第6話 僕のステータスじゃ、できることが少なすぎるんだ

 二回目以降の練習で、僕は単なる再生ボタン押し係と化した。みんなに迷惑をかけたくなく、口パクで歌ったフリをしたのだ。最初はびくびくしていたが、周りをよく見てみると、ちらほら同士がいたのがわかった。

考えてみれば当たり前のことだ。みんながみんな、歌うのが好きなわけでも得意なわけでもない。行事だから強制的に参加させられているのだ。なら僕も口パクでいいじゃないか。それにモバイルスピーカーに近い方が音も切れにくいし。

そう開き直りたかったが、みんなの前で一人歌う咲希の姿を見ると、自分がただの卑怯者であることを痛感させられる。咲希だってあの場から降りたいはずだ。それでも一生懸命歌っているのだ。練習を繰り返すほどに、僕は惨めな気持ちになった。

 一時間ほどで今日の練習は終わった。

「みんなお疲れ。本番は歌詞見れないから、出来れば自主練して覚えてくれ。次の全体練習は、来週の月曜の放課後にしてあるから予定開けといて」

 天道の言葉で解散という流れになった。モバイルスピーカーを片付けようとすると、親衛隊に阻まれた。

「私たちが片付けておくから」

 そう言って、モバイルスピーカーを持っていく。良いところもあるんだな。咲希への陰口は許さないけど。

咲希の声が聞きたかったが、今の自分には話しかける資格がないように思えて、音楽ホールからトボトボと出て行く。さっさと家に帰ろう。そう思いながら教室へと向かうと、背中に痛みと衝撃が走った。これで三度目。振り向かなくても誰だかわかる。

「痛いって、日高」

 後ろから笑い声が聞こえる。

「え? 金木ってエスパーなの?」

「お前しかいないからだよ。なんで毎回、背中叩くのさ」

「猫背なのを矯正してやってんだよ。俺の優しさがわからないかなぁ」

 ふざけたことをふざけた顔で口にする。絶対にそんなこと思ってないくせに。

「いやー、健闘むなしくって感じでしたね」

「何が」

「金木くんのリードですよ」

「嫌味?」

「怒るなって。これでも応援してるんだからさ」

「そもそもなんで応援してくれるのさ?」

「そりゃ、目の前で祭りが起きたら参加するっしょ」

 聞いた僕がバカだった。日高から視線を逸らす。

「そんな面白いもんじゃないから、ほっといてくれよ」

「練習中、天道が立花になんて言ったのか気にならないのか?」

 まさか、咲希が照れた時か? 思わず日高を見ると、日高がニヤッと笑う。

「『歌声が素敵だね。自信持っていいよ』だってさ」

 なんてキザな奴なんだ。いや僕がそういう性格にしたんだけど。僕は咲希に話しかける資格すらないっていうのに。

「天道は通常営業だろうけど、ああいう言葉で恋に落ちちゃう子とかいるよなー」

 知ってるよ。僕が一番。

「おかげで中野がむくれてたけど」

 心の中で中野に謝る。負けるためだけに生み出してごめん。

「話はそれだけ? 大変参考になりました。ありがとうございます」

「いーや、こっからが本ちゃん」

 そう言って、日高はニヤリと笑う。


 僕と日高は、近所の百均ショップに移動した。日高の言い分はこうだった。僕がもっと歌が上手くなればいい。そんな簡単に上手くなれるわけないと反論したが、日高に言わせれば、僕は伸び代の塊らしい。

「そもそも、うまく歌う以前の問題なんだよ」

 そう言って、日高はイヤホンを僕に押し付ける。

「まずは曲を聴きこめ。んで、歌詞を暗記しろ。それだけで全然変わってくるから。知らない曲をうまく歌える歌手なんていないだろ?」

「……わかった」

「金木はステータスが低いくせに、変なところで行動力があるからなー。まぁ、そこが面白いんだけど」

 僕が支払いをしていると、両手を頭の後ろで組みながら日高が喋る。ぐうの音も出なかった。もっとも行動力があったのは、まだこの世界がマンガだと思い込んでた時までだけど。

「とりあえず週末はヘビロテしろよ。んじゃな」

 それで解散となった。早速、イヤホンをケースから取り出すと、自分のスマホに差し込む。両耳からメロディが流れ込んでくる。まずは日高に言われた通りやってみよう。咲希に話しかける資格を得るためにも。

 週末は歌詞を見ながら曲を聴き続けた。次第にメロディを聴けば、歌詞が頭に浮かんでくるようになった。


 月曜になり、曲を聴きながら登校する。教室に入り、日高を探すと他の男子と談笑していた。そこに混ざるのは気が引ける。日高に話しかけるのを諦め、自分の席に着こうとすると、日高の方から僕に近づいてきた。

「金木、さっき俺のこと、熱い視線で見つめてたろ」

「見てないよ」

「ごめんな、俺は女子が好きなんだ」

「知ってるよっ!」

「え? お前に話したことないのに、それを知ってるなんてやっぱり……」

「だから違うってっ!」

 朝から疲れる……。ため息を吐くと、クスクスという笑い声がした。声の主を見ると咲希で、やってしまったと思う。しかし、咲希の反応は予想外のものだった。

「ごめん、勝手に聞いちゃって。でも面白いね。二人の会話」

 ニコニコと笑いながら僕らに話しかける咲希。えくぼを浮かべながら穏やかに笑う姿に、僕の心は強烈に掴まれる。自分が誰かに面白いと思われることがあるなんて。しかもその相手が咲希だなんて。日高が僕の背中をバシッと叩いてきたが、気にならなかった。

「あ、あの……。立花さん、この前の練習ではごめん……」

「何のこと?」

「いや、その。リード役上手くできなくて、立花さん一人に押し付ける形になっちゃって……」

「金木くんが気にすることじゃないよっ!」

「でも……」

「むしろ私は嬉しかったよ。勇気を出してくれたんだなって。私も頑張らなきゃって思えたから」

 どうして。どうして彼女はこうも温かいのだろう。泣きたくなる気持ちを懸命に抑える。

「ありがとう……。リード役はできないけど、僕も頑張るから」

「一緒に頑張ろうね」

 咲希は両手でグーを作ると、胸の前に掲げた。そして日高がまた僕の背中を叩く。

「何回叩けば気が済むんだよっ!」

 人がせっかく感動しているのにっ!

