第14話 言葉で咲希の支えになれないなら、行動で支えるまでだ

 僕の涙がすすり泣きに変わると、彩乃がハンカチを渡してきた。

「ほら、そろそろ泣き止みなさい」

「ありがと……」

 僕は目元を拭った。

「いきなり泣いてごめん」

「面白かったから別にいいぜ」

「日高、あんたねぇ……」

「でも泣いたらスッキリした」

「いい表情するようになったじゃん」

「あの子にその顔を見せてあげたいわね」

「が、頑張る」

 思わず力んでしまう。

「それじゃダメだって」

 彩乃が苦笑した。

「笑顔って難しい……」

「簡単にうまく行ったらつまらないから、俺は気にしないぜ」

「今日は帰りましょ」

 彩乃の言葉で解散となった。


 ベッドに横たわりながら、今日の出来事を思い出す。生きてて、誰かからあんな言葉をもらえる日が来るなんて思ってもみなかった。二人の気持ちに応えたいと思った僕は表情筋のトレーニングをしながら、マンガを読み返す。体育祭の種目が決まり、練習のシーン。マンガでは咲希が真ん中になり、天道と体を密着させていた。この二人の間に僕が入るのか……。

咲希ってすごくプロポーションいいんだよな。特に小柄な割に胸がすごく……。ダメだっ! そんな目的で真ん中になるわけじゃないんだからっ! 自分の煩悩を振り払うように、頭をブンブンと左右に振る。スマホで三人四脚と検索して、三人四脚のコツについて調べ始めた。


 翌日、登校すると咲希に話しかけられた。

「金木くん、今日から練習よろしくね」

「僕のほうこそよろしく」

 精一杯笑顔を浮かべた。

「私、あんまり運動神経良くないから、迷惑かけちゃうかもしれないけど」

「大丈夫っ! 僕も運動神経良くないからっ!」

 咲希を安心させようと食い気味に話す。

「ふふっ。じゃあ一緒に頑張らないとだね」

「うん。僕、昨日三人四脚のコツ調べてきたから」

「ありがとう。……ところで金木くん、昨日何かあった?」

「え? どうして?」

「雰囲気がちょっと違うから」

「……実は彩乃にお説教されて」

「えっ⁉︎ それって聞いても大丈夫な話?」

「大丈夫。僕が人との間に距離を感じてるのが良くないって」

「そうなんだ。でもそれは、彩乃ちゃんの言いたいこともわかるかも」

「そうなの?」

「だって、金木くんの方から距離を取られたら、相手の人はきっと寂しいと思うから」

 寂しい? 僕から距離を取られることが?

「そんなふうに考えたことなかった……」

「金木くんだって、他の人から距離を取られたら寂しいって思わない?」

 僕は今までそれが当然だと思っていた。僕に科せられた罰だと。でも、もし今、日高や彩乃、それに咲希から距離を取られたら……。

「寂しい……かも」

「でしょ?」

 そう言って咲希は微笑む。咲希は不思議だ。僕は確かに理想の彼女として咲希を生み出した。なのに、ここにいる咲希は、僕が設定した以上に魅力ある人間に感じる。僕は自分がますます咲希を好きになっているのを実感した。

「なんの話してんの?」

 いつの間にか登校してきた天道が会話に入ってくる。

「三人四脚頑張ろうって話」

 さっきまでの話は、天道に話すのが恥ずかしいという気持ちもあったが、それ以上に二人だけの秘密にしたかった。咲希は一瞬驚いた顔をしたが、僕に話を合わせてくれた。

「金木くんがコツを調べてきてくれたんだって」

「俺もストッキング持ってきたぜ」

 そう言ってカバンから新品のストッキングをチラリと取り出してみせる。

「それ自分で買ったの?」

「恥ずかしいと思うから、恥ずかしく映るんだよ。やましい理由がないなら堂々としてればいいの」

「私が用意すればよかったね」

「いや、恥ずかしくなかったからね?」

「と、言いつつも?」

「金木、日高みたいになってんぞ」

「それは嫌だ」

 そして僕ら三人はクスクスと笑う。天道と馴れ合うつもりはない。そう思っていたはずなのに、思いがけず三人での会話を楽しんでいる自分がいた。

 昼休みになり、屋上で一緒にご飯を食べる。

「天道ってどんな子がタイプなの?」

 僕は天道に質問してみた。この前の彩乃と咲希のやり取りを見ていて使えると思ったからだ。

 天道はむせた。

「いきなり何聞くんだよ」

「自分が好きになった子がタイプ」

 すると彩乃が代わりに答えた。

「彩乃、知ってたの?」

「当たり前でしょ」

 彩乃は不満そうだ。そうか、もう聞いてたのか。あれ? でも?

