第六話:墓前に花束を

 人通りの少ない交差点。この町で最も太い、道と道が交差するこの場所で、倉田カオルは亡くなった。彼女は地方では珍しく、ヘリの離着陸場がある岡山大学にドクターヘリで運ばれた。だが、数時間に及ぶ医師たちの懸命の処置もむなしく息を引き取った。今では、花束が添えられた白い仏がぽつりとガードレール脇に立っているだけであった。「もう5分早ければ....」その言葉が処置にあたった医師からこぼれたという。


 彼女が亡くなって三か月たったこの日、茶と黒が混じる長髪の少女が曇った顔で現れた。手にはカスミソウとオオデマリ、そしてユリが束ねられた花束が抱えられている。彼女が仏の前に立った時、どこからともなく暖かい風が吹き抜けた。


 彼女は髪を手で押さえ、空を見上げる。純白の層積雲にはところどころ隙間が見え、ステージライトのように陽光が隙間から差していた。物憂げなようで、それでいて何かつきものが落ちたような顔になった彼女は少し考えた後、花束をガサリと音を立てて墓前に供えた。そしてゆっくりと手を合わせ、紫の瞳をした目をつむる。


 彼女は目を閉じて、祈りをささげる。徐々に空の雲の亀裂はゆで卵を打ち付けたように広がっていき、ほとんどの雲が天球から消えていった。はっと彼女は目を開けた。そして、口を開く。


「先週ぶりですね」


 仏像は何も答えない。ただ、アルカイック・スマイルを浮かべ、祈るものを薄目で覗いている。しばらく彼女が立ち尽くしていると、ユリの花が一枚散った。しなやかで新鮮な花弁は、くるくると回りながら宙に舞い、風の中へ入っていく。彼女は視界の外に至るまでそれを目で追い、もう一度仏像へと目を移す。花束をまたいで仏像の横に行き、ガードレールにちょうど、人の肩にかけるように手をやると、こう言った。


「あれから三か月がたちます。今、みんなで宇宙に行こうって話し合っています」


 その時、先ほど備えた花弁のしずくがきらりと光って、アスファルトに落ちた。まるでそれは何かの思し召し、または倉田カオルの意思が介在しているように見えた。だが、彼女は「そんなわけはない」と言わんばかりに首を振ると、もう一度仏の方に向き直る。


「あいつは....」


 彼女は、そこで胸の奥から急に何か熱いものが昇ってくるような、そんな感覚に襲われた。だが、それを表には出さず、無理やり同じ位置に押し込んだ。口を手で押さえた後、グイっと背骨を伸ばすと、かすんだ声でつづけた。


「あいつは、まだあなたのことを見ています。あいつの中には、まだあなたがいるんです。できれば....」


 だが、熱いものは一度の波で収まらなかった。そして、彼女にそれを押し込むほどの精神的余力はもはや残されておらず、目からあふれ出す。とめどめなくあふれ出すその心の水滴は、水源が大河になる過程かのように徐々に、徐々に水量を増していった。


「できれば、あいつからいなくなってくれませんか....私は....私はあいつが心配なんです....だって、あんなあいつ、今のあんなんじゃあ....」


 そこでもう一度押し黙った。クリーニングしたての制服の半袖で目を拭くと、「はぁ....はぁ....」と息を荒くする。少しの間をあけて、息をようやく落ち着けると、鼻声でこう言った。


「無理ですよね。わかってます。あなたは一足先に行ってしまいましたから。お願いが一つあるんです」


 彼女はポケットからロマノフ王朝時代のルーブル金貨を取り出し、膝をついて仏の前に置いた。ゆっくりと立ち上がると仏の前に仁王立ちし、こう言い放った。


「私の一番大事なものをあげるわ! だから、私を、私たちを宇宙に連れて行きなさい!」


 声は晴れ渡った空へと吸い込まれていった。

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