第7話 オークの軍勢

「なあ、本当に行かないのか?」

「ああ、悪いな。俺はここに残る」

「残念だ。俺達が組んだら最強なのに…」

男は背向け、光の中へ消えていく。

追えば今なら間に合うだろう。

しかし、サモンは動かなかった。


「う…うん」

サモンは眠い目を擦りまだ眠りたいと思いながらも、身体を無理矢理起こす。


「あいつの夢をみるなんてな…」

壁に掛けられた魔王を目指し途中で殺された友人の絵を見た後、立ち上がり家を出た。


「きっと、あいつに会ったせいだな」

あいつとはエルフのエレノアだ。

エレノアがこの村を去ってから、一週間。

エレノアは無事パーティを組み、魔王を目指せているのだろうか。

そんな事を少し頭の片隅に置きながらサモンは歩き、村の長の住む古びた家までやってきたいた。

その家のドアをコンコンと叩くと、渋みのある重々しい声で『入れ』と言ってくる。


サモンは一呼吸入れた後ドアノブを掴みドアノブを掴みギイと軋む音を鳴らしながらゆっくりとドアを開く。

薄暗い古びた廊下を進んだ先にある灰色の、のれんを潜った先に顎髭を生やしシワだらけだが強面の長が丸形の座布団の上に胡坐をかいて座っていた。


「サモン。来たな」

ドア越しから聞こえた渋みのある重々しい声の主である召喚一族の長を冷めた目で、見つめながらサモンは口を開く。

「今日はなんのご用で」

サモンはさっさと話を終わらせるよう、特に雑談もせずに長に要件を喋らせようとしが、長は気にも留めずに淡々と話し始める。

「老人とは話したくは無いか。まあいい。サモンよ、魔王が人間に殺された事はすでに知っているな」

「魔界ニュースで放送されたし、もちろん知ってる。それが?」

「今の魔界は新たな魔王を決める為、各地で争いが起こっておる」

「そうみたいだね。まあ、ここは第一層だし、そこまで危険じゃ無いだろ」

「確かに、この地は争いなどほとんど起きはしない。しかし、ここ最近村の外の様子がおかしい」


村の外の様子がおかしい……。

サモンはここ数日いつも通り外に出て、狩りをした後、日課の風景画を描きに出歩いていた事を思い返してみるが特に変わった様子は感じなかった。

その事を長に伝えるが、長はそれでもおかしいと言うばかりだ。

「比較的弱者の多い第一層のはずだがここ数日、ここにはいないはずの種族の存在を見たと報告がある」

「あのエルフじゃなくて?」

「違う。あのエルフとは違い、明らかに敵意をむき出しておるらしい。これも魔王を決める為の争いのせいかの。ああいやじゃ、いやじゃ。いつの世も争いばかりだ。人間に負けんなよ前回の魔王」

「わざわざ第一層に来る必要ある?」

「魔王になる為には強い事が条件。そのほかにもまあ色々あるが。まずは強者である事。そのほとんどが、四層、五層に集まっている。今度の魔王も恐らくそこ出身の種族から出るのは間違いないんだが、弱者には弱者の戦いがあるのだよ」

「弱者の戦い?」

「魔王になれない。けれど人間界には行きたい。なら、魔王候補に忠誠を誓い、配下に置いて貰う事。しかし、弱すぎる魔物は配下にして貰えない事もある。ならどうするか」


長は喉が渇いたのか、床に置いてある淡い色をした湯飲みを取り、ずずとお茶を啜ると話を続けた。


「手土産を持って行くことだ」

「手土産?」

「まあ、第三層に住む奴がなにもせずに、四層、五層に近づいても瞬殺されるだけ。あそこはいきなり殺しに来る連中ばかりだからな。だからまず、自分より弱い層に行き、自分の部下を作る。村を襲い、殺さないかわりに配下に置き、それを繰り返し、強者に手土産にする。そうする事で、自分はたくさんの配下がいます。好きに使ってもらって構わないかわりに自分を配下において欲しいとな。場合によっては仲間になれる可能性もある。その為にまずは雑魚狩りをするやつがいる。それが今この層にいる連中だろう」