「中学の時に好きになった子はどんな子だったの?」

 天道がさらにむせた。

「金木、お前っ」

「何それ初耳なんだけどっ!」

 どうやら彩乃も知らなかったらしい。

「そんなのどうでも……」

「よくないっ!」

「気になる」

「おいおい特大のネタじゃねぇか」

 咲希以外全員が食いついた。天道は気まずそうに顔を背けたが、僕らに引く気がないと悟って、ため息を吐く。

「失恋した話だから、あんま言いたくないんだよなぁ」

 天道はそう前置きした上で口を開いた。

「その子は……、明るくて」

「あたしじゃね?」

「人懐っこくて」

「あたしじゃん」

「キラキラしてる子だった」

「完全にあたしだ……」

 彩乃がぶつぶつと口に出している。自己評価高いな。

「ねぇ、玲。その子とあたしって似てない?」

「……正直言うと、割と似てる」

「じゃあっ!」

「だから言ったろ。失恋したって。それに似てるってだけで好きにならないよ」

「むー。あたしなら玲をフったりしないのに」

「はい。この話おしまいっ! それと金木、今度余計なこと言ったら、もう昼飯一緒に食わないからな」

「ごめん……」

 昼食を食べ終えると、僕らは三人四脚の練習をすることにした。

「じゃあ、腹ごなしに少し運動しますか」

「うん」

「よろしくお願いします」

 僕を真ん中にした状態で三人並ぶ。咲希の体と僕の体が密着してる……。え? これ想像以上にすごくないか? 夏服だから、咲希の体のラインが布越しにしっかりと伝わってくる。柔らかくて、大きくて、すごいとしか言えないっ! すごすぎるんだけどっ!

 天道がスマホを見ながらストッキングを結ぶ。

「金木、結び方覚えといてくれよ」

「えっ? あ、うんっ!」

 咲希の体から意識を逸らすために、僕は天道の結び方に全神経を集中させる。

「金木くん、三人四脚のコツって?」

「えっと……一歩ずつ声を出し合って、どっちの足を前に出すかちゃんと決めておくことと、真ん中が左右の人の肩をグッと引き寄せて、左右の人は真ん中の腰に手を回すこと」

「そうなんだ。金木くんってどっちの足を最初に前に出す?」

「考えたことない……」

「どっちのパターンもやってみよう」

「わかった」

 僕と咲希の足も結び終わる。

「じゃあ金木、肩掴め」

「う、うん……」

 僕は恐る恐る二人の肩に手を伸ばす。

「手つきが気色悪い」

「ご、ごめんっ!」

 僕は慌てて手を離す。

「こういうのは恥ずかしがるなって。意識しすぎると相手が気持ち悪く感じるから」

「思いっきり掴んでいいから」

「わ、わかった」

 僕は深呼吸すると、二人の肩を掴んで、思いっきり自分に引き寄せる。

「わわっ」

 咲希が驚きの声をあげる。咲希の想定以上の力で引き寄せてしまったのだろう。咲希の頭が僕の胸の前に来た。ふわりと甘い香りがする。女の子ってこんないい香りがするの? いや、味わっている場合じゃない。僕は右手だけ一旦離すと、咲希の姿勢を元に戻した。

「ごめん。強すぎたね」

「ううん。私こそごめんなさい」

「じゃ、もう一回掴むよ?」

 今度は少しだけ力を緩めて咲希の体を引き寄せる。

「準備できたか? それじゃ立つぞ。金木、合図」

「1、2の、3っ!」

 僕の合図で三人とも立ち上がる。

「うまく立てたね」

 僕はホッとした。

「レースはここから始まるんだぞ?」

 そうだった。僕らはまだスタートラインに立ったにすぎない。

「じゃあ、次は右足から。えっと、右足っていうのは僕の右足で。二人は」

「左足だね」

「りょーかい」

「じゃ、いくよ。せーの」

 意外なことに一回目から転ばずに歩くことができた。

「おー意外とやるじゃん」

「思ったよりやるじゃない」

「まぁ、及第点ってところかな」

 日高と彩乃と違い、天道は辛口だった。

「厳しくない?」

「さっきのはただ転ばないように歩いただけだからな。本番じゃもっと早く走らないと」

「じゃあ、次はもっとペース上げる?」

「いや、同じペースでいいから、お互いの歩幅をもっと意識しよう。立花さんの歩幅に合わせるのが一番いいと思う」

「わかった」

 それから何度か練習して、昼は解散となった。教室へ戻る途中で日高が口をひらく。

「午後の体育だりぃ。棒倒しの練習とかいらないじゃん」

「女子がダンスの練習するから、男子だけの種目を練習するしかないんだろ」

「練習するしかないんだろって、お前は体育休むじゃんっ!」

「仕方ないだろ。体が弱いんだから」

 日高と天道が言い合う中、咲希を見る。やはり表情が曇っていた。

「た、立花さんならきっと大丈夫だよっ! さっきの練習も上手くいったしっ!」

 咲希は弱々しく微笑む。

「ありがとう」

 根拠のない励ましじゃ、力になれないよな……。僕は歯痒かった。

 体育の時間になり、僕ら男子は棒倒しの練習をする。と言っても棒倒しの練習がだるいのは日高だけじゃないらしく、みんな消極的だった。

「なぁ、女子のダンスのぞこうぜ」

「さすが千晃」

「いいじゃん」

 日高の発案に他の男子たちが乗っかる。

「先生にバレたら怒られるぞ」

 注意する男子もいたが、正直、咲希がうまく踊れているのか心配だったので、僕も女子の方を見る。遠目なので見つけにくかったが、身長と髪型で咲希とおぼしき女子を見つけた。周りと比較すると、お世辞にも上手とは言えなかった。動きがぎこちないし、テンポも遅れている。

