第13話 僕は変われないし、それでいいと思っていた
その日の放課後に、僕と日高と彩乃はまた屋上に集まっていた。
「あたしの作戦が……。渉、あんた、なんでちゃんと報告しなかったのよっ!」
「サプライズのつもりで……」
「あんたはあたしの彼氏かっ!」
「すみません……」
「正直五人で飯食うことになって、結果的によかったと思うぜ」
「どうしてよ」
「天道も立花も警戒してたから」
「咲希はともかく玲も?」
「そりゃお前と俺がいたら警戒もするだろ」
「ぐぬぬっ」
彩乃は反論できないようだった。
「まぁいいわ。あたしもここ数日、咲希と話して、あの子の内気さはよーくわかったから」
「その割にはグイグイ行ってたじゃないか」
「あんたが行かないから、あたしが言ってあげてるんじゃない」
「だって……。なに話したらいいのかわからないから……」
「金木ってボッチだったん?」
僕は首肯する。
「どんくらい?」
「八年くらい……」
彩乃が天を仰ぐ。
「それを聞いたら、むしろあんたが頑張ってるとさえ思えてきたわ……」
「さすが金木だぜ」
日高がなにを褒めてるのか、全くわからなかった。
「仕方ない。玲を連れてきてくれたお返しに、あんたに叩き込んであげる」
「な、なにを」
「あたしが持っているすべてよ」
「や、優しくお願いします……」
「ダメよ。ビシビシいくわ」
そこからの時間は本当にハードだった。表情を豊かにするために、いろんな感情の顔をしながら、彩乃と日高と交互にいろんな話をさせられた。当然、僕には話のネタがないから会話が続かない。その度に彩乃と日高がお手本を見せてくれた。もっとも日高が毎回ふざけて彩乃に怒られてたけど。空が茜色に染まってきたところで、今日は解散となった。
「渉、明日から休み時間は日高と一緒に他の男子と会話すること。いいわね?」
「わかった」
「その時、表情を豊かにすることを常に意識すること」
「わかった」
「日高、日中はあんたに任すわ」
「任されたぜ」
そこで、彩乃に伝えなきゃいけないことを思い出した。
「彩乃、体育祭だけど、天道は三人四脚に出るって」
「そうなの?」
「屋上に来るときに聞いた」
僕は嘘をついた。
「教えてくれてあんがと」
彩乃が嬉しそうに笑う。
翌朝、念の為、天道に話をしておくことにした。
「天道、話があるんだけど」
「なに?」
「ちょっと廊下に出れない?」
「……わかった」
廊下に出たところで、天道が質問してきた。
「で、話ってなに?」
「体育祭のことなんだけど、出る種目って決めた?」
「特に決めてないけど」
「なら三人四脚に出ない?」
「なんでよりによってそれなんだよ。リスクあんじゃん」
あれ? マンガと違う?