「随分とずるい事するやつもいたもんだ。自分の力で勝ち上がれよって思っちゃうね」

「あのエルフもその方法で実は来てたんじゃ無いのか?戦えないって言うのは嘘で、実は…」

エルフを怪しむ長の話を遮るかの様に、外から鐘の音がカンカンと鳴り響いた。


「なんだ」

「この鐘は緊急の鐘の音じゃな」

突然の鐘の音に何事かと。

二人は急いで外に出ると、あっちこっちに走り回りながら街の青年が慌ただしく声を荒げながら。


「敵襲!!敵襲!!」


長は走り回る青年に声を掛ける。

「慌てるな。まずは、状況の報告」

声を掛けられた青年は長の存在に気が付くと片膝を立て、話し始めた。

「門の外からオークの軍勢がやってきています。こちらの話は聞かず、戦闘態勢を取っています」

「ふむ、戦闘は避けられんか…いいか、まずは戦えない物は村の奥の避難部屋の地下に隠れろ!!念のために、数名の護り手もついていくのだ!!女、子供は戦えても避難だ。お前達は戦いが終わるまで決して外に出てくるな」


長の一言で、数名の護り手たちが、戦えない物を避難所に連れて行く。避難所に向かう子供達は不安なのだろう。

サモン達の方を心配そうな表情で何度も振り返ってくる。

長はその子供達に笑顔を向け、子供達を安心にさせている姿をサモンは見るとこの人はやはり長なんだなと、再認識した。


「さて、オーク如きがワシ等召喚一族にケンカを売ってきた事を後悔させてやるかの。いいか、貴様等手加減は無用じゃ!!戦に情けはいらんぞ!!」

全員がその場で雄叫びを上げ、戦闘態勢に入る。

それぞれ持ち場に着き、オークの侵入に備えた。


ベキベキと、塞いである門を破壊させ、砂埃が激しく舞い、徐々に収まっていくと大きな棘付きの鉄球にチェーンを付け振り回しているオークの軍勢がそこに立っているのが見えてくる。

数は、三十名ほど。

サモンはオークの動きを探っている中、オークのボスであろう鎧を身につけたオークが立ち止まった。


「ここが召喚一族の集まる村だな。今日からここは俺達の住処になり、お前達は俺達の奴隷としてこき使ってやるぜぇ!!いけえ野郎共、抵抗する奴は殺しても構わねえ]

「おお!!」


それが合図だったのだろう。

オーク軍は一斉に走り出し、サモン達召喚一族に鉄球を振り回しながら、向かった来た。


「やれやれ、血の気の多い連中じゃ」

長は顎髭を触りながら、オークの軍勢を怪しく笑みを浮かべながら見つめ。前列に立つ、一族に指示を出す。


「まずは、魔法召喚士。一斉攻撃じゃ!!」

長の合図で先頭に立っている青年は持っているスケッチブックに絵を描き始めた。


「いけぇ!!サンダーランス!!」


一人の青年が唱え、ビキビキと光り輝く雷鳴のランスが青年の前に現れると、オークの軍勢に向かって勢いよく飛んでいきオーク数名の腹を貫通する。


「ぐおおお!!」


悶絶し、その場で倒れ込むオークに召喚士の攻撃は続く。


「続けて喰らえぇ!!ファイアーアイスボール!!」

召喚士の前に、ユラユラとうごめくファイアーボールがオークに向かって飛んでいった。


ファイアーアイスボール。

ファイアなのに、アイス。

おかしな事を口走る青年だが、これが召喚一族の特性だ。


召喚一族は、全部で三種類の部類で別れている。

今、先頭で戦っている魔法召喚士。次にサモンと同じ、武器召喚士。

そして、魔物召喚士。

各召喚士は、スケッチブックに絵を描き、描いた絵に魔力を込める事で具現化し、戦う事が出来る。

各召喚士は絵を描き、補足で説明を付け加える事が出来る。

ファイアーアイスボール。炎に氷の追加効果を付ける事で二つの属性がつける事が出来るという訳だ。

もちろん、追加効果を加えるのは、それなりに魔力の消費が多い。


「何が、ファイアーアイスボールだ」

オークは向かってくる、ファイアボールを見ながら大きく息を吸い込むと一気に吐き、吹き消そうとしたが目の前のファイアーボールは、火の属性から、氷の属性に変化しオークを包み。凍らせる。

