第18話 僕、告白するよ
目が覚めて、外を確認すると快晴だった。体育祭日和とでも言うべきか。
咲希のダンスを手伝うというミッションは昨日で終わった。
今日、僕が頑張るべきは三人四脚で真ん中として転ばないこと。それが出来ればマンガの展開を変えられ、咲希と天道の距離が近づくことを防ぐことができる。
練習では全く問題なかった。練習で出来ていたことを、繰り返すだけだと自分に言い聞かせる。
体育祭が始まり、色んな種目が行われていく。今のところ、僕のクラスは二位だった。
水鉄砲サバイバルは、開幕直後に彩乃が日高の顔面に水をかけて、日高が崩れ落ちていた。
同士討ちじゃないか……。
戻ってくるとき、二人は言い合いをしていた。
「なんで味方なのに撃ってくるんだよっ! しかも顔面とかひでーだろっ!」
「女子の胸ばっかり狙おうと企んでたでしょっ! バッシング受ける前に助けてあげたんだから感謝しなさいよっ!」
仲が良いんだか悪いんだか……。
女子のダンスが近くなり、咲希の様子を伺おうとすると咲希の姿がどこにも見えなかった。
心配になり、咲希を探すと、体育館の裏で一人、振り付けの確認を行なっていた。
「立花さん、そろそろダンス始まるよ?」
「昨日、みんなに褒めてもらったけど、本番が近くなったら、だんだん不安になってきちゃって……」
「僕も付き合うよ」
「そんな、悪いよ」
「僕ら助け合う関係でしょ?」
「ありがとう……」
音楽を流し、一緒に踊る。しかし、ステップを踏むときに足が滑る。何事かと地面を見ると砂利のせいだとわかった。
気をつけないと。しかし。
ターンしたところで、右足が大きく滑った。踏ん張ろうと右足に力を入れたが、そのまま転倒してしまった。
「金木くんっ!」
咲希が踊るのを止め、僕の側に来る。
「金木くん、大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
そう言って立ちあがろうとしたが、右足首がズキンと痛んだ。
「いっ……」
思わず顔が歪む。それを咲希に見られてしまった。
「もしかして足挫いちゃった?」
「違うよ」
「違わないよね? テントで治療してもらわなきゃ……」
否定したかったが、痛くないふりは出来そうになかった。
「ごめん……」
「謝るのは私……。私がここで練習なんてしなければ……」
咲希が僕の右腕を掴み、自分の肩に乗せる。
「体重かけて良いから。私につかまって」
「ありがとう……」
テントで待機している保健の先生に診てもらう。
「捻挫ですねぇー」
咲希がショックを受けた顔をする。
「どのくらい酷いですか?」
「すぐ来てくれたので、今から冷やせば、そこまで酷くならないと思いますよぉー」
運動場を見ると他のクラスの女子がダンスを踊っていた。
「立花さん、僕のことはいいからダンスの準備して」
「でも……」
「今日までの頑張りを無駄にしちゃダメだ」
「……わかった。先生、よろしくお願いします」
咲希の姿が遠くなったのを確認してから、先生に確認する。
「先生、この後、三人四脚に出ないといけないんですけど」
「私としては辞退をお勧めしますー。症状が悪化しちゃいますよぉー?」
「どうしても出ないといけないんです。お願いしますっ!」
先生に頭を下げる。
「うーん……。医療に関わる者としてはダメなんですけど、私は学校の先生でもあるので、あなたが望むなら特別に許可しますー」
話がわかる人で助かった。
「ありがとうございます」
「でも、絶対に無理はしないでくださいー。したら、めっですよぉー?」
「わかりました」
「じゃあ、患部を冷やすのでじっとしててくださいねぇー」
治療を受けている間に、僕のクラスのダンスが始まった。
急いで咲希を見つけるが、表情が固い。僕のことなんて気にしなくていいのに。それとも緊張しているのだろうか。
しかし、曲が始まると、しっかりと踊り始めたので、僕は安心する。二週間、毎日練習しただけあって、咲希の動きはクラスの中でも上手い方だった。
最後まで無事に踊り切ってほしい。僕は固唾を飲んで見守る。
あと十秒。九、八、七、六、五、四、三、二、一、〇。
曲が終わり、全員の動きが止まる。咲希の動きは完璧だった。彼女の努力が実を結んだことが、自分のことのように嬉しくなる。
女子たちが退場口に向かう中、咲希だけはこちらへ走ってきた。
「金木くん、痛みはどう?」