だが、言われてみれば確かにそうだ。男装している天道にとって、他者と密着する三人四脚は確かにリスクが大きい。どうしよう。このまま天道を別の種目に出させれば、マンガの展開を変えられるということになる。
だけど、昨日彩乃に伝えてしまったのだ。ここで天道が違う種目に出たら、僕が嘘をついたことがバレてしまう。
「僕がフォローするからさ」
ぎこちない笑みを浮かべる。
天道が両腕で胸を隠しながら一歩引く。
「お前、やらしーこと考えてないだろうな」
「そんな目で見たことないってッ!」
思わず大きな声を出してしまった。周囲の視線が集まる。
僕は声のトーンを落とした。
「と、とにかく、天道も100メートル走とかには出れないだろ?」
「それはまぁ……」
「僕も運動は得意じゃないから、恥をかきたくないんだ」
「利害が一致するって言いたいんだな?」
「そういうこと」
「考えとく」
「ありがとう……」
愛花先生がクラスへ入ってきて、ホームルームが始まる。
「今日のロングホームルームで、体育祭の種目決めを行ってもらう。一人最低でも一種目は出るように」
「せんせー。一位の賞品ってなんなの?」
「ワンラウンドの割引チケットだな」
それを聞いてクラスが活気づく。
「これはアガる!」
「絶対勝とうね」
「勝ったらクラスで打ち上げだな」
「お前ら、盛り上がるのは結構だが、まずは出る種目を決めてもらうぞ。委員長と副委員長、前に出てくれ」
そこで男女が一人ずつ前に出てきた。確か井上と佐々木だったはずだ。
「澤井先生、全部で何種目あるんですか?」
井上が質問する。愛花先生は手元の紙を見ながら読み上げていく。
「リレー、100メートル走、パン食い競争、大玉転がし、水鉄砲サバイバル、三人四脚、あとは男子が棒倒しで女子がダンスだな。それぞれの人数はこの紙に書いてある」
そう言って、愛花先生が紙を井上に渡す。佐々木が種目名を板書する。
「じゃあ、順番に種目名を読み上げるので、やりたい種目の時に手をあげてください」
リレーから順番に埋まっていく。水鉄砲サバイバルは一人足らない状態だった。次は三人四脚だ。
「三人四脚をやりたい人」
彩乃が勢いよく手を挙げる。咲希と天道に視線を向けると二人とも手を挙げていた。僕もそれに倣う。井上が人数を数える。
「七人か。この種目は六人までだから一人水鉄砲サバイバルに移ってもらう感じかな」
周囲を見渡すと松井たち三人組が手を挙げている。天道と同じ競技になろうと考えていたんだろう。
「じゃあ、七人は前に出てジャンケンで出る人を決めてください」
僕らは前に出る。
ジャンケンをする前から彩乃と松井たちの間で火花が散っていた。
「あんたたち、そろそろ独り立ちしたら?」
「あなたこそ、別の種目に出なさいよ」
「まぁまぁ。ジャンケンで公平に決めようぜ? 金木ももっと近くに来いよ」
天道はグーの字で僕の背中を押した。手のひらじゃなくてグー? もしかしてグーを出せということか?
「じゃあいくぞ。ジャンケン、ポンッ!」
みんなグーを出した。彩乃一人を除いて。
井上が結果を確認する。
「中野さんは水鉄砲サバイバルと」
「いーやーだーっ! あたしも三人四脚やーりーたーいーっ!」
「いい気味だわ」
「ざまぁみろ」
「調子乗ってるからよ」
「組み合わせは、松井、堀口、伊藤と金木、天道、立花でいいな」
愛花先生が口を挟んできた。
「先生っ⁉︎」
松井が驚く。
「なんだお前ら。自分だけ抜け駆けしようと思ってたのか?」
愛花先生が不敵に笑う。
「くっ!」
親衛隊は抜け駆け防止という目的があるのだ。それを率先して破るというのは矛盾することになる。偶然、天道と一緒の組み合わせになることを狙っていたのだろうが、それを愛花先生が止めたのだ。
「だから中野も納得するんだな」
「はーい……」
彩乃は渋々ながら納得した。
愛花先生は、天道の事情を知っているからフォローに入ったのだろう。正直、この展開は僕の望まないものだった。仕方ない。僕が真ん中になることで、二人の接触を避けよう。
「またこの三人だな」
