少女と親子①

 「お父様、お母様、お話があります。」


 ある日私、エリーゼ・ランドルフは夫のロックと共に娘のマリアに面会を求められた。


 数日前、食事の時間にマリアから話を切り出されると、日時を取り決め今日の夜に親子三人で話す算段になった。

 我が子ながらよくできた娘だと思う反面、親子が話をするのにそんな約束なんていらないのにとも思う。勿論、それが王国の騎士団長として日々勤しむロックへの配慮だという事は分かっている。


 名門騎士、ランドルフ家の長女として生まれたマリアは、没落した貴族の娘だった私とは違い、慎ましくお淑やかに育ち、幼い頃から子供らしい我が儘も言ったことがない。

 勉強も魔法も礼儀作法も、騎士の家系としての嗜みとして習わせた剣術でさえ完璧にこなしてみせた。


 十歳の時に行った社交デビューではその容姿で会場の人間を釘付けにして、更に自主的に始めた孤児院への慰問や貧困者への奉仕活動の噂も広まり、マリアは巷では王国の天使なんて呼ばれるつつある。

 そしてこの国、エルランテ王国の第ニ王子の婚約者でも

 容姿端麗で才色兼備、そして人一倍の優しさを持つマリアは私の自慢の娘であると同時に、そしてその大人びたところに少し寂しさを覚えた。


 そんなマリアが、場を設けてまで話をしたいと言い出した事はそれなりの話になるだろうと、私とロックは覚悟を決めてマリアを待っていた。 

 そして、指定の時間ちょうどにノックの音が響く。


「お父様、お母様、マリアです。」

「入れ。」


 ロックが許可を出すとゆっくり扉が開き、マリアが入ってくる、その表情は少し緊張しているのか神妙に満ちていた。


「お二人の貴重な時間をマリアに割っていただきありがとう存じます。」


 そう言ってマリアはゆっくり頭を下げる、貴族令嬢としては完璧な挨拶、しかしそれが他人行儀にも感じてしまう。

 マリアはまだ十二歳、まだ子供なのだ。この世界の成人年齢は十八歳でまだ六年もある、もっと甘えてもいいくらいだわ、この頃の私は何をしていたかしら?


 ……恐らく野草を食べていた。


「それで?わざわざ呼び出して一体何の様――ゴフッ」


 私の肘が彼の脇腹に綺麗に入る。


 ――そんな言い方したらマリアが萎縮しちゃうでしょ!


 アイコンタクトで伝えると察した、ロックは申し訳なさそうに一度咳を入れて口を閉じる。

 全く、この人は何故こうも不器用なのかしら?本当ならめちゃくちゃ甘やかしたいくせに、ランドルフ家当主としての威厳を見せたいのか私以外の前には常に厳格に振る舞っている。


 夫のロックは銀色の髪とその感情を表に出さない姿から氷の貴公子なんて呼ばれている、周囲の人間からは厳しい男と思われがちだが、周囲の反対を押し切って没落した貴族の私と結婚するなど、どこかしら情熱的なところもある。


 だからマリアもこのような形式にしてしまったのでしょう、私は今日の機会に少しでもマリアにこの人の優しさの様なものも見せられたならと思う。


「それで、どうしたの?」


 改めて私はマリアの眼を見て柔らかい口調で尋ねる。


「はい、わたくしマリアは、聖女を目指したいと思います。」


 覚悟を決めたような気持の籠ったマリアの言葉に私は夫の方を見る、すると同じことを考えていたのか夫もこちらを見ていた。

 聖女……それは予想外の言葉だったけど、何故か不思議と驚きはなかった。

 親馬鹿と言われるかもしれないけどマリアには聖女という言葉がとてもしっくりきた。

 清楚でおしとやかで時には天真爛漫な我が娘は、既に我が家の聖女のようなものだ。


「それは最近よく行っている村と関係があるのか?」

「はい、私はあの村で女神様に会ったのです。」

「村で女神に?」


 村というのは恐らく、先月訪れた村の事でしょう。 王都からの帰り道に巡回がてら寄った村で、私はロックが村長と話をしている間、マリアと二人で森を散歩していた時に山籠り生活の時に食べていた野草を見つけたので、懐かしく思い食べた結果、腹痛に襲われるという出来事があった村だ。

 我ながらなんとも情けない、あの頃に比べて随分と軟弱になってしまったからこれから定期的に野草を食べないとね。


 まあそれは置いておいて、あの村で女神ね……

 その言葉に少し違和感を覚える、そしてそれを感じたのは私だけじゃなかったようだ。


「……なるほど、いいだろう。」

「本当ですか?」

「ああ、だが、その女神が本物の女神ならな。」


 そう、それこそ私も思った事だった。

 確かに有名な女神の中には小さな村に本殿があったりすることもある。

 しかし、あそこには何かを祭っているような風習はなく、とても女神がいる様な村にも見えなかった。


「魔物、もしくは悪魔が女神を偽っているのではないのか?」


 普段から笑顔を絶やさないマリアが珍しく、曇った表情を見せる、それだけその女神を信用しているのでしょう。しかしそれでも親としては警戒しない理由はない。

 マリアはロックの眼をまっすぐ見つめ返すと、その言葉をきっぱりと否定した。


「……いいえ、それはありえません。私もまだまだ若輩者ですが、女神様と魔物を見間違えるほど腐ってはいません、女神様は魔物じゃ知りえない知識を持っていました、聖女の儀式も詳しく、そして何度もお話して人となりを知り、本物だと確信しました。の方は間違いなく『うんこの女神様』です!」

「……ッフ、そうか。ならばそのうん……え?」


 まっすぐなマリアの言葉が響いたのか、ロックは小さく笑みを浮かべるとうん……え?


……うんこ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る