「だいぶ良くなったよ。それより、ダンスすごく良かった」
「ありがとう……。金木くんたちのおかげだよ。私だけじゃ絶対に無理だった。それより、金木くんは三人四脚休んだ方がいいよね」
「いや、出るよ」
「でも」
「大丈夫ですよぉー。ちょっとくらい競技に出るくらいなら問題ありませんー」
「ほらね? ちゃんと先生からも許可もらってるから」
「じゃあ、せめて真ん中は私がやるよっ!」
咲希を真ん中にさせるわけにはいかない。僕は平気な顔をする。
「大丈夫だよ?」
「真ん中の人が左右の人のペースを調整する役目でしょ? 金木くんには自分の足のことだけ考えて欲しいから」
「その子の言うことを聞けないなら、やっぱり許可は取り消しますー」
「先生っ?」
「誰かを心配にさせてまで頑張るのは違うと思いますー」
そう言われると反論できない。ここで咲希と言い合いをして、先生にストップをくらったら最悪だ。
「わかった。じゃあ、真ん中は立花さんにお願いするよ」
「うん。任せて」
僕が立ち上がると、また咲希が肩を貸してくれた。そのまま天道との合流場所まで移動する。
「金木、怪我したのか?」
「ちょっとだけね」
「出れるのかよ?」
「この種目だけって条件で先生に許可もらったから大丈夫」
「天道くん、私が真ん中になるね」
「ごめん……」
「いや、金木が謝るようなことじゃないけど……」
僕らは一回しゃがんで、足首を結ぶ。
「そういや、さっきのダンスでうちが一位になったぜ」
「そうなんだ」
「みんなテンション上がりまくってるわ」
「ははは……」
頼むから、プレッシャーかけないでくれ。
僕らは足首を結び終えると、咲希の合図で立ち上がる。
スターターピストルが鳴り、松井たちが僕らの方に向かって走ってくる。無駄に息が合ってて、ちょっとだけ面白かった。
「玲くーん」
天道が松井からバトンを受け取る。
「じゃあ、行くよ。二人は左足から、せーのっ!」
咲希の声に合わせて、足を動かす。左足の動きは咲希の右足とピッタリだ。問題は次。
「せーのっ!」
咲希の歩幅に合わせて右足を前に出す。足を地面につけたときにズキリと痛み、思わず顔をしかめる。
「痛む?」
「気にしないでっ!」
「わかった。せーのっ!」
続いて、左足を前に出す。
足は痛むけど、我慢できないほどじゃない。
だが歩くほどに痛みは段々と増していく。
もう少しでゴールだ。このままいけば一位になれる。そう思ったのが良くなかった。
足首から意識が逸れ、無意識に痛みを和らげようと、変に曲げた状態で着地してしまった。
僕はバランスを崩し、咲希は僕を引き寄せようとしたが、それも叶わず。
僕は転倒した。
引きずられるように咲希も地面へと引き寄せられる。しかし、天道が素早く地面に背をむけ、回り込んで咲希を抱きしめた。
僕の両目が、抱き合う二人の姿を捉える。真っ赤に染まる咲希の顔。
自分の中でチリチリと嫉妬の炎が爆けるのを自覚する。
「咲希ちゃん、怪我はない?」
「だ、大丈夫……。天道くんこそ平気?」
「俺のことは気にしないで」
ようやく咲希が僕を見る。
「金木くん、怪我はない?」
「僕も大丈夫。二人ともごめん」
「いいって。それより、立て直すぞ」
天道の指示で、僕らはもう一度立ち上がり、再び前へと進む。しかし、結果は三位だった。
その後のリレーの健闘も虚しく。結局、僕らのクラスは二位で終わった。
帰りのホームルームの時間になり、愛花先生が教室に入ってくる。
「惜しかったな。でもお前らの頑張りは、ちゃんと私には届いたぞ」
誰かが拍手をする。すると釣られて他の生徒たちも拍手をし、あっという間にクラス中で拍手が起きた。僕だけを除いて。
「来週は月曜から期末試験だ。大事なものだから、気持ちを切り替えてちゃんと準備しとけよ。じゃ、今日は終わりな」
「きりーつ、礼」
井上の合図で、放課後になる。
「体育祭の打ち上げ参加する人―っ!」
男子が提案し、何人かが手をあげる。
日高が僕の背中を叩く。
「金木、気分転換に打ち上げ行こうぜ」
「僕は足が痛むから帰るよ……」
とてもじゃないが、打ち上げに参加したい気分じゃなかった。
「そっか。まぁ、安静にしてた方がいいわな」
教室を出たところで、後ろから声をかけられる。
「金木くんっ!」
咲希が辛そうな顔で僕を見ていた。
「立花さん……。どうかした?」
「ごめんね。私も金木くんの力になりたかったのに」