天道が僕らに話しかける。
「そうだね」
「よろしく」
「よし。全種目決まったな。今日以降、体育の時間は体育祭の練習になる。と言ってもパンは食えないがな」
愛花先生は自分で言いながら軽く笑う。
「女子のダンスと男子の棒倒しは、練習しとかないと大変だからな。しっかり準備した上で臨めよ」
女子はダンスしなきゃいけないなんて大変だなぁ。僕には絶対にできないや。
休み時間になり、彩乃に与えられたミッションをこなすため、日高の席に近づく。
「よう金木。こいつ藤原」
そう言って日高は自分の後ろにいる男子を指差す。そんな生徒を設定した覚えはない。僕と同じくモブだろう。
「よ、よろしく……」
「よろしく」
「さっき藤原と話してたんだよ。金木が羨ましいって」
「どうして?」
「だってあの立花と密着できるんだぜ? 羨ましいよな」
「役得だよね」
考えていなかった。三人四脚ということは、体を密着させることになるのか。咲希と⁉︎ そんなの恥ずかしすぎる。
「いやいや、恥ずかしいよっ!」
「なんで金木が恥ずかしがるんだよ。普通逆だろ」
「ホントそうだよ。しっかり満喫すべきだって」
やっぱり咲希もそういう目で見られてるのか。僕も考えたことがないわけではなかったが、僕にとっては、咲希は性的な対象というよりも、もっと神聖なものなのだ。
「僕なんかが恐れ多いっていうか……」
「あー、その気持ちはわかるかも」
藤原が共感してくれた。
「立花さん自身はクラスのカースト上位ってわけじゃないけど、ポテンシャルはすごいからね。俺みたいな底辺には遠い存在だよ」
そんなことを言う藤原を観察する。確かにリア充とは遠い存在に見える。だからだろうか。親近感を覚える。
「藤原くんは種目何にしたの?」
「パン食い競争。あんまり足早くないけど、ジャンプ力はちょっと自信あるんだよね」
この場合、驚いた顔か笑顔かどちらが正解なのだろうか。考えた末、驚いた顔を作った。
「それは向いてそうだね」
「ちなみに俺は水鉄砲サバイバルな」
「濡れるの嫌じゃないの?」
「ばっか。濡れるからいいんじゃないか。男女混合だぜ?」
こいつ……。ネットで見つけて面白いと思ったから取り入れた種目を、そんなふうに使われるとは思ってもみなかった。
「千晃のすけべ」
「健全な男子と言ってほしいな」
「いや、エロでしょ」
「だからそれが健全なんだってっ!」
憤慨する日高を見て、僕らは笑う。
「金木って意外と話しやすいだろ?」
「そうだな。これまで話したことなかったから、知らなかったよ」
ここで勇気を出す必要があると感じた。
「よ、よかったら、これからも話そうよ」
「いいよ。三人四脚の感想も聞きたいしね」
「じゃ、授業始まるからまたな」
日高の言葉で僕は自分の席に戻ることにした。
「藤原くんもまた」
「うん」
席に戻った後に、彩乃に視線を向けると、彩乃は笑顔で親指を立ててみせた。ミッションクリアということらしい。そういえば三人四脚の件、彩乃に謝らないと。
次の休み時間になり、彩乃の席へと向かう。
「彩乃、ちょっといい?」
「なによ?」
廊下に出ると、彩乃に頭を下げる。
「彩乃、種目決めの時はごめん」
彩乃はため息を吐くと、口を開いた。
「別にいいわよ。松井たちと玲が組むことにならなかっただけマシ。だから頭を上げなさい」
頭を上げて、彩乃の顔を見た。その表情はさっぱりとしていた。
「それより、あんた頑張りなさいよ」
「うん」
「ちゃんと真ん中役やりなさいね」
「わかってる」
「ならよろしい」
彩乃はカラッと笑ってみせた。彩乃は強いな。逆の立場だったら、僕はこんなふうに応援できない。
「彩乃は強いね」
「女の子に言う言葉じゃないからそれ」
彩乃はムッとした後に、くしゃっと笑う。
「でも、あんがと」
そう言って僕の肩を叩くと、教室へと戻っていった。
昼休みに入り、僕らは屋上で一緒にお昼を食べていた。
「さ、三人四脚だけど、僕が真ん中でもいいかな?」
僕は天道と咲希に聞く。
「俺はいいぜ」
「私もいいよ」
「ありがとう。僕、頑張るから。……それでよかったらさ、昼休みにここで練習しない?」
