第17話 僕たちってすごくいい関係ってことになるね
金曜の夜に自室でストレッチをしていると、彩乃からチャットが届いた。
「あんた明日予定ある?」
「ないけど」
「じゃあ十一時に二子玉川駅に来て」
「何するの?」
「いいから来なさい」
「わかった」
「おやすみ」
「おやすみ」
薄々、予想はつく。咲希との関係のことだろう。だけど、僕は僕にできることを必死にやっているのだ。すべては咲希のために。
待ち合わせの五分前に駅に着く。彩乃にチャットを送ろうとすると、背中を叩かれた。振り返ると、そこには日高がいた。
「よっ」
「日高? なんでここに?」
「あれ? 中野から聞いてない?」
「あたしが呼んだのよ」
いつの間にか、彩乃が現れた。
「立ち話もなんだし、行きましょ」
彩乃に促され、僕らはファーストフード店へと向かった。
「なんで呼ばれたかわかってる?」
席に座った途端、彩乃に聞かれる。
「立花さんとのこと……」
「自覚はあるみたいね」
「空気を明るくするために俺がどんだけ頑張ったと」
「あんたはただ空回ってただけでしょうがっ! とにかく、なんで仲直りしないのよ?」
「仲直りって……。別に僕はケンカしてるつもりは……」
「ケンカよ。しかも、あんたが一方的に怒ってる。あの子がどんな気持ちでいると」
「僕はただ立花さんのためにっ!」
彩乃が僕の額にデコピンしてきた。
「いたっ」
「何よその偉そうなセリフ。あんた何様?」
「別にそんなんじゃ……」
彩乃は大きなため息を吐く。
「あんたが頑張ってるのは、あの子が好きだからでしょーが。咲希のためとか、何必死になってんのよ」
「……彩乃にはわからないよ」
「なら、あたしにわかるように言葉にしてみなさいよ」
「……」
言葉にしろと言われても、僕の心の中はぐちゃぐちゃだった。
「最近のお前、らしくないぜ? 前はもっと、立花のこと気持ち悪いくらい大切にしてたじゃん」
「今だって大切に想ってるよ……。だけど、時間がないんだ……」
「時間って、どういうことよ?」
もう隠せない。僕は二人に打ち明けることにした。
「天道が、立花さんのことを気になってきてる」
「玲が……?」
彩乃がショックを受けた顔をする。
「そうだよ。だから、早くしないと。じゃなきゃ、彩乃まで」
「はぁ……。そういうこと。ようやくわかったわ。渉が何にイライラしてたのか」
さっきはショックを受けていたのに、今は冷静に見える。彩乃は焦ってないのか?
「どういう?」
「あんた、不甲斐ない自分にイラついてたんでしょ?」
「僕が、自分にイラついてた?」
「あー、俺にもわかったぜ。お前、天道と自分を比較して、負けた気になってたんだろ」
二人の言葉が僕の中に染み込んでくる。僕は天道に勝たなきゃって思って、でも勝てないとも思ってて、それに焦って。それでずっとイライラしていた?
