第6話

第6話


「ワタアメ! 待ってくれ!」


「来ないで!」


 ジュニジェインはワタアメを追いかける。人魚になったばかりのジュニジェインは、ワタアメの水泳能力に勝てない。必死で追いかけようにも、どんどん距離を取られてしまい、やがてジュニジェインの目からワタアメの姿は遠ざかって見えなくなりそうになる。


「やはり追いつけないか」


 追いつけないことを見越していたジュニジェインは、対策として持ってきていた食堂の料理を掲げ、こう唱える。


「魔力にお願いだ。目の前を泳いでいるエメラルドの人魚への道しるべを示してほしい。代価はわたしの握っている料理だ」


 ジュニジェインはワタアメの姿を見失う寸前で魔法を成功させる。手から料理が消え、ジュニジェインとワタアメの間に光の糸が結ばれた。


 ジュニジェインは光の糸を頼りにワタアメを追跡する。




 一方その頃。ワタアメは街の外れの空き家で自分を抱きしめていた。


「あの詠唱を聞いたから、わたしはマネージャーになったのに」


 ワタアメは顔をうつむかせる。胸の奥からくる痛みに耐えていると、屋外から騒ぎ声が聞こえてきた。


「苦労して捕まえた近海のヌシだぞ! 絶対に手を放すなよ!」


「もう無理だ! 手にチカラが入らない!」


「あ! おい! よせ!」


 次の瞬間、屋外から衝撃波が走る。空き家の屋根は吹き飛び、壁は崩れる。


「嘘でしょ」


 空き家は倒壊し、中にいるワタアメに襲いかかった。


※※※※※


「人は個人と深く関わることこそ大切で、大勢と関わるのは不純じゃないですか?」


 ラムネの言葉を受け、バルバロは首に手を添える。


「なにから突っ込むべきだ。うぅん。まず、大勢と関わるっていうのは、悪いことじゃないと思うぞ?」


「なぜですか? 大切な人がいるのに、その人を放っておいて別の人と関わるのは不純じゃないですか?」


「その別の人とやらに浮気するならともかくよ、交友を深める程度では不純と言えねぇだろ」


「交友で親愛を育んだら、その親愛はいずれ恋愛になるもんでしょう。交友と浮気は同列です」


「必ずしも恋愛に発展するわけじゃねぇだろ」


「えぇ!? 発展しないんですか!?」


「発展するわけねぇだろ! じゃあなんで俺に彼女がいねぇんだよ!」


「いないんですか!?」


「意外そうなリアクションするなよ! 知ってたろうが!」


 バルバロは頭を抱えてうめいた。


「わたしにはいます」


「え? お前、彼女いたの?」


「わたしの歌を褒めてくれた子です。出会ったのは街外れの空き家でした。自分の作った歌で精霊と遊んでいたら声を掛けてくれたんです」


「精霊? あぁ、妄想か」


「その子はわたしに歌の才能があると言ってくれました。一緒に歌ったり遊んだりして、オーディションに出たいと言ったら背中を押してくれて、専属マネージャーになってくれて、果てには500人規模のコンサートに出場決定しました」


「やけに具体的だな……」


「大事な、大事なコンサートだったんです。それなのに、コンサート当日の今、わたしは見ず知らずの場所で【きかんし】とやらになろうとしている」


 バルバロはぎょっと目を見開く。ラムネは涙を流していた。


「ワタアメに会いたい。わたしは【きかんし】になりたくない。バルバロさんに認められるよりも、歌手としてワタアメに褒められたい。わたしはバルバロさんの大切なルームメイトのジュニジェインさんじゃない。それなのに関わり合いを続けている自分が許せない。こんなの間違ってないわけがない。不純。不純よ」


 バルバロは、神妙な面持ちになって目の前の人物を見る。


「……ここまで言われるまで気づかなかったぜ。お前、誰だ?」


「わたしは……」


 バルバロの目の前の人物は涙を拭い、毅然としてこう続ける。


「ジブラルタルの歌姫。人魚のラムネです」

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