第四話:星空の夜に
私は、死んだ後でも生き続けたい
――アンネ・フランク
――2か月前――
「私、宇宙に行きたいんだ!」
小麦色の肌をした女の子が唐突に言った。
旭川の土手で二人して話をしていた。土手では、まだ春に入る前の少しだけ色づいた、草がのびてきている。
そして、空には満天の星空が輝いていた。
ド田舎特有の暗さが、さらに星の輝きを際立たせている。
彼女の表情はどんな一等星にも負けていない。
「なんで?」
僕は率直に聞いてみる。
「だって、宇宙に行ったら自由になれそうじゃん!」
「それなら空でもいいんじゃね?」
「まーたそういうこと言う!」
彼女の家は、かなりの資産家で、旧地方財閥の宗家だった。
その家で唯一産まれた一人娘、それが彼女、倉田カオルだった。僕より1年先輩で、高校三年生である。この家は、地方財閥ながら、土地やら貨物輸送の事業で未だに有力であり、この町で未だにかなりの力を有している。
彼女は生まれつきの気質からか、かなり元気な女の子であり、両親は何とかおしとやかに育てようと、”愛ゆえ”の躾をかなりきつく行っていたらしい。
「空には行ったことあるよ! でもさ、シートベルトとかWi-fi禁止とかいろいろと縛りが多くてさ....家とほとんど一緒だったんだ」
彼女は一呼吸おいてつづけた。その眼には希望の灯が灯っていた。
「でも、宇宙ならきっと自由になれると思うんだよね! あの”翼をください”の歌詞みたいにさ!」
僕はそれを聞いて心の中で少しだけ頷いた。
「確かにね! じゃあ宇宙行ってみたらいいじゃん」
僕の顔は、今はもう忘れてしまった満面の笑みだったと思う。
「どうやって行くのさ?」
「どうやってって....宇宙船を作る?」
彼女はニシシと悪戯っぽく笑いながらこう言った。
「じゃあ、小山君が作ってよ!」
「僕が!?」
僕は素っ頓狂な声を上げる。
「だって、小山君は将来エンジニアになるんでしょ? だったらきっと作れるよ!」
「エンジニアって言ってもソフトウェアだしなあ....」
彼女はプーっと頬を膨らませる。
「そんなに私の願いってくだらない?」
「そんなことない! いい夢だと思うよ」
「じゃあ作ってよ」
僕は少し考えてから頷いた。
彼女はそれを見届けると、少し顔を曇らせ、喉奥で詰まった言葉を少しずつ文字に紡いで声に出す。
「卒業したら、東京に行かなきゃダメなんだ....」
「なんで!?」
僕は驚いて声を上げる。
「お父さんがね、東京のどこかの男の人と、結婚させたいって息まいてて....ほら私、一人娘だから」
「つまり、許嫁ってこと?」
彼女は力なく頷いた。
「でも、私は宇宙に行きたい! たとえどっかの男のお嫁さんになったとしても! 私は絶対に宇宙に行く! だって....」
「だって?」
彼女はこちらに向き直って微笑んだ。
「だって、小山君がいるんだもん」
僕は倉田が抱く感情をなんとなく察していた。そして、倉田も僕の感情を察していたと思う。だが、お互いにその感情を発露できない微妙な関係。
だが、この関係がどこか心地よくもあった。
「これ、交換日記! 最後のページちゃんと見といてね!」
「うん、わかった!」
彼女は交換日記を僕に渡すと、自転車に飛び乗った。
「暗いから帰り道気を付けてね! それと、最近ドーナッツ屋さんができたらしいから、そこに今度行こうよ! もちろん、一緒にね!」
「わかった! 倉田こそ気を付けて!」
こうして僕らは別々の道へと歩き出した。ただ、もう一度同じ道に帰ってくることはなかった。彼女はその日の夜、交差点で交通事故で亡くなった。
あれからずっと交換日誌の最後のページを見れていない。
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