咲希のその気持ちが嬉しく、そして辛かった。今、優しくされても、傷口をナイフで抉られたみたいで、逆に心がズキズキと痛む。
「立花さんが気に病むことじゃないよ」
「でも……」
僕は無理やり笑顔を作る。
「ごめん。今日はもう帰るね」
自室のベッドに横たわり、タブレットでマンガを読む。
三人四脚のシーンを開くと、倒れそうになる咲希を天道が抱きしめていた。
今度こそ展開を変えられると思っていたのに。
体育館裏で咲希の練習に付き合わなければ。一瞬そんな考えが頭をよぎり、首を左右に振る。
不安になっていた咲希の力になろうとしたことは、間違ってなかったはずだ。それを自分から否定してどうする。
だけど、このままいけば間違いなく花火大会で僕は負ける。でも、どうしたら……。
うつ伏せになり、顔を枕に埋める。そのとき、スマホが振動した。
画面を見ると彩乃からチャットが来ていた。
「今から話せる?」
僕は通話ボタンをタップした。
「もしもし?」
「渉? 足の調子はどう?」
「病院に行くほどではなさそう」
「そう。よかった」
「それが用事?」
「違うわ。今日の三人四脚のことよ。玲が咲希を抱き止めたように見えたんだけど」
「合ってるよ。僕が転んで、立花さんが転びそうになったのを天道が助けたんだ」
「そうなのね。それであんたはいじけてると」
「あんなの間近で見せられたらいじけるよっ! 彩乃だってそうだろ?」
「そりゃ、あたしだってショックよ。でも事故みたいなものじゃない?」
マンガの存在を知らなければ、そう割り切ることもできたかもしれない。だけど僕にとってあれは事故じゃない。もはや運命だ。
「僕には無理だよ……」
「はぁ……。渉、今日の出来事で、咲希が玲のこと好きになったと思ってるの?」
「そういうものじゃないの?」
「違うわ。確かにドキッとはするし、キュンとなるかもしれない。でもそれだけで好きになったりはしない」
「どうしてそう言い切れるの?」
「咲希に謝られたの。『天道くんに助けられてごめん』って」
「立花さんが?」
「そうよ。それにあんたのことも気にしてた。渉、あんたの努力はちゃんとあの子に届いてるわ」
咲希が彩乃に謝ったのは、彩乃の恋路を邪魔したくない気持ちがあるからだろうか。つまり咲希はまだ天道のことを好きになっていない?
「それって、僕はまだ負けてないってこと?」
「当たり前じゃない。だからこそ、花火大会が大事になるの」
「どうして?」
「渉、花火大会で咲希に告白しなさい」
告白? 僕が? 咲希に?
「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんなこと言われても」
「考えてもみなさい。一緒に見たら結ばれるジンクスがある花火を見るのよ? 好きって言うのと何が違うの?」
言われてみればそうだった。花火を二人っきりで見たいと言う時点で、告白したのと同じことだ。
「確かに……」
「あんたが二人きりで花火を見ようと提案して、あの子がOKしたら告白のチャンスよ。花火大会のジンクスを教えて、自分の気持ちを伝えなさい」
「……」
「ごめんなさい。ホントならもっと時間をかけてから告白させてあげたかった。でもお願い。あたしのためにも咲希に告白して欲しいの……」
それは彩乃が初めて僕に見せた弱さだった。
僕が咲希と二人きりで花火を見れる可能性はどのくらいあるだろうか?
たとえそれが限りなくゼロだとしても……。今日まで僕の力になってくれた彩乃の想いに応えないわけにはいかなかった。
「……僕、告白するよ」
「ごめんね。ありがとう……」
「いいって。お互いの恋を応援する約束だろ?」
僕は精一杯強がってみせた。
ベッドの中で、今日までのことを振り返る。咲希と出会う前の僕は、マンガの世界にずっと逃げていた。
この世界に来て、咲希と出会って。そこからは毎日が必死だった。
そういえば、自分に幸せになる権利があるのか悩んだこともあったっけ。
母さんのことが自然と頭に浮かぶ。咲希と幸せになる権利が、本当に今の僕にあるのだろうか。僕は赦されていいのだろうか。
週末は試験勉強をして過ごした。しかし、咲希への告白と母さんのことばかり頭をよぎって、なかなか集中できなかった。
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