第12話 天道と咲希との距離がどんどん縮まってしまう
天道を脅迫する。僕にはない発想だった。けどなぁ。それって人としてどうなんだ……。そもそも、証拠も何もないのに、天道が実は女子だと知ってると言ったところで、効果はあるのだろうか。天道が否定して終わりでは? 少なくともクラスメイトたちは、天道が男だと信じきっている。天道も完璧に誤魔化せてると確信しているはずだ。
だけど、真っ当な方法では、天道の内側に入り込めそうにないのも事実だった。天道の秘密に踏み込む必要があるだろう。そんなことが僕にできるだろうか? いやできるかじゃない。やらなくちゃいけないんだ。
教室に戻ると、天道の周りに人だかりができていた。
「玲くん、私にクリーニングさせてっ!」
「いや、大丈夫だって」
「とりあえずベスト脱いだ方がいいわ」
「そーよ。そーよ」
女子たちが天道のベストを脱がそうとしているが、何があったのだろうか。クリーニングということは、天道のベストが汚れたのだろう。天道はベストを脱ぐことを頑なに拒んでいたが、無理やり脱がされそうになり、渋々自分からベストを脱いだ。
「ジュースかけちゃって本当にごめんなさい。ちゃんとクリーニングに出しておくから」
「あ、ありがとう……」
天道は気もそぞろといった反応だった。すると天道はカバンを勢いよく掴んだ。
「今日、ちょっと気分悪いから早退するわ」
驚く取り巻きたち。しかし、天道は女子たちが何かを言う前に立ち上がると、そのまま教室を飛び出していった。チャンスかもしれない。僕は天道の後をつけることにした。
少し離れて天道の後をつける。天道は、人気のない道を選んで歩いているようだった。天道が、花壇にホースで水やりをしている女子の近くを通り過ぎようとした時のことだった。ホースから水が出なくなり、不思議そうに蛇口の方を見る女子生徒。男子たちがホースの上でふざけ合ってて、ホースを踏みつけていた。
「ちょっとっ! ホースを踏まないでよっ!」
男子たちがホースから離れた途端、水が勢いよく飛び出し、天道の上半身を濡らした。
「キャッ!」
天道が甲高い悲鳴を上げる。カバンを胸に抱いて前を隠すが、天道の後ろにいる僕からは、補正下着のシルエットがくっきりと見えた。
天道はその場にしゃがみ込んでしまった。僕は自分が着ていたベストを脱いで、天道の背中にかける。
「金木?」
「行こう」
天道の腕を掴むと、人気のない体育館裏へと連れて行った。
「……どうして俺にベストをかけた?」
「下着が見えたら困るかなって思って」
なんと言ったらいいかわからず、思わず考えていたことを、そのまま口にしてしまった。
「気づいたのか?」
「えっと……。なんのことかな?」
「頼む。このことは誰にも言わないでくれっ!」
そう言って頭を下げる天道。このまま天道を脅すべきだろうか? 僕が逡巡しているのをどう受け取ったのか、天道は口を開いた。
「何も言わずに黙ってて欲しいっていうのも虫がいいよな……。金木、俺の話を聞いてくれないか?」
「いいけど」
「俺、中学までは普通に女子の制服着てたんだ。でもその頃は背ばっかり高くて、鶏ガラみたいな肉付きでさ」
知ってる。
「それで男子からは全然モテなくて、逆に女子からすごい好かれてて」
知ってる。
「女子とスキンシップ取ってるうちに、女子の方が好きかもって思うようになって」
それも知ってる。
「だけど告白したら、気持ち悪いって言われて……」
そこで天道は悲しげに俯く。僕がマンガを面白くするために作った設定で、一人の人間の心に傷を負わせたのかと思うと、急に胸が痛くなった。