「二人の言う通りかも……」
自分の心の中のささくれだったものが、ほぐれていくような感覚。
「ようやくトゲが抜けたみたいね」
「お前、今週、全然笑ってなかったの気づいてたか?」
二人に言われて、昨日までの自分を振り返る。ずっと気が張ってた気がする。
「いま、気づいた」
「これだから真性ぼっちちゃんはよぉー」
「ぼっちちゃん言うな。……でも二人とも、ありがと」
二人がいなければ、僕は自分の気持ちに気づけなかっただろう。
「いいわよ別に。ってか、あたし的には、玲のこと報告しなかったことの方がムカついてるから」
「ご、ごめん……」
「まぁ、あんたの認めづらいし、言いづらい気持ちもわかるから今回は許すけど。これからはちゃんと報告しなさいよね。あたしたち同盟組んでるんだから」
「わ、わかった。これからはちゃんと言うよ。それで、どうしたらいいと思う?」
「あたしの考えは変わらないわよ。咲希とあんたをくっつける。でも、あたしと玲の関係も同時に進展させたいわね……」
「もう一回告ったら?」
「あのねぇ。そんなんで付き合えるなら、とっくに付き合ってるわよ」
一つだけ考えがある。できるなら選びたくなかったけど。
「花火大会に行くのはどうかな?」
「花火大会って七月にあるやつ?」
「そう。あの花火大会ってジンクスがあってさ」
「なんだっけ。一発目だけ特別な花火で、それを一緒に見た男女は結ばれるとかいう」
「あたしも聞いたことある」
「でも中野が誘って、天道が来るか?」
「あんたねぇ。まぁ、否定できないけど……」
「僕ら五人で見に行くことにするんだ。それで僕と立花さん、彩乃と天道の組み合わせになるように分かれて」
「なるほど」
「ねぇ、それって俺はどうなるの?」
「渉。ナイスアイディアッ! 二人っきりで恋のジンクスがある花火を見るとかテンション、ぶち上がるやつじゃん」
「ねぇ、俺はどうなるの?」
「問題はどうやって、ペアになるかなんだけど」
「そこは作戦考えましょ。まずは玲と咲希を誘えなきゃ意味ないし」
「ねぇ、俺は?」
「日高、かき氷おごるからさ」
「あたしは焼きそばおごってあげる」
「ふっざけんなよ、お前らっ!」
月曜の昼。僕らは一緒にご飯を食べていた。咲希の様子を伺う。彩乃と会話しているが、なんとなく元気がなさそうに見えた。本当になんとなくだけど。
「そういえば渉。週末は練習どうだった?」
彩乃の言葉に釣られて、咲希が僕を見る。今しかない。
「だいぶ覚えてきたよ。筋肉痛にもならなくなったし」
深呼吸をする。
「立花さん。先週はごめん」
「な、なんのことかな……」
「天道の踊り見たら、僕焦っちゃってさ。上手くならないとって必死になって、余裕なくなってたから、気を悪くさせちゃったかなって」
本当のことを言うわけにはいかないので、なるべく事実に近いことを口にした。
「俺のせいかよ」
天道が明るく笑う。
「お前、絶対に家で自主練してたろ」
「玲が完璧すぎたから、渉が落ち込むのもしょうがないわよ」
「だから、嫌な気持ちにさせてたら、ごめん」
「か、金木くんが謝る必要ないよっ! 私の方こそ、ごめんなさいっ!」
「どうして立花さんが謝るの?」
「金木くんは私のために一生懸命頑張ってくれてるのに、私は金木くんに何も返せなくて……。私のせいで嫌な思いさせちゃって……。だから、ごめんなさい」
「立花さんのせいなんかじゃないって、僕が」
「違うの、私が」
「無限ループになるからやめようぜ」
日高のセリフで冷静になる。
「じゃあ、ケンカ両成敗ってことで、咲希は渉と仲直りすることーっ!」
そう言って彩乃は咲希を僕の方へと押し出した。手と手が触れ合うくらい距離が近づく。
「あ、改めてよろしくお願いしますっ!」
「こ、こちらこそ不束者ですが、よろしくお願いしますっ!」
同時に頭を下げて、額がぶつかってしまう。
「あはは……」
「えへへ……」
こうして僕らは仲直りした。
昼食後、三人四脚の練習をするが、順調そのものだった。これで本番転ぶなんて考えられない。僕はマンガの展開を変えられるかもと内心ワクワクが止まらなかった。
放課後になり、ダンスの練習を開始する。
