第6話 廃ビルにて
じゃり、じゃりと音を立ててコンクリート製の折返し階段を下り続ける。
一切の光が届かない中を、左手に懐中電灯、右手にスマホで動画を撮影しながら慎重に進んでいく。
踊り場に防火扉があるのをカメラ越しに確認したが、肉眼では無機質なコンクリートの壁しか見えない。
リュックを下ろしてヒビだらけで白化もしている水晶のペンデュラムを取り出す。ゆらゆらと揺れるペンデュラムを見えない扉に近付けると、不自然に動きを止めて水晶が音も無く砕け散った。
「ここも駄目か」
リュックを背負い直し、無限に続く階段を下る。
スマホの時刻はビルに入った時から変わらず朝の八時丁度を指しているが、録画時間は二時間ちょっと経ってはいる。
足に疲れが無い事から物理法則がおかしいか、催眠を受けて実際は動いてないなんて事も考えたが、ペンデュラムでダウジングをすると階段の上りと見えない扉が危険そうなので下り続けるしか選択肢が無いのが実態だ。
しばらく進んでいると、アルミ製の非常扉が映った。リュックから新品のペンデュラムを取り出すと、ゆっくり近付けていく。
……反応なし。意を決して扉を開けると、真っ暗なオフィスがカメラ越しに見えた。
ドアノブに触れている感覚はあるが、そこにはコンクリートの壁があるばかりだ。足を伸ばしてみるとコンクリート壁に吸い込まれたので、そのまま突入してみる。
「くっさ」
肉眼でも確認出来るようになったオフィスには異臭が漂っていた。古いタバコ臭に酸化しきったコーヒー臭、インク臭にカビ臭と死臭。
懐中電灯で照らしながら見回してみると、デスクで仕事をするような体勢の腐敗した人らしき物が何体か。
「これがホントのブラック企業ってか」
ペンデュラムを近付けるが反応は無い。
入って来た非常扉も無くなっているし、窓も扉も見当たらない。淀んだ空気に吐き気を覚えるが、おそらく原因がこのオフィスにあるはずなので、気合を入れ直す。
暗い中を地道にダウジングしていく。
デスクの引き出しやスタッシュも全て開けて確認していくが、文字すら読めない書類ばかりでそれらしき物は無かった。
「なんて書いてあるかはサッパリ分からないが、これってひょっとすると……」
壁に刺さっている小さな紙を抜き取り、近くの機械に差し込むと、カシャリ、と音が鳴った。
「当たりっぽい」
ペンデュラムに反応はなかったが、十中八九これだろう。残りの紙も全て機械に通す。
すると、すぐ横に存在していなかったはずの扉が現れ、音も無く全開になり、光が射し込んだ。
「退勤の時間だぞ!」
死して尚、会社に囚われ続けていた社員が終わらない残業をしていたのだろう。外に出ると、ビルからも外に出ていた。時刻は入った時と同じ八時だが、一分進んだ事で無事に戻ったという実感が湧いた。
戻って上司に報告していると、変な顔をされた。
「いやぁ、危なかったねぇ」
「ええ。出れないかと思いました」
「いやいや、そうじゃなくてだね……タイムカードを押して出れたんだよね?」
「はい」
「それって退勤じゃなくて出勤だよ。彼らは退勤のタイムカードを押した後に、終わらないサービス残業をしてたんだ」
「えっ、それじゃあ、あのタイムカードは?」
「上司が出勤してきたと思って扉が開いたんだろう。タイミングを逃したら、また閉じ込められていたね」
余りにも救いの無い話だ。恐らく、あのビルは打つ手無しとして取り壊される事になるだろう。
そして、囚われた社員は暗いオフィスでこれからもサービス残業を続けるのだ。
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