「だから、高校では男のフリをしようって。そう決めたんだ」
天道は僕のせいで傷つき、男装するという困難な道を選んだ。やっぱり天道を脅すことなんて、僕にはできない。だけど咲希を諦めることはもっとできない。なら。
「天道。取引をしよう。僕は天道の秘密を守る手伝いをする。その代わり」
「その代わり?」
「僕と友達になって欲しい」
「友達って、それはこの前」
「わかってる。具体的に求めてることだろ? 僕が天道に求めるのは昼休みだったり、放課後を一緒に過ごすことだ」
脅迫ではなく取引。これが僕の選択だった。
「毎日ってわけにはいかないぞ?」
「わかってる」
「……わかった。正直、秘密を守る手伝いをしてくれるのは助かる」
そして僕らは握手をした。互いの利益のために。
今日はもう帰ると言う天道を見送り、教室へと戻ることにした。遅刻だと教師に怒られたが、気にならなかった。天道の内側に踏み込めたのは、嬉しい誤算だった。
だけど、天道の心の傷を聞かされて、複雑な気持ちにならざるを得なかった。自分の生き方を大きく変えてしまうほどの心の傷。陽菜のことを思い出す。僕は天道に許されないことをしてしまったのではないか。もっとも向こうは僕に謝られたところで理解できないだろうし、今更僕が謝ってどうにかなる問題でもないのだが。
授業が終わると、さっそく彩乃に報告しに行く。
「彩乃、あのさ」
「玲が早退したってホント?」
あの時、彩乃は教室にいなかったのだろうか。
「え? ああうん」
「具合悪かったの?」
「いや、ちょっとだけ気分が悪かったみたい。念のために帰っただけだよ」
僕は誤魔化した。
「よかったー。それで、なんか用?」
「えっと、別行動ってまだ続きそう?」
「んー、多分、今日で終わると思う」
「じゃあ、明日から一緒にお昼食べられる?」
「なんで嬉しそうなのよ……。まぁあたしも誘おうと思ってたからちょうどいいけど」
「わかった」
「話はそれだけ?」
「うん」
僕は天道のことを、明日のサプライズにすることにした。続いて、日高の席へ向かう。
「日高、明日からの昼だけど」
「中野と一緒、だろ?」
「当たり……」
不敵に笑う日高だった。
翌朝、天道は別のベストを着て登校してきた。
「金木、昨日はサンキュ」
天道から紙袋を受け取る。中身を確認すると僕のベストだった。
「いいって。それより」
「昼飯だろ? わかってるって」
すると、女子たちが天道の周りに集まってくる。
「玲くん、体調大丈夫?」
「急に帰っちゃうから心配したよー」
「心配してくれてありがと。ちょっと気分が悪かっただけだから大丈夫」
「玲……。無理しないでね?」
女子の輪の一歩後ろから彩乃が話しかける。天道にだいぶ気を遣ってるようだ。天道はにこりと笑う。
「へーきだって。みんな心配しすぎ」
明るく笑う天道。自分を慕ってくれる人に嘘をつくって、どんな気分なんだろ。後ろから天道の気持ちをぼんやり考えた。
昼休みになり、天道に声をかける。
「天道、一緒に行こう」
「カフェテラスかどっか?」
「まぁまぁ」
購買でサンドイッチを買った後に、屋上へと向かう。
「屋上? 開いてないだろ?」
「まぁまぁ」
「さっきからそればっかじゃねぇか」
ドアノブを回す。どうやら彩乃はもう来ているらしい。ドアを抜け、屋上へと出ると彩乃に声をかけた。
「彩乃? 実は」
しかし目の前に立っていたのは彩乃ではなく、咲希だった。
「へ?」
な、何で咲希がここに? 咲希も屋上の鍵を持ってるのか?
