第5話 逃げることはなく

 朝、エスは起き上がると、ティーが朝ごはんを作っていた。


「悪い、ソファで寝ちゃった」とエスはいつのまにかかけてあった毛布を取ると、ソファに座った。


「テレビつけて良い?」とエス。


「うん」


 エスは、リモコンで電源をつける。グループにいた頃は、朝のニュース番組に目を通せるほどの暇はなかった。やめた後も、焦りばかりで何も捗らなかった。初めてゆっくりと見る。


 落ち着いてみると新たな発見がある。現在時刻が載っているんだな、寝ている間にいくつもの出来事が起きているんだな、スタジオにいる人は何時に起きて髪をセットしているのだろう。番組ひとつをとっても、情報量が多い。それだけ多くの人が、真剣に作られているからこそだ。


 ティーは、コーヒーとパンと目玉焼きを持ってきて、テーブルに置いた。


「どうぞ」とティー。


「ありがとう」


 エスは、パンを齧り、コーヒーを一口飲んだ。


「今日仕事は?」とエスは聞いた。


「あー、えっと、今日は休みなんだよね」


「珍しいな。俺がいた頃はそんな暇なかったぞ」


「君は、合間は練習していただろう」とティー。


「知っていたのか?」とエス。


「もちろん」とティーは言うと、コーヒーを飲んだ。


 テレビの音が突然変わった。速報だ。先ほどまでのんびりとした様子が打って変わり、スタジオ全体がバタバタとしている様子がわかる。


-えー、ただいま入ったニュースです。都内の高級ホテルにて、アイドルを要する有名事務所の元マネージャー、新見香里奈さんが死亡しているところが発見されました。繰り返します。都内のホテルにて、新見香里奈さん27歳が、死亡しているところが発見されました。新見香里奈さんの宿泊する部屋から、何者かが走って出る様子が防犯カメラに映っており、警察は、なんらかのトラブルに巻きこまれたものとみて、捜査しております。繰り返します……


エスはニュースに釘付けになった。ティーはエスの表情をチラリとみた。


 エスはコーヒーを置くと、立ち上がった。


「俺帰るわ。昨日は、泊めてくれてありがとうな」


「おい、待てよ」とティー。


「帰る」


 エスは玄関に行こうとすると、外からサイレンの音が聞こえた。エスは目を瞑った。


「だから待てって」


「お前に迷惑かけられないだろ!」とエスは言った。


 ティーは目を丸くした。「僕のこと疑わないのかよ」


「疑う?何を?」とエス。


「行かないでくれ。僕を1人にしないでくれ。僕も、君と一緒に行くよ」


 エスはティーと目を合わせた。ティーは嘘のない笑顔をエスに向けた。

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トップ・シークレット 夏目海 @alicenatsuho

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