「体育の時間は、女子はダンスやるんだっけ? ま、昼休みにやるのがいいかもな」
「わかった」
「じゃ、じゃあ、明日から練習しようか。縛るものが必要だよね」
天道がスマホを操作する。
「ストッキングがおすすめらしい。立花さん持ってる?」
「えっ⁉︎」
「ちょっ。天道」
「冗談だって。俺が用意しとくよ」
「天道のえっち」
日高が茶々をいれる。
「水鉄砲サバイバルに出る日高には言われたくない」
すると彩乃が胸を隠した。
「日高、あんたまさか……」
「男が出る目的なんて、そうに決まってるじゃんか。ぐふふっ」
「サイッテーっ! 咲希、こいつには近づいちゃダメよ」
彩乃が咲希を庇うように座り直す。
「あー、女子のダンスが今から楽しみだなぁ」
「日高が言うと全部いやらしく聞こえるからやめろ」
僕は日高を牽制した。咲希が怖がっているじゃないか。
「ところで、どんなダンス踊るの?」
天道が彩乃に質問する。
「ダンス部が考えてくれるって。ただ、優勝狙いで難しい振りになりそうで嫌なのよね」
咲希を見ると、なんだか表情が曇っている気がした。
「た、立花さん、何か悩みごと?」
咲希は首をフルフルと横に振る。
「そうじゃないの。ただ……」
「ただ?」
「私、ダンスってあまり得意じゃなくて」
「それは……」
「大丈夫よ。難しいって言ったって、みんなで踊れるくらいだから。体育の時間に練習しましょ」
「うん……」
それでも咲希の表情は明るくはならなかった。咲希の力になりたい。でもどうすれば……。
放課後、僕たち三人はまた屋上に集まった。
「日高、休み時間の渉の様子は?」
「俺のアシストありとはいえ頑張ってたんじゃないか? ただ……」
「ただ?」
「こいつ、立花と三人四脚やるの、恐れ多いって言ったんだよ」
彩乃が僕を睨む。僕は一歩下がった。
「あんた、そんなこと言ったの?」
「いや、あの、その……はい。言いました……」
僕はうなだれる。
「何回言えばわかるのかしら。渉、咲希と付き合いたいのよね?」
「はい……」
「付き合えば、手を繋ぐし、キスだってする」
「もっとエロいこごふぅ」
日高がきつい一発を脇腹にもらった。
「とにかく、付き合うってことは、対等な関係で親密になることなのよ? それなのに、咲希との間に勝手に距離を感じてどうするのよっ!」
「ごもっともです……」
「あんたが咲希を遠くに感じてる限り、仲良くなんてなれないし、付き合うなんて一生無理よっ!」
「はい……」
「渉、あんた自分のこと嫌いでしょ」
それは質問ではなく、断定だった。
僕は俯く。
「……うん」
「でもね、あたし達はあんたの味方をしてる。なんでかわかる?」
「それは、彩乃が天道と付き合いたいからじゃ……」
「それもある。だけどそれだけじゃない。……あんたがあの子のためなら、自分を変えられる人間だからよ」
うってかわって優しい口調になる彩乃。思わず顔を上げる。
「僕が、自分を変えられる……?」
「お前、ずっとボッチだったんだろ?」
日高がお腹をさすりながら会話に加わる。
「あたしにはあんたの孤独はわかんない。あんたの気持ちもわかんない」
僕の孤独。僕の気持ち。
「だけど、あんたが好きな人のために変わりたいって思ってることはわかるわ」
「お前が思ってるより、それってすごいことなんだぜ?」
「そうなの?」
「金木、ボッチだった時に自分を変えようと思ったか?」
「……思わなかった」
「そういうことだよ」
現実世界で、僕は変われないし、それでいいと思っていた。これが僕に相応しい人生だと。だけど、ここには僕が変われると言ってくれる人たちがいる。胸に熱いものが込み上げる。その熱は、僕の目から涙となって溢れ出した。
「うっ」
「あーあー。こんくらいで泣くなって」
「泣きたいなら泣けばいいのよ。その方がデトックスできるってもんでしょ」
「うぅっ」
二人の優しさが心に沁みて、僕はしばらく泣き続けた。
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