「金木くん?」
すると物陰から彩乃がニヤニヤとした表情で飛び出してくる。
「どう渉? びっくりした……でしょ……」
彩乃の視線は僕の後ろに吸い寄せられていた。
「彩乃と立花さん?」
天道が怪訝そうな声を出すすると横から人の笑い声がした。顔を向けると、日高がお腹を抱えて爆笑している。なんなんだこの状況は。すると彩乃が僕の腕を掴んで、端のフェンスまで引っ張った。
「どういうことよ?」
小声ながら、強い口調で彩乃が聞いてくる。
「僕が聞きたいよ」
「あたしは、あんたと立花さんが一緒にお昼を食べられるようにって」
「僕も、彩乃と天道が一緒にお昼を食べられるようにって」
僕たちはお互いの説明で、自分たちが同じ作戦を立てたことを理解した。しかもよりによって、同じタイミングでやってしまうとは。
「どうすんのよ。これじゃ玲と立花さんが一緒になっちゃうじゃない」
「僕だって想定外だよ」
すると笑い声が近づいてきた。
「とりあえずよ。みんなで飯食おうぜ」
ここで彩乃と言い争っていても仕方ない。僕らは一緒にご飯を食べることにした。
「実はこの五人で飯が食いたいって、俺が考えたんだ」
日高が話し始める。僕と彩乃は目を見合わせる。とりあえず話を合わせるしかない。僕らは頷きあった。
「それなら普通に誘ってくれればよかったのに」
天道が僕を見ながら聞いてくる。天道にしたらもっともな質問だ。あんな形で僕に誘われて、実はみんなで一緒にお昼が食べたかったなんてオチは納得がいかないだろう。
「サプライズにした方が面白いと思ったからっ!」
「でもどうしてこの五人なの?」
次は咲希が聞いてくる。これももっともな質問だ。
「俺が面白そうと思ったからっ!」
まさか日高のやつ、それで全部押し通すつもりか? 流石にそれは無理があるんじゃ……。
「ははっ。相変わらず日高って面白いのな」
「それじゃ仕方ないね」
嘘でしょっ⁉︎ それで通るの?
「まぁ、バカの話は置いといて、あたしも立花さんとは仲良くなりたいと思ってたのよ」
「ぼ、僕も天道と友達になりたいって……」
僕らは互いに嘘をつく。
「ありがとう」
彩乃の言葉に照れる咲希はとても可愛かった。
「ねぇ、立花さんのこと咲希って呼んでもいい?」
「ふぇ?」
「あたしのことも彩乃呼びでいいから。あたしたち友達になったわけだし」
「……わかった。あ、彩乃ちゃん、よろしくね」
「よろしく、咲希」
微笑み合う二人。これで実は内心ライバル扱いしてるんだから彩乃の演技力が怖い。
「それで一緒に飯食うのは今回だけ?」
「そんなもったいないことするわけないじゃんっ! 毎日一緒に食おうぜっ!」
「いやまぁ、いいけどさ」
「玲はあたしたちと食べるの嫌?」
「そんなわけないじゃん。俺も昨日、金木と友達になったし。なっ?」
「そ、そうだね」
隣に咲希がいると思うと緊張して、うまく喋れなかった。
「そういえば咲希って、どんな人がタイプなの?」
「ブホッ!」
「金木くん大丈夫?」
咲希がティッシュを差し出してくれる。前にもあったなこんなやり取り。
「ちょっと、渉。あたしが大事な質問してるんだから邪魔しないでよ」
「ご、ごめん」
「それで、咲希のタイプって?」
咲希を見ると、顔を真っ赤にしていた。
「わからない……」
「えー、かっこいい人がいいとか、優しい人がいいとかあるでしょ?」
「も、もちろん優しい人がいいけど……。これまであんまり考えたことなくて……」
恥ずかしそうに答える咲希は、可愛くてたまらなかった。
「もしかして咲希って、初恋もまだだったり?」
咲希はますます顔が赤くなり、俯いてしまった。だんだん彩乃が楽しそうな顔になってきている。完全にからかってるよな。
「彩乃、あんまり立花さんを」
「ガールズトークに入ってくんなし」
ガールズトークはボーイがいる前でやっちゃダメでしょ……。
「……まだ、です」
咲希は消え入りそうな声でそう答えた。知っていたとはいえ、心の中でガッツポーズを決めた。咲希って初恋もまだなんだ……。その余韻を噛み締めていると、天道に冷水をかけられた。
「立花さんってそんなに可愛いのに、初恋もまだなんて初々しいね」
イケメンスマイルで恥ずかしいセリフを言ってのける。
「へ、変かな……」
「いいと思うよ。やっぱり本当に好きな人と付き合うべきだよ」
「天道くん、ありがとう」
僕は、心の中で咲希を愛でているだけではダメだと痛感した。彩乃がせっかく、僕と咲希が一緒になれる時間をつくってくれたというのに、このままでは天道と咲希との距離がどんどん縮まってしまう。
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