「な、なに……」

氷漬けになったオークは身動きが出来ずその場に留まりながらも、氷を砕こうと必死に抵抗を見せるが、氷の内側が一気に燃え上がり、オークを焼き始めた。

「はっはー!!氷の中で、ゆっくりと燃え尽きちまえ!!そのままチャーシューにして食ってやるぜ」

燃えていくオークを眺める村の戦士。サモンはその戦士の前に近付き、声を掛ける。

「魔物なんて食うの辞めとけよ。腹壊すぞ。食うなら、野生の動物にしとけ。動物系魔物なんて食ったら身体を乗っ取られる」

「ええー。そうなのー。炎で炙った後に冷凍保存する為に、ファイアーアイスボールにしたのにー」

ぶつくさ文句を言っている村の戦士を遠くから、呆れる様に長は見ていた。


「馬鹿たれが……最近の若者はまともに魔法を強化した召喚をせんのか……あんなんじゃ」


長の心配は的中した。

氷漬けだったオークは氷を破壊し、自由に動けるようになるとファイアーアイスボールを放った村の戦士に向かって鉄球を飛ばし、青年を吹き飛ばした。

吹っ飛んでいく青年を追い掛け、オークは再度鉄球を回す。


「ブヒヒ。こいつてとどめを刺して、喰ってやるぜ」

鉄球が光る。


「うわああ、こ、殺されるぅ」

「ブヒィ!!死ねぇ」


オークは光り輝く鉄球を飛ばそうとしたがその前に膝から崩れ落ち、ピクピクと痙攣した後そのまま息絶えた。

倒れたオークの後ろにはサモンが立っている。

サモンは片手に銃を持ち、先端から煙が出ている。オークを倒したのはサモンだ。


「油断すんな。これは殺し合いだ。後、そのファイアーなんとかは実践向きじゃねぇ。もっとよく考えろ」

「ご、ごめんサモン。助かった」

「後、あの豚は鉄球を振り回す事で魔力を鉄球に込めてる。観察しながら戦え」

「う、うん。わかった」

サモンは青年に忠告をした後、オークの軍勢の元に走る。


魔法召喚士、魔力切れにより後退。

長の指示により、続いて前に出たのはサモンと同じく武器召喚士。

それぞれがスケッチブックに武器を描き魔力を込め、召喚する。


「おっしゃ、肉弾戦だ!!」


戦士数名は声を高々に上げオークの軍勢に向かう。


カンカン、キンキンと、金属を響かせ、オークの持つ鉄球に反撃の隙を与えない。

鉄球を振り回し魔力を込めるオークの特性にはこれが相性が良かったのだろう。

武器召喚士は、次々とオークを倒していく。


「ぐぬぬ、貴様等!!なにをしている、相手は第一層にいる様な雑魚なんだぞ!!役に立たない奴はジルド様に報告するぞ」

鎧を着たオーク軍のボスは吠える。


ジルド。

その言葉を聞いたオークの軍勢は顔を引きつらせ、鉄球を捨て突撃をし、捨て身の攻撃に出た。


優勢だった武器召喚士も、オークの突然の捨て身の攻撃に応戦もするが、力対力ではオークに分がある。

近接武器で戦っていた召喚士は次々と弾き飛ばされていく。


「そうだ、お前達。それでいい。ここで負けて後でジルド様に殺されるくらいなら、今ここで死ぬくらいどうって事無いだろ」


中には魔力が無くなり疲弊し、その場で倒れるオークもいるが、後ろに続くオークは仲間を仲間とも思わず踏み潰しながら進む。

踏み潰され、内臓を口からぶちまけた、オークは当然死んでいる。


「あの豚、仲間をなんだと思ってやがる」

サモンは仲間を平気な顔して踏み潰すオークの軍勢に苛立つ。


「恐怖によって支配された、一族はこんなもんじゃ。半端な強さを持つ種族はいやじゃの」

いつの間にかサモンの横に立つ長は顎髭を触りながらしみじみに言った。

「お前はあんなクズ共みて、どう思うよ」

「見習いたくは無いな。一族は仲間でもあり、家族でもある。仲間を大切にしない奴らは……許せない」


サモンは、オーク軍勢の進行を止める為、持っていた銃を消し、新たにスケッチブックに絵を描く。

「残り、十数匹。なら、これでいいか……魔力消費が多いから嫌だけど。しかたない」


サモンはスケッチブックに手を当て、武器を召喚する。


召喚した武器は、ガトリング砲。


全長900mm、重量100kg、

200発の弾をクランクを回し一気に打ち抜く。