「今日含めて、練習できるのはあと四日しかないわ。ここからはひたすら踊るわよ」
「わかった」
「お願いします」
「じゃ、行くぞー」
仲直りした結果か、週末の練習の成果か、僕らの動きは先週よりもグッとよくなっていた。
「テッテレーンッ! またレベルが上がったな金木。当日女装して踊ったら?」
「冗談やめろよ」
「ここまで踊れるようになったのに、本番踊らないなんて、あたしももったいない気がしてきた」
「彩乃まで……」
「わ、私も金木くんが一緒に踊ってくれたら心強い、かも……」
「立花さんっ?」
「決まりだな。女装しようぜ」
「しないからっ!」
「えーっ?」
日高と彩乃が同時に口にする。
「そこハモるなっ!」
咲希がクスクスと笑う。久しぶりに見た咲希の笑顔はやっぱり可愛かった。
練習が終わり、クールダウンのストレッチ中、彩乃が咲希に話しかけた。
「咲希、七月の花火大会にみんなで行かない?」
「うん。いいよ」
「あたし、浴衣着てくるから咲希も着ない?」
「自分じゃ着付け出来ないから、お母さんに聞いてみる」
彩乃が僕を見てウインクする。これで咲希を誘うことはできた。あとは天道を誘うだけ……。
だが正直言うと、天道を誘うのは怖かった。花火大会のコマが頭をよぎる。あの通りになってしまったら? だけど、彩乃の恋を叶えるためにも、咲希だけを誘うことはできない。リスクを負わなければ。
自室で湯上がりにストレッチをしていると、彩乃からチャットが来た。
「渉と日高とあたしのグループ作ったから、学校でできない話はここでしましょ」
「とりあえず咲希を誘うことはできたわね」
「あとは玲だけど」
「渉できる?」
彩乃は僕のために咲希を誘ってくれた。僕もリスクを負うと決めたんだ。
「明日、誘ってみる」
「あんがと」
「おやすみ」
「おやすみ」
僕は彩乃に返事をすると、ストレッチを再開しながら、どう誘おうか考え始めた。
教室で天道が登校するのをじっと待つ。予鈴の十分前に天道が現れた。
「天道、ちょっと話があるんだけど」
「すぐ愛花先生くるだろ?」
「そんなに時間かからないから」
「……わかった」
僕らは廊下の端っこに移動した。
「で、話って?」
「七月の花火大会に一緒に行かない?」
「あのな、俺の家がどのくらい離れてると」
「最後までいなくてもいいから」
「うーん……」
「僕ら友達だろ?」
「『友達』って言葉はこういう時に使うものじゃないからな」
手厳しい。
「取引しただろ?」
「ギブアンドテイク。俺はまだ金木から何も受け取ってない。だいたい休みの日までクラスメイトと会うとかリスク上がるだけだろ」
くそ。手強い。僕の言葉じゃ天道を説得できそうにない。最後のカードを切るしかない。
「……立花さんも来るのに?」
すると、天道の目が鋭くなる。
「お前、意味わかって言ってんの?」
「……わかってるよ」
「ならいいぜ? その代わり、後悔するなよ?」
教室に戻ると、彩乃と目が合った。僕は頷いてみせる。
これで花火大会に五人で行くことになった。もう引き返すことはできない。
もしマンガの展開通りに、天道と咲希が二人きりで花火を見ることになったら、僕の負けが決まる。だけど、絶対に負けるわけにはいかない。
20時になり、彩乃と日高とグループ通話を開始する。
「それじゃ、作戦会議始めるわよ」
「よろしく」
「それにしても、よく天道を誘えたな」
「正直、ムリかもと思ってたから嬉しかったわ」
「最初は渋ってたけどね」
「テッテレーンッ!」
「この前も言ってたけど、何よそれ?」
「金木のレベルが上がったジングル」
「気にしないでいいから」
「じゃあ、ペアを二組作る作戦だけど、一度は全員集まった方がいいと思うの」
「最初から別の場所で待ち合わせるんじゃなくて?」
「それも考えたんだけど……」
「あからさま過ぎるわな」
「そうなの。最初っから仕組んでたってバレバレで、最悪帰られちゃう可能性もあると思って」
天道が彩乃と二人っきりで花火を見るように仕組まれたと知ったら、確かに帰るかもしれない……。
「ならどうやって?」
