第3話

第3話


「知ってると思うっすけど、ここら辺一帯はジブラルタルと呼ばれているっす」


「初耳だ」


「ボクらが来た道にあるのはコンサート会場。あそこにあるのがみんなの蓄えを保存する倉庫っす。あっちは蓄えを加工する技術屋で、そっちは食堂っす」


 マカロンは並び立つ建物を順に指差す。ジブラルタルの建物は岩礁や船の残骸や丸石を利用した造りで、石垣や積み木を連想させた。


「コンサート会場と倉庫と技術屋と食堂には、それぞれ支配者がいるっす」


「支配者?」


「そっす。コンサート会場にはゼリーさん、倉庫にはカンテンさん、技術屋にはコンニャクさん、食堂にはプリンさんって人がいるっす。で、その四天王を束ねる王様は、あの遠くの奥にある王宮に住んでいるっす」


 マカロンは遠くにある遺跡群を指差す。


「あの遺跡群が王宮かい?」


「遺跡って言い方は不敬っすよ」


「ふぅん。王様ねぇ」


「どこか行ってみたいところはあるっすか?」


「技術屋に興味を惹かれるけど、興味以前の問題としてお腹が空いたな。食堂に行かないか?」


「まだ食堂が開くには早いっすね。そこのオッチャンが運んでいる昆布を分けてもらうっす。すみませーん!」


 マカロンは倉庫に向かう途中の人魚を呼び止めて昆布を手に入れる。クレープのように丸めると、出来上がったものをジュニジェインに差し出した。


「これは食べ物なのか?」


「当たり前っすよ。昆布っすよ? 普段なにを食ってんすか?」


「チューブとか、スティックとか」


「これもスティックっす。昆布スティックっすよ」


「まぁ、そう言われればそうだが、未加工じゃないか……」


 ジュニジェインは恐る恐るといった様子で、昆布スティックを受け取る。口を開いたり閉じたりを繰り返した後、勢いをつけてかじりついた。


「お味はどうっすか?」


「なんだろう。なんとも言いがたい後味がする。旨味? 食感はコリコリする」


「昆布っすから」


「未加工なのに美味しい……不思議だ……未加工なのに……」


 ジュニジェインは昆布スティックをぺろりと平らげた。


「おそまつさまっす」


「ごちそうさま。ところで、王様ってどんな人なんだい?」


「王様は滅多なことでは顔を出さないから、よく知らないっす。噂では美人で優しくて歌が上手くて魔法の達人だって聞くっすね。お忍びで街に顔を出すことがあるとか」


「今なんて?」


 ジュニジェインはマカロンの言葉を聞いて尾びれを止める。


「え? お忍びで街に顔を出すことがあるって言ったっす」


「その前」


「魔法の達人だって――」


「魔法なんてものがあるのかい!?」


 ジュニジェインはマカロンに詰め寄る。


「ひゃあ! ラムネさん! 顔が近い!」


「使い方は!? 効果は!? 原理は!? 」


「よしてください! こんなところを誰かに見られたらあらぬ誤解を――」


「ラムネ……その子は誰?」


 第三者の声がして、ジュニジェインとマカロンは顔を向ける。

 そこにはラムネのマネージャーであるワタアメが立っていた。


※※※※※


「弁明はあるか? ジュニジェイン一等機関士よ」


 白帽子の老船員の言葉に、ラムネはごくりと生唾を飲む。


「ええっと、概ねそのとおりだと認めます……」


 ラムネの言葉に、ホール全体でざわざわと喧騒が広がる。


「【めんてなんす】というものがよく分かってなくて、そ、その、大切な【えんじん】を傷つけてしまいました……」


「お前は一等機関士だ。メンテナンス方法は分かりきっていたはず」


「分からないです……」


「なに? これはどういうことだ。アグリグラ機関長」


 老船員は、すぐ左の位置にいた黒いヒゲの船員に声を掛けた。

 アグリグラ機関長は、背筋を伸ばすと老船員の問いに答える。


「ジュニジェインの教育にモレがあったようです! ジュニジェインは機関士となる前から技術開発に精力的で知識を蓄えていました! 独学で学んだ知識があるぶん、これぐらいならば知っているだろうと高を括っていた吾輩の責任です! どうぞ我輩を罰してください!」


「一級機関士になるための試験内容に、エンジンについての設問はないのか?」


「あります!」


「ではなぜ、教育不足ということが起こる? 先程の説明だと、ジュニジェインはエンジンについて無知ということになるが、無知では試験は突破できまい。この矛盾をどう説明するのだ」


 アグリグラは額から汗をたらす。


「え、えぇー、その、しっ、試験はマークシート式で行われます! ですので、おそらく、エンジンに関する設問を運で突破したものかと……」


「まさか、そんなことが……?」


 老船員はラムネを見る。

 ラムネはアグリグラを見て、バルバロを見る。

 アグリグラとバルバロは目力を込めてラムネを見つめ返した。


「は、はい。運で、突破しました」


「なんということだ……」


 老船員は天井を仰ぎ見る。

 ホール全体が今日一番の喧騒で包まれる。

 老船員は片手で顔を拭うと、頬杖をついてラムネに語りかけた。


「ジュニジェイン一等機関士よ」


「は、はい」


「お前の発明が星船に多大な恩恵をもたらしたことを、わしは知っている」


「そ、そうなんですか?」


「長年停滞していた星間航行学と星船工学は、お前の提唱した理論で再び動き出した。特に星船工学の分野においては天才だとアグリグラより聞かされていた。実際に、最年少で一級機関士となっておる」


「は、はぁ……」


「お前は、ちと、駆け足過ぎたな。……おほん!」


 老船員が咳払いすると、ホールは静かになった。


「沙汰を下す。ジュニジェイン一等機関士は三等機関士に降格。ルームメイトのバルバロもまた連帯責任により三等機関士に降格。一から学び直せ。また、両名には3ヶ月の奉仕活動を義務付けるものとする。アグリグラ機関長は3ヶ月の減給、さらに一等機関士の試験内容を見直し、再発防止に務めること。以上!」


「は!」


「は!」


 アグリグラとバルバロが敬礼し、何もしないラムネをにらみつける。


「は!」


 遅れて、ラムネも敬礼した。

 こうして、ラムネの見習い機関士としての生活が始まった。

 ラムネは心の中で、ワタアメは今頃どうしているだろうかと心配した。

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