第7話
第7話
「魔力に願う。水流で僕をすばやくしてくれ。対価は髪を必要なだけ」
ワタアメに倒壊した建物が襲いかかるそのときだった。横から猛スピードで泳いできたジュニジェインがワタアメを抱き寄せ、倒壊する建物から脱出する。2人は間一髪で瓦礫の下敷きになることをまぬがれた。
「ワタアメ! 大丈夫かい!?」
「えぇ。だいじょう――」
ワタアメはジュニジェインの髪を見て目を丸くする。食堂で別れる前よりも短くなっていたのだ。
「――どうしたの! その髪!」
「これのこと? 魔力にくれてやったんだ。スピードの代償としてね」
「そんな! きれいな髪だったのに!」
「ワタアメの命に比べれば安すぎる対価だよ。さ、帰ろう」
ジュニジェインはワタアメに手を差し出す。
ワタアメは差し出された手を見つめると、顔を上げてこう問いかけた。
「ねぇ、本当に覚えていないの?」
「きっとラムネさんは覚えている。でも、僕は覚えていない」
「なにその言い方」
「ワタアメ、2人きりで話したいことがあるんだ」
ジュニジェインの言葉に、ワタアメは身を縮こめる。
ジュニジェインは言葉を続ける。
「大事な話だ」
「やっぱり……」
「む?」
「やっぱり私のことが嫌いになったんだー!」
ワタアメは泣き声を上げる。
「えええ!?」
「大事な話って、それ絶対に別れ話だー!」
「違うよ! ぜんぜん違う!」
「歌の練習をサボって、こっそりマカロンさんとデートしてたんだー! だから今日の歌はへったくそだったんだー!」
「音痴なのは認めるけども!」
「いいわよ! ラムネがその気なら、私は超絶イケメン歌手を捕まえて地獄のボイストレーニングで鍛え上げてコンサート会場どころか城で公演してやるわ! ラムネは私の用意したSS席でハンカチを歯噛みして悔しがればいいのよ!」
「SS席を用意してくれるんだ!?」
「ふぇるまーたぁーっ!」
ワタアメは明後日の方向に泳ぎ去ろうとする。
「落ち着いて!」
ジュニジェインはワタアメの両肩をつかんで揺さぶる。
「うう、気持ち悪い」
「ワタアメ、大事な話というのは、僕の正体の話だ」
「んぇ? 正体……?」
「僕は君のパートナーのラムネじゃない」
「なにを言っているの?」
「僕の名前はジュニジェイン。星船エンジニアだ」
※※※※※
「わたしはジブラルタルの歌姫。人魚のラムネです」
ラムネは語り始める。ジブラルタルの街を。人魚の暮らしぶりを。コンサート会場での日々を。パートナーとの思い出を。
バルバロはラムネを真っ直ぐ見て静かに耳を傾ける。
「……」
「そして、気がついたらジュニジェインさんになっていました」
「ふぅーん」
「信じてくれますか?」
「俺の知っているジュニジェインじゃないってのは認めるぜ。だから俺が次に考えるのはこうだ。どうやったら俺の知るジュニジェインは戻ってくる?」
「それは……」
「せめて転生もののか二重人格ものか入れ替わりものかハッキリしてほしいぜ」
「何の話ですか?」
「ジュニジェインの意識はお前の意識で上書きされたのか? それとも意識は1つの肉体の中で同居していて何かの拍子で交代するのか? それとも意識は2つの肉体で入れ替わっているのか? まったく分からねぇってこった」
「そう、ですね」
「確かめるには、お前の肉体の状況を知るしかない。ちょっくら調べるか」
バルバロはポケットから携帯情報端末を取り出す。ラムネから受けた情報を入力すると、星船のデータベースに検索を掛けることにした。
「なにをしているんですか?」
「調べるって言ったろ。この薄い板が色々と教えてくれるんだよ。えーっと、人魚や魔法で検索してもフィクションしか出てこねぇよな。ジブラルタルで検索っと。お、ヒットだ。ん? ふん、ふん。はぁ。あー、これは厄介だな」
「な、なんですか? 何を教わったんですか? 厄介って?」
「相当に厄介だ。お前さんの故郷は俺たちのルーツでもある場所だ」
「え?」
「太陽系第3惑星地球。かつてアトランティスが沈んだとされる伝説の海峡の名前が、ジブラルタルだ」
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