第2話

人間の能力には格差がある。

その差を知るたびに僕は絶望する。

特にマリみたいな天才を見ると、自分なんて虫けら同然に思えてしまう。

でもそれだと悔しいから、マリに負けないように僕も頑張るしかない。

僕はマリの攻撃から守る方法を知りたかった。

ある方法を使えば、秘密情報を守ることができるという。

それを暗号という。

暗号とは、鍵となる情報を知っているものだけが暗号文から元の文章を復元できるような技術を言う。

文字が発明されるのとほぼ同時期から存在する、最も古い技術の一つだ。


同性が好きだなんてことを知られたら、嫌がらせにあうに決まっている。

だから僕は自分の傾向に関しては誰にも言わなかったし、ずっと暗号で日記を書いていたのだ。

でも、このままだとマリは僕の後を追いかけて次々と僕の恋愛の邪魔をするだろう。

だから黙っていられない。

もし誰かと知り合ったら、そのあとは安全にマリに知られることなく連絡を取り合えないといけない。

つまりマリにも傍受できないような安全な通信路と暗号を使わないといけない。


暗号化の方法を考えるときに、例えば素数を使えば、マリのような天才にもできることが限られる。

なぜなら素数をかけることは簡単でも、かけた結果を元の素数に戻すための効率的な計算方法は誰も知らないから。

暗号技術は古くは外交官や戦争に使われていたものだ。


だから今の状況に当てはめると、マリを無限の能力を持つ攻撃者とするのがふさわしい。

そしてその前提で安全性の定義を与えることができる。

暗号理論を使えば、安全性のモデルに従って僕にも安全な暗号を作ることができるはずだ。


僕は今使われている高機能なパソコンやスマートホンではなく、機能が限定されたローテクに注目した。

そう、例えばポケコンだ。

ポケコンにはあまり機能がついてない、無線もイーサケーブルもない。

それだけじゃない、パソコンやスマホを安全に使うのは難しいことなんだ。

よく問題になるけど、情報漏洩の原因の可能性は多すぎる。

盗聴かもしれない、バグかも知れない、キーロガーかもしれない、ウイルスかもしれない。

要するに何からどうやって守るのか、原因を追究する困難さは手に余る。

機能が多すぎて、どこに盲点があるのか直ぐにはわからない。

だからローテクに注目したのだ。

スマホもよくない。

なぜなら電波で情報が漏れてしまうからだ。

暗号で秘密を守りたいだけなのに、スマホもパソコンもリスクが多すぎる。


その点ポケコンの機能はシンプルだし、安全だと思う。

それにポケコンでもプログラムは書ける。

同時に動かせるプログラムは1個だけだから、バックグラウンドで盗聴アプリを動かすことはできない。

あとはポケコンで動く暗号を実装すればいいだけだ。

ポケコンでも暗号化はできるけど、スパコンでもそれを解くのは難しい。

スマホやパソコンは暗号文を送る時だけに使えばいい。


問題はその暗号が本当に安全なのかという事。

それが分かれば、もう自分より強い敵に襲われても、怖がる必要はなくなる。

もちろんそんなことがあればだけど・・・。

もし実装と理論が正しければ、マリには僕の暗号が解けないはずだ。


それとも僕は、とても無謀なことをしているのだろうか。


続く。

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