「猫背が治るまで」

 そう言ってケラケラと笑うと、日高は自分の席へ戻って行った。

 午前中の授業が終わり、昼休みになる。今日も咲希が図書委員の活動をしているか確認しなくちゃ。

 学食で味噌ラーメンを食べてから図書室へと赴いたが、今日も空振りだった。どのくらいの頻度で咲希は図書室にいるのだろうか。というか、やってること完全にストーカーだな……。今更ながら自分の行動に凹む。自分にできることを頑張りたい……。だけど。

「金木はステータスが低いくせに」

 日高のセリフがリフレインした。僕のステータスじゃ、できることが少なすぎるんだ……。


 放課後になり、また全体練習の時間になった。音楽ホールへ移動する途中、日高が僕の背中を叩く。もはや文句を言う気も失せてきた。

「なに?」

「千晃先生によるレッスンその2。今日はみんなの歌を聴け。お前は口パクでいいから」

「それって練習になるの?」

「ノンノンノン。金木は歌うことの経験値が足りなすぎる。それが自信のなさにも繋がってる。みんなの歌を聴いてみろ。勉強になるから」

「でも全体練習は今日で終わりなんだよ? 本当にそれで」

「先生の言うことを聞きなさいっ!」

 日高は鼻息を荒くしながら言い切ると、無言になってしまった。こいつ話すたびにキャラがブレすぎだろ……。誰だよこんな性格にしたの。

 僕だよ……。

 音楽ホールに着くと、モバイルスピーカーを取り出し、ペアリングする。天道は、僕が準備できたのを見ると、みんなに呼びかける。

「今日もよろしく。歌詞は見てもいいけど、なるべく見ないように意識してみてくれ。それじゃ、金木頼む」

 天道の合図で再生ボタンを押す。日高の言葉に従い、口パクをしながらみんなの歌声を聴くことで発見があった。歌詞がうろ覚えな人ほど自信がなく、声が出ていない。逆に中野なんかは堂々と歌っていて上手いと感じさせられる。

 だけど、どうすればこの中で上手く歌えるのだろうか。僕はまだメロディと歌詞を覚えただけに過ぎない。考え込んでいると、うっかり口パクするのを忘れてしまっていた。視線を感じて斜め横を見ると、松井がこちらを見ているのに気づいた。

 マズイ。何だか嫌な予感がする。

曲が終わると、松井が天道に告げ口をした。

「玲くーん。金木が真面目に歌ってなかったわー」

 その言葉に堀口と伊藤が乗っかる。

「自分から委員やりたいってゴネたくせに?」

「えー、信じらんなーい」

 媚びた声に苛立ちが止まらなかったが、非難されても仕方がなかった。僕は沈黙する。

「ちょっ!」

「金木っ!」

 日高が声をあげるが、天道の声に遮られてしまう。天道は困ったように笑うと、僕に向かって話しかけてきた。

「金木、別に上手く歌おうなんて思わなくていいから一緒に歌おうっ!」

 そしてそのまま周囲を見渡す。

「みんなもだ。行事だからイヤイヤ参加してる人もいると思う。でもこのクラスの思い出になると思うんだ。だから」

「だから歌おう?」

 天道の言葉に続いたのは、意外なことに咲希だった。

「もちろんじゃんっ!」

 中野が賛同する。

「お前、口パクだったろ?」

「バカっ! 言うなって。これから真面目にやるからよ」

「そうだよね。これも思い出だよね」

「うんうん」

 天道の言葉をきっかけにクラスが結束していく。

「玲くん素敵ー」

 けれど、僕はその輪に入ることはできなかった。今朝、咲希に僕も頑張るからって言ったのに。咲希はきっと幻滅したはずだ。嫌われたかもしれない。そう思うと、この場から逃げ出したかった。

でもこれ以上、幻滅されたくない。僕は必死に涙がこぼれそうになるのをこらえた。

 練習が終わり、解散となった。すっかり気落ちしていたが、モバイルスピーカーを片付けようとコンセントに近づく。しかし、いつの間にか、モバイルスピーカーは片付けられていた。

 何が委員のサポート役だ。天道との差に身が切られるような思いだった。あいつは凄い。いつだってクラスの中心で、みんなの心を変えていく。おとなしい咲希すら、天道の影響を受けていた。それに比べて僕はなんだ。図書室に通って咲希をストーキングすることしかできない。

 この世界に来ても僕は僕のままなんだ。ステータスが低い金木渉のままだ。こんな僕なんかが咲希と付き合おうなんて、夢物語もいいところだったんだ。

 みんなと一緒にクラスに戻りたくなくて、人気のない場所で時間を潰してから教室へと戻った。カバンを手に取ると帰路につく。何も考えたくなかったが、嫌でも今日の出来事が頭をよぎる。惨めさで顔が歪む。

 もう咲希のことは諦めよう。これ以上足掻いたって、自分が傷つくだけなんだ。

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