出てきた。


「はーい、いらっしゃい。久しぶりね、和人君、理子ちゃん」


「お久しぶりです」


 笹川さんも陽春の家に時々遊びに来ているようで、奈津子さんとは知り合いのようだ。


「はじめまして! クラスメイトの小林達樹です」


「はじめまして。文芸部の後輩の上野雫です」


 挨拶を済ませ、俺たちは陽春が案内する部屋に入った。そこは広い和室で大きなテーブルが置いてある。


「いつも使ってない部屋だから、くつろいでね」


「陽春先輩、私、陽春先輩の部屋にも行ってみたいです。ダメですか?」


「え? 部屋?」


 上野さんの言葉に陽春が少し困っている。部屋に来られるのは想定外だったのだろう。

 でも、上野さんは例の上目遣いで陽春を見てるし、これには陽春も弱いからな。


「じゃあ、ちょっと行ってみる?」


「いいんですか! お願いします!」


「あ、俺も見てみたい!」


 達樹まで言い出した。


「あんたはだめに決まってるでしょ。女子の部屋を見ようとしない」


 笹川さんが言う。


「えー!」


「そんなことしたら私の部屋も見せてあげないからね」


「ご、ごめん、理子」


「まったく……」


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」


 陽春は上野さんを連れてこの部屋を出て行った。


「和人は浜辺さんの部屋って行ったことあるのか?」


「まあな。少しだけ」


「へぇー、で、何かしたのか?」


「な、何もしてないし」


 ほんとは膝枕してもらったけど。


「ふーん、そっか」


 達樹はそれ以上追求してこなかった。


「節度ある交際してるよね?」


 笹川さんがじろりとおれをにらむ。


「し、してるから……。陽春に聞いてもらってもいいよ」


「そっか。さすが、櫻井君」


 笹川さんには信用してもらったようだ。


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