もっとも今日が初めての練習なのだ。振り付けをまともに覚えていないのに、きちんと踊るという方が難しいだろう。

 でもきっと落ち込むだろうな。咲希は自分がうまく踊れないことより、周りに迷惑をかけることを気にするタイプだ。でもなんと声をかければいいのだろう。

 ドンマイ。初めてにしては踊れてたよ。これからだよ。

 どれも薄っぺらい気がする。それは言葉のせいか。僕自身のせいか。咲希の言葉は、あんなに僕の心に響くのに。

 体育が終わり、すぐにでも駆けつけたかったが、後片付けをしなければならなかった。その間に女子たちは更衣室へと入っていく。後片付けをしながら、その様子をチラチラと見ていると日高に話しかけられた。

「金木くんのエッチ」

「一緒にするな」

「でもどうせなら正面から見たかったよな」

「わかる」

 藤原が会話に加わった。

「えぇ……」

「金木、男子高校生の脳内っていうのは9割エロなの」

「それは千晃だけだと思う」

「そこでハシゴ外すっ⁉︎」

「日高が頭の中ピンクすぎるんだよ」

「お前らなぁ。不健全だぞ」

「はいはい」

 僕は頭の中で、咲希にかける言葉を探すのだった。

 着替えを終えて教室に戻ると、すでに咲希は自分の席に座っていた。様子を伺うと明らかに落ち込んでいた。教室で僕から咲希に話しかけるのは、彩乃に禁じられているが、今の咲希を放っておくことなんてできない。

「た、立花さん。ダンス、どうだった?」

「難しかった……」

「は、初めての練習なら、うまくいかなくて当然だって」

「そうだけど……。このままじゃ、みんなに迷惑かけちゃう」

 やっぱりそうなるよな……。

「自主練しようよっ! 三人四脚みたいにっ!」

「でも私一人じゃ……」

「僕が方法考えるから」

「……ありがとう」

 自分の席についてから、考えなしに口にしたと頭を抱える。でも上手くなるには、自主練しかない気がする。だけど、どうすればいいんだろう? 

僕はダンスの経験なんてないし、僕にはフォローできない。誰かの協力が必要だ。しかも女子の。僕の視線は自然と彩乃に移っていた。今の僕に頼める女子なんて、彩乃しかいない。僕は後ろから咲希に話しかけた。

「立花さん、今日の放課後って時間ある?」

 放課後、咲希を連れて屋上へと向かった。屋上で僕を待っていた彩乃は、僕が咲希を伴っていることに驚いていた。

「金木、あんたなんで……」

「彩乃ってダンス得意?」

「もしかして、咲希の自主練に付き合えってこと?」

 察しが良くて助かる。僕は頷いた。

「別にそれはいいけど……。あたしだけじゃねぇ……」

「何か問題?」

「今回の振り付けってスリーマンセルなのよ」

「スリーマンセル?」

「三人一組ってこと。あたしと咲希だけで練習するとバランス悪くなるの」

「そうなの?」

 僕が咲希を見ると、咲希はこくりと頷いた。

「……私も三人で練習するのがいいと思う」

「じゃあ、他に誰か」

「あたしは誘える女子いないわよ?」

「え? そうなの?」

「あたしってクラスで浮いてるから」

 なんてことのないように口にする彩乃。そういえば、彩乃がクラスで女子と話してるの見たことないかも。

「でもなんで……」

「玲にアタックしてるから」

「あー……」

 納得した。松井たち親衛隊が目を光らせて、天道へのアプローチは基本的に禁止となっているのだ。唯一それを破っている彩乃が、天道を好きな女子たちの目の敵になるのはある種、必然だった。

「私も今のクラスには頼める人いなくて……」

 二人にはクラスに他に頼める女子がいない。当然、僕もだ。

「別に女子である必要ないじゃん」

 日高が会話に割ってはいる。

「確かに……」

 日高の言うとおりだ。別に練習なのだから性別は関係ない。咲希の練習に、放課後付き合ってくれる男子なら誰でも。そこで僕は思い直す。誰でもでいいのか? 咲希が困っているのに、他の男子に解決を委ねて。それで本当にいいのか?

「……僕が踊るよ」

「えっ?」

「渉、あんたマジ?」

「ぶふふふふっ!」

「僕はダンスなんて踊ったことないから、最初は足引っ張っちゃうと思うけど、それでもいいなら」

「金木くん……」

「男に二言はないわね?」

「グフフフフッ!」

 僕は力強く頷いてみせた。言葉で咲希の支えになれないなら、行動で支えるまでだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る