全弾に魔力が込められている為、撃ち終わる頃にはサモンの魔力はごく僅かになり、新たに弾は補充の出来ない。つまり使い切りの武器だ。


サモンはクランクをグルグルと回転させ、弾を一気に放射する。


ババババババと、地面を抉り、砂埃を舞わせながらオークの軍勢を次々と打ち抜く。

死体を盾に防ごうとするオークもいるが、その前に打ち抜かれ、盾にしたオークもいても死体ごと打ち抜かれ結局死んでいく。


全弾撃ち終わる頃には鎧を着たオーク以外全て死んでいた。


「な、なんだ。あの野郎は……。き、聞いてねえぞ召喚一族にこんなやつがいるなんて……」


残り一匹となったオークを村の戦士が取り囲みギロリとオークを睨みつけ、それぞれがスケッチブックを片手に持ち、いつでも殺せる状態でいる。

その中心にいる長は顎髭を触りながら口を開く。


「どうじゃ、うちの一族は強いだろ。まだまだ、甘い連中も多いがの」

長はそれぞれの戦士を見ると、戦士達はばつの悪そうな表情をし、引きつった笑顔を長に向けた。

「最後にガトリング砲をぶっ放した奴はうちで一番の戦士、サモン。まあ、ワシを入れたら二番目になるがの」

オークは地面に寝転ぶサモンを見た。強力なガトリング砲を撃ったサモン。あれほどの威力を撃つのにどれくらいの魔力を込めたのか想像出来ないオークは声を震わせながら長に話し掛けた。


「わ、悪かった……二度とこんな真似はしねぇ。ゆ、許してくれ」

「お前さん、ここを離れてどこ行く気じゃ?」

「そ、それは……」

「ジルドとか言う奴の元へ行くんじゃろ?」


オークからゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。


「戻って、ここの事を報告か?ていうか、戻ってもお主、殺されるじゃろ。さっき言ってたじゃ無いかここで負けて戻っても殺されるとかなんとか」

「そ、それは…」

「そいつはどこにいる?」


長の声がいつもより更に重く、厚みのある声に変わっていく。


「さっさと答えろ。ワシ等にケンカ売っといて大人しく帰れるわけないだろ」

「………ここから、東。三十km離れた所にある、洞窟にいる」

「ほう…東か。あそこら辺はゴブリンが住んでいたな。お前等、ゴブリンの集落も襲ったのか?」

「……」

「言えよ」

「ジルド様の命令だ…まずは第一層に住む全ての種族を下僕にするのがジルド様の目的だ。まずはゴブリン。次に、お前達召喚一族……」

「なるほどの。第一層の全てとは大きく出たもんじゃ」


長は顎髭を触る。


「つまり、お前が帰らなければ、目的は失敗に終わったと言うわけじゃな」


オークは察したのか、汗を掻き命乞いをした。


「た、頼む!!見逃してくれ!!ジルド様にはこの一族には手を出さないよう言うから!!」

必死に命乞いをするオークを容赦なく長はオークを殺した。


「お前みたいな下っ端の言う事なぞ、誰が信じるか。ジルドとか言う奴も同じ。お前を殺してここに来るじゃろうに」


息絶え動かなくなったオークに吐き捨てるように長は言うと、東の方に目を向ける。

「東か……」


オーク軍の本当のトップ。ジルドがいるのが東に三十Km先にある洞窟。

「サモン」

「行けって?」

「話が早くて助かるの」

「めんどくさい」

「行け。長の命令。それにほっといても向こうから来るんだか、こっちから仕掛けた方がいいじゃろ」

「俺一人?」

「そう。ワシがいっても良いけど。ワシ不在の間はお前が指揮をとれよ。オークより強い奴来た時誰も死なすなよ。死なしたらお前殺すぞ」


長のマジな目を見たサモンは諦めて、東へ向かう事に。


「道中気をつけてな。魔力を回復させながら行けよ。東にあるゴブリンさんには、お世話になっておる。すでにオークに襲われてると思うが、助けてやれ」


一人の青年が双眼鏡を片手に持ちながら、サモンに報告をしてきた。


「東に黒煙が立ち上ってる。長の言った通り襲われてるね」

「まあ、行って来るよ。ジルドって奴を懲らしめに」


サモンはテンガロンハットを被り、東にある洞窟へと出発し、オークの元へ向かう。

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