第七話:金は宇宙よりも遠い
「どうしたもんかな」
ため息交じりにつぶやく僕は、栗原とボイスチャットをしていた。
ゴールデンウィーク。4月24日からの10連休の最終日の夜中の1時。普通の学生なら、この間に旅行に行ったり、PCゲームでランクマにもぐったりするものだが、僕らの連休はかなり毛色が違っていた。
野郎二人でひたすら宇宙に行く方法を考える。まさに不毛な休日の過ごし方だった。
「こんなのどうだ?」
栗原が何度目かわからない閃きをする。質より量、普段のノリをそのままこの議論に持ち込んでくる。
「....一応聞いてやろう」
僕は多分ダメだろうと思いつつも一応聞く。画面のkuriguriと書かれたアイコンが緑色に点滅して、彼の声がヘッドフォン越しに聞こえてくる。
「NASAに頼んでさ....」
「だから無理だろ」
栗原は、とりあえずNASAかJAXAを引き合いに出し、無茶苦茶な理屈を持ち出して、何とか正当化しようとする。まあ、奴らしいといえば奴らしい。
「じゃあどうすりゃあいいんだよ! 俺だって頑張ってるんだよ....」
「頑張ってるのは伝わってくるが....」
生暖かい沈黙が流れた。現在問題になっているのは、ロケット自体の問題ではなく、その土台の話。つまり、ロケットエンジンの噴射に耐える発射場を、僕たちの小遣いで用意しなければならないのだ。それらの建築費用、およびテスト、発射も含めて1年で行わなければならない。
無謀だった。
だが、栗原がアイデアの神に愛されているのは確かだったらしい。
「思いついた!」
栗原が突然大声を上げる。ネットワークのパケット越しでも、その目が輝いているのは、伝わってきた。
「どんな?」
「聞きたいか?」
「もったいぶるな。早く言え!」
相変わらず面倒くさい.... 奴はたっぷり間を取った後、喋り始めた。
「こういうのはどうだ? 発射場がどうにもならないなら、そもそも作らなきゃいい」
「どういうこった?」
「地上から打ち上げなきゃいい。つまり、飛行機から発射すりゃあいい」
「え....」
僕は絶句する。何を言ってるんだこいつは? 飛行機から発射する? つまり、ミサイルで宇宙へ行けと? まあ衛星を落とすミサイルもないことはないが....
「どちらにしたって、ロケット技術はいるぞ? そんなもん誰が譲ってくれるんだ?」
「翼を付けりゃあいい」
「翼を付けてたら宇宙まではいけないぞ?」
「宇宙に出るときに二段目を発射すりゃあいい」
「....」
うん、まあ....ええっと....
つまりはこういうことか。
何らかの飛行機に付けた無人飛行機を発射し、それで超高空まで揚力を使って飛び上がる。宇宙空間の寸前で翼がついた部分を切り離し、第一宇宙速度を突破し、一気に衛星軌道上まで到達する。
あれ? できそう?
「これはさすがのお前でも、否定できないだろ? どうだ、俺の圧倒的アイデア力は!」
思いついたことがうれしいのか、飛び跳ねる音がノイズキャンセリングに妨害されながら聞こえてくる。そんな栗原を横目に僕は考える。確かにそのアイデアなら、発射台という圧倒的な障害はなくなり、ほとんどの部分を宇宙工学、つまりはロケットに関する理論やデータではなく、航空工学、つまりは長年培われた航空機の理屈をもって考えることができる。
確かにアリだった。
「とりあえず、試算してみるから、明日学校で会おう」
「お、やっと食いついたな! じゃあいつもの部室でな!」
今夜は徹夜だろう。
◇
「約10億」
箭内や奥内から感嘆の声が漏れた。隣で腕を組んだ栗原が得意げに胸を張っている。
内訳は以下である。現在、耐用年数を迎えようとしている、1台10億円のF15D/Jのエンジンを20年経過しているとして、直線法で計算して残価を求める。
すると、1台約3.33億円となる。ここでは四捨五入して3億円と計算する。これを二つ買うとして6億円。
これに諸々の諸経費が積み重なっていく。
材質にチタン合金を用いるとして、約5000万円。
塗料としては耐熱塗料を使用するが、これはネット上にデータがなかった。多めに見積もって5000万円程度、ここでは簡単に5000万円とする。
あとは最後に発射するロケットの部分について完全にわからなかったため、ここは仮定として、4億とする。
すると大体ピッタリ10億円。年末ジャンボが大当たりすればワンチャンあるぐらいの値段に収まる。
問題は....
「飛ばす飛行機はどうするんですか?」
そりゃあ当然の疑問だろう....
「そこなんだよ」
僕は同意する。すると箭内がいつもの元気な声で言い放った。
「こういう企画は、話題性もあるしどこぞの大手旅客業者が食いつくわよ、だったらタダってことになるわ! だからその辺は大丈夫!」
「ほんとかぁ?」
「でも、筋は通ってるでしょ?」
箭内はなおも自身を崩さない。
「通ってるかあ?」
「でも....」
奥内が口を開いた。
「飛行機の外側になにか付けるとなると、航空法では航空局長の許可が必要です。その点では少しハードルが上がる気が....それに航空機を改造することを簡単に会社が許可するでしょうか?」
栗原も口を開く。
「言い出しといて何だけど、安いったって10億円だしなあ....俺たちの小遣いじゃあとても無理だぜ。よほどの大富豪がスポンサーにつかねえと」
「....」
皆押し黙る。
明らかに現実的ではない。奥内と栗原の言うことはもっともだった。
だが、一つだけ....いや、一人だけそのすべてを解決し、宇宙に連れてってくれるかもしれない人物を僕たちは知っている。だが、誰も言い出さない。言い出せば確実に勇者になれるのに、ただじっと押し黙っていた。
古びた時計が時間を刻む音だけが、部屋に流れていた。15分ずれたその時計は、そろそろ17時を指し示そうとしていた。時計の短針がピタッと17時を差し、調子外れのフクロウが鳴き出す。その鳴き声を背景に、一番内気で、一番心が強い女の子が口を開いた。
奥内は目を斜め下に落とし、とんでもなくいやそうな顔をしている。
「一人....当てはあります....」
「まあ、確かに....」
「そうよね」
「ええ....」
全員その言葉の先は想像がついた。
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