少女と親子②

「す、すまない、マリア、もう一度言ってくれないか?なんの女神だって?」

「うんこです。」

「そんな下品な言葉口にするんじゃない!」


 自分から頼んでおいてなんて理不尽な、と思うがその気持ちは理解できる。


「えーと、なに?つまりマリアが仕えたいと言っている女神というのは――」

「はい、うんこの女神様で、私はうんこの聖女になりたいのです。」

「……」

「……」


 私は改めてロックと顔を見合わせる。


 ……なるほど、確かにその、うん……の女神なら祀られていない可能性は十分あるかもしれない。

 先ほどのマリアの話からしても恐らく本物の女神でしょう、ただ……


 認めたくないなぁ~


 正直に言えば、今日マリアが何を望んでも最後には折れる予定だった。

 もし第二王子ともう一度婚約したいというのであれば、国王に直訴する予定で、逆に誰とも婚約したくないというのであればそれもいい、寧ろロックはそうであってほしかったみたいだ。

 どんな話でもこの子の覚悟を見定めた後、最終的には許可する予定だったが、今では本気で悩んでいる。


 見てよ、私との初めての出会いが、野宿中の野山で野草を貪ってるときでも無表情だったあなたの父親が混乱しすぎて奇襲を受けたゴブリンみたいな表情してるじゃない。

 こんな顔他の人に見せたら、氷の貴公子が小鬼の奇行種になってしまうわ。


「お父様達が戸惑う気持ちもわかります、何故そのような無名の女神に仕えようと思ったのかと思われているでしょう。」

 ――いや、それもそうなんだけど、無名かどうか以前に何故うん……に仕えようと思ったのかそっちの方が気になるんですけど。


「そ、そもそもマリアはその、うん――の聖女になって何がしたいのだ?」


 ロックが表情が少し戻りきっていないまま、なんとか冷静を装って話を進める。


「勿論、うんこの聖女としてうんこの素晴らしさを世界中に広めたいのです!」


 そういうとマリアはそばに置いていた分厚い資料をテーブルの上に置いた。


 中身に軽く目を通してみると、そこには彼女の文字でうんこについて色々と書かれている。

 生々しい内容もあれば、学問のように難しい言葉で下品さが緩和されていたりする部分もある。

 この歳でよくもまあこれほどの資料をまとめ上げたなあと思わず感心してしまう、流石というべきだがこの能力を他に使って欲しいという思いもある。

 ただ、この資料から見てわかる、この子は本気だ、きっと純粋にうんこが好きなのだろう。


「……お前の思いはわかった、しかしうん……じゃなく無名とはいえ聖女は聖女だろう?そんな簡単になれるのか?」

「女神様が約束してくださったのです、この三年間の間に周囲を説得し、気持ちが変わらなければ聖女に、更に三年聖女を続けてその先も聖女として生きる覚悟が出来たら神聖女に選んでくださると。」


 なるほど、きっと女神様は自分の聖女になることで起こる苦難を想定したマリアを思っての提案ね。

 そして三年間で説得というのは逆にマリアを説得するこちらの期間でもある。

 ……少しマリアが気に入った理由が分かった気がするわ。


「成程、聖女になる約束はもうしてあるのか……して、神聖女というのはなんなんだ、普通の聖女とは違うのか?」

「はい、神聖女というのは御身を女神様に捧げた聖女様の事で、聖女に相応しい聖力と魔力を女神様から授かれるのですが、それと同時に完全に女神様のものとなるということです。」

「それはつまり、どういうことだ?」

「つまり、私が生きている間は聖女を辞めることはできず、結婚もできなくなるという事です。」


 御身を捧げる……か……


「マリア……それってつまり」

「マリアを嫁に出さなくていいと言うことだな?」

「……え?」

「マリアよ、聖女になることを許可しよう!」


 え……ええええええぇぇぇぇぇ、まさかのそこで折れるの?


「本当ですか!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよロック!そんな理由で決めて言いわけ?」

「構わない!マリアを嫁に出すよりはマシだ!神殿のある村は近いのだろう?」

「はい、馬車で半刻程度です。」

「ならばいつでも会えるではないか!マリアを嫁に出すよりうんこに出す方が遥かに良い!」

「うんこを出す側から出される側に、ですね。」


 息を揃えて何言ってんだこの二人は?

 まさかこんなところで、親子らしい一面をみせられるなんて思ってもみなかったわ。

 今日はこの人の父親らしい意外な一面を見せようと思っていたけど、まさかこんな形で見せることになるとは想定外にもほどがある。

 さっきまで躊躇ってたくせに、興奮しすぎてはっきりとうんこって言っちゃってるし、そんなに嫁に出さなくてよくなったのが嬉しかったのか?


 ……まあ確かに気持ちはわからない事もないけどね。

 元々マリアは第二王子の婚約者だったが、第一王子の婚約者であった隣国の王女が病で亡くなったと連絡を受けると、第一は婚約者にマリアを据えたいと言い出し始めたのだ。

 第二王子はこちらに判断を委ね、マリアも私たちの意思に従うと言っていたので王妃になれるほうがこの子のためだと思い、話を受け入れたら、今度は第二王子が婚約破棄を拒否しだしたのだ。

 流石にこれに怒ったロックが一度話をすべて白紙に戻し現状マリアは婚約者はいない状態だ。

 ただ、いつまでもそのままとはいかないと思っていたので最終的にはどちらかと再び婚約することになったのだろうけど、まさかこんな形で抜け道ができるとはね。


「そもそもあんな奴らにマリアを渡したくなかったのだ!うちの娘を物の様に取り合いしやがって」


 王子達をあんな奴って、まあ国王も王子達も根は悪い子達じゃないんだけど、この件に関しては怒って当然だろう。


「はぁ、わかったわ。ただし、どんな聖女でもなるからにはしっかりやりなさい。」

「お父様!お母さま!ありがとうございます。」


 まあ、神聖女とやらになるまでまだ六年あるし心変わりする可能性もなくはないか。

 十五歳になれば学園にも通うことになる、そこで新しい恋とかを見つけることもあるかもしれないしね。


「うむ、やるなら徹底的にな!そしてどんなものにも負けない立派なうんこになるのだ!」

「いえ、うんこ自体は老廃物の塊で汚いのでうんこにはなるつもりはないです。」

「あ、そうか……」


 ロックの熱のこもった言葉をマリアは冷静な口調で返す。

 うんこは敬ってもうんこにはなりたくないのね。


 うんこトークはレベルが高い。

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