「アクシデントって形にするのよ。当日はきっと人混みがすごいはず。一旦バラバラになって集合する場所を変更するの。その時に玲と咲希に別々の場所を伝えて」
「その場所に、僕と彩乃がそれぞれ向かうと」
「それなら自然かもな」
「けど、どうやって一度バラバラになるか思いつかなくて……」
「別々の露店に買い物に行くのはどうよ? 時間節約のためってことで」
「そうね。それでいきましょ」
マンガでは、彩乃は買い物の途中で人とぶつかったはずみで、浴衣が着崩れて合流できなくなった。その結果、咲希と天道が二人きりで花火を見ることになる。
それを伝えるわけにはいかないが、何とかして止めたい。
「でもさ、人混みがすごい場所で、新しい待ち合わせ場所を指定するの難しくないかな?」
「今度の休みに下調べしに行くから安心して。距離がありつつ目立つ場所を見つけるから」
「天道と立花さんが連絡を取ったら?」
「二人は連絡先交換してないから問題ないわ」
「そうなの?」
「咲希に聞いたわ」
「なら大丈夫だな」
「ねぇ。彩乃は本当に浴衣着るの?」
「当たり前じゃない。うなじで玲を悩殺するのよ」
「浴衣って着崩れしやすいって聞くし、大変じゃない?」
「胸元が乱れるのエロいよな」
「日高は黙ってて!」
「やだ……。金木くん怖いー」
「あんたの脳みそ漂白してやりたいわ……。渉が心配してくれるのはありがたいけど、少しの乱れなら自分でも直せるから大丈夫よ。一度、一目につかない場所に行く必要はあるけど」
彩乃は考えを変えるつもりはないらしい。これ以上、引き留める言葉が思い浮かばず、僕は沈黙する。
「渉が色々心配するのはわかるわ。リスクもある。でもね、あんたが言ったのよ。時間がないって」
彩乃の言う通りだった。僕らには時間がない。だからこそ、リスクを負うと決めたんだ。今更、逃げ腰になってどうする。
「不安ばっかり口にしてごめん。うまく行くように頑張ろう」
「いいってことよ」
「あんたは何もしてないでしょうが」
木曜日の放課後。最後のダンス練習。
「咲希、あなた本当に上手になったわ」
「自分では、まだぎこちない部分がある気がするんだけど……」
「それはダンス部の動画を見てるせいよ。体育祭のレベルなら120点よ」
「体育の練習でも問題なかったんだよね?」
「うん。みんなについていけてる」
「なら、大丈夫だよ。僕も立花さんすごくうまくなったと思う」
「動画撮影してた俺からも保証するぜ。立花の動き最初と全然違うから」
咲希は僕らの方を見て、深く頭を下げる。
「みんな、本当にありがとう。私一人だったら、絶対に困ったままだった」
「立花さんが頑張ったからだよ。僕たちは手伝っただけ」
「ありがとう」
「じゃあ、明日は本番だし、このくらいにして帰りましょう」
彩乃の言葉で僕らは帰る支度をすることにした。
「日高、今日もお説教するから、あんただけ残りなさい」
「はぁっ? 今日は俺、真面目だったろ」
「うっさいわね。だから渉と咲希の二人で鍵返してもらえる?」
「わかった」
「じゃあ、行ってきます」
そして僕らは職員室へと向かった。
「日高くん大丈夫かな?」
「まぁ、懲りない奴だから大丈夫じゃないかな」
僕らを二人きりにする口実だから、実際には怒られていないと思う。多分。
「金木くん、今日まで本当にありがとう」
「僕がやりたくてやったことだから、気にしないで」
「そんなわけにはいかないよ。今度は私が金木くんに恩返しするから」
「そしたら、また僕が恩返しすることになっちゃうよ?」
「ずっと繰り返しちゃうね」
咲希が微笑む。
「で、でも僕は、そんな関係性っていいなぁって思う」
「私も。助け合える関係ってすごくいいと思う」
頭に言葉が浮かぶ。これを言ってもいいのだろうか?
「じゃ、じゃあ、僕たちってすごくいい関係ってことになるね」
口にしてから、心臓がバクバクして、顔が熱くなる。
「……」
咲希は無言だった。やはり言わないほうが良かっただろうか?
「わ、私も、そう、思う……」
消え入りそうな声で咲希が口にしてくれた。
僕らはそれ以上、何も喋らず廊下を歩き続けた。
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