第3話 生きるか死ぬか

 ティーはマンションの自室へとエスを招き入れた。マンションはセキュリティのしっかりした、コンシェルジュ在住の物件だった。


 ティーの部屋には必要最低限のものしか置かれておらず、綺麗に片付いている。家具は全て黒で統一されていた。


 グループのCDもポスターも、全く貼っていない。言われなければ、人気アイドルの住んでいる部屋だとは思えない。


「なんか飲む?ウイスキーしかないけど」とティーは言った。エスは無言のまま頷いた。


 テレビのあるリビングで、高級で柔らかなソファに身を埋める。エスとティーは乾杯をした。エスは一気にウイスキーを飲み干した。


「美味しいだろ」とティーは言った。


「なんで俺が飲めるって知ってんだよ」とエス。


「まぁね〜」とティーは言った。


 ティーは練習でも本番でも、常にマスクをつけていた。だから、マスクをとった姿は新鮮だった。想像通り、ティーは整った顔をしていた。


「今日は女は来てないんだな」とエス。


 ティーはウイスキーを飲み干すと、さらに注いだ。「君も物知りだね。でもあの子は既婚者だよ」


「知ってる。恋愛どころか不倫してるなんてな。グループがこれからって時になんでそんなことするんだよ」


 ふんとティーは鼻で笑った。「不倫なんかじゃないよ。彼女は昔の同級生だ。昔話で盛り上がった。それだけ」


「それのどこが不倫じゃないって言うんだ」とエスは気色ばんで言った。


「僕は、女が家に来たら必ずヤる、君のような人間ではないよ、エス君」とティーは言うと、空いたエスのグラスにウイスキーを注いだ。


 エスは、ふっと笑うと、ウイスキーを一気に飲んだ。エスの高ぶる鼓動が少し収まる。


「なぁ、お前の本名なんだよ」とエス。


 ティーは鼻で笑うと、タバコ取り出して、火をつけた。


「吸う?」とティー。


「この部屋で吸っていいの?」


「いいの、いいの」とティー。エスはティーからタバコを一本受け取ると、口に咥えた。ティーはさっとライターで火をつける。


 エスはゆっくり煙を肺に入れると、ふっと白い煙を吐き出した。


「お前、歌舞伎でもそうやってたのか?」とエス。


「よく知っているね。なんでも知られていそうだ」


「昔の客とトラブルにならないのかよ」


「エス君、グループを抜けた君はもう僕に構う必要はない。でも、今回は特別に教えてあげよう。あの時からは僕は顔を変えている。そうだ、エス君、最近面白いものを手に入れた。試してみないか」


 ティーはピンク色の錠剤を取り出すと、ニヤリと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る