第30話 魔物の気配

 門を離れ、街に入る列に並ぶ荷馬車や人々を横目に街道を進む。


 西に真っ直ぐ伸びる街道付近は、木々が切り開かれ、見通しは良い。

 でも、その少し奥では、南北両側に深い森林地帯が広がっていた。


「あれが、魔の大樹海……」


 生い茂る木々は空から降り注ぐ陽光の一切を遮り、森の中は夜と錯覚してしまう程に薄暗い。

 人の生活圏とはまるで違う不気味さが漂い、遠目に見ても何かが潜んでいると感じさせる雰囲気が、その森にはあった。


 森の様子は不気味ではあるけど、私としては少しワクワクもしている。

 直ぐにでも魔物が現れて戦闘が始まるかも、と胸が高鳴り、期待が膨らむ。


「それで、ルークスの旦那。この後の方針なんですが、何か希望はありますかい?」


「え? 希望ですか?」


「何か狩りたい魔物でも居るんじゃないんですかい?」


「いえ、明確にコレと言った物は……この辺を散策して、魔物がいたら狩れればいいなってくらいで」


 あの森を見ると魔物が出てきてもおかしくない感じもするんだけど……

 きょろきょろと見回してみても、まだそれらしき物は見つからない。


 神様からは、とくに魔物の種類とかは聞かされてないし。

 それらしき物を早めに発見できれば、どうするかも決められるんだけど……


 まだ街から数百mくらいしか離れてないし、もっと先か、森の方にでも行かないと出ないのかな?


「そうですか。ところで旦那は魔物と戦った経験は――ん? どうしたバラッド?」


 ジェロウムさんと話しながら歩いていると、少し前を歩いていたバラッドさんが急に立ち止まり周囲を見渡し始めた。

 それに釣られ、私達も足を止める。


「……なにか、森の気配が妙だ」


「なに? たしかに……。全員、全周囲警戒だ!」


 ジェロウムさんも周囲を見渡すと、少し表情を真剣な物へと変えて、近くに居たメンバー全員に指示を飛ばす。


 私としては、いきなり気配と言われても、皆目見当もつかない。

 漫画やアニメの台詞では聞く事はあっても、さっぱり分からない感覚だ……


「バラッドさん、その気配って、一体どういった感覚なんです?」


「気配ですか? 気配は、なんと言えばいいか……その場を総合的に感じ取った物と言いますか。音、匂い、目に映る物、空気の流れや地面の振動、大気のマナ、そういった物を全体的にとらえて、そこに何があるかを把握するというか、そんな感じです」


「なるほど……それで、何が妙なんです?」


「先ず、音です。耳を澄ましてみてください。ここら一帯と森全体が静かすぎます」


 そう言われ、周囲の音に耳を澄ませる。


 ……たしかに、周辺が静かすぎる気がする。


「普通なら、虫や鳥の声が多少はするものです。でも、今はそれが一切ない。危険な動物や魔物が付近に居ると、そういった小さな生き物は鳴りを潜めて静かになるものなんですが。それが森全体ともなると、予想されるのは魔物の群れか、中型以上の魔物が居る場合です」


 という事は、神様が言っていた魔物の群れが、既に近くに居る……?


「それで、数が多いか、体が大きければ、それだけ他の気配の事も分かりやすい物なんですが……音以外の物が見つからないのが妙でして」


 バラッドさんは、そう説明しながらも、忙しなく周囲を観察し続け、ジェロウムさん達も同様に周辺をくまなく見渡している。

 私もそれに倣い、魔力感知の視覚を広げて周辺を注視してみる。


 木々や茂みの裏なんかに、いくらでも隠れられそうな所がある様に思うけど……


 うーん……変な物は特に見つからない。

 

 それに、アウトドアに関して完全素人の私からすれば、何が変で何が普通なのかの判断もさっぱりだ。


「(ベディは何か分かる?)」


「(周囲のマナには、薄っすらとだが魔物の持つ獰猛な意思を感じる。だが姿が確認できない。こういった状況は擬態系の魔物が潜んでいる場合が多い。注意しろ)」


 擬態系の魔物?


 そこら辺の木々にでも化けてるのかしら?

 それなら、透視でもすれば見つかりそうな物だけど……


 周囲の木々は、内も外も、至って普通の木に見える、

 遠くまで透視してみても、見えるのは、森の木々に遮られて暗い影に染まった風景ばかりだし……


 ……影?


 魔力感知の視覚で、影が見えてる……?


 近くの茂み下の影を、もう一度、よく観察してみる。


 魔力感知の視覚であれば、明暗なんて関係なく、地面や、そこに生える草とかが見えるはずだ。


 なのに、黒い遮光カーテンで遮られているかの様に、それらが見えない。


 肉眼でも同様だ。


「すみません、バラッドさん。あそこの茂みの影なんですけど、何か変じゃありませんか?」


「茂みの影……? あれは……シャドウイーターか?」


「シャドウイーター?」


「シャドウイーターは、影に擬態する魔物です」


「強いんですか?」


「魔物としては、そこまで強くは……影に擬態している状態を叩けば簡単に倒せる魔物ですから。状況によっては少々厄介……――」


 話を続けながらも、バラッドさんは状況を確認するため、きょろきょろと周囲を見渡し、その表情が段々と曇り出す。


「――まずいぞ……ジェロウム! ここら周辺の影のほとんどがシャドウイーターだ!!」


「なに!? おい! 全員、木や茂みの影に近寄るな!!」


「くッ! なんだこいつ!? このッ!」


 ジェロウムさんが、咄嗟にメンバーの人達に指示を出したが、一足遅かった。


 後方にいた一人が、茂みの影から伸びて来た真っ黒い触手の様な物に足を絡み取られ、驚きの声を上げる。


 幸い彼は、直ぐさま手に持っていた武器で絡みついた触手を薙ぎ払い、その場を飛びのいたので無事なようだ。

 だけど、それに呼応するように他の茂みや木々の影からシャドウイーターらしき物が出て来て、一斉に活動を始めてしまった。


 おぉ!

 これが魔物か!


「おいおいおい、これは、ちょっとばかし面倒な状況だな……バラッド、お前はこの事を、急ぎ東門の兵士に伝えてくれ。ついでに、途中でハシーム達を見かけたら急いで合流する様にもだ」


「了解だ」


 ジェロウムさんから指示を受けたバラッドさんは、即座に走り始め、東門の方へと向かっていった。


 その間にも、街道を挟んで両脇のあちらこちらから、黒い影のような物が盛り上がり、妙な動物や不定形な物に形を変え、私達の方へを向かって来る。


「ルークスの旦那も、依頼は未達でかまわんから、囲まれる前に街の方に戻った方が良い」


「ジェロウムさん達はどうするんです?」


「俺たちはシャドウイーターを出来る限り駆除します。それに街道の商隊連中の退避と誘導もしなけりゃなりません」


「じゃあ、少しでも人手が必要ですよね!」


「ですが……旦那の護衛に割ける余裕が有るかは保証できませんが……」


「それは承知しています。手に負えない魔物が出てきた時は下がりますから、それまでは手伝わせてください」


 第一、こんな美味しいシチュエーションを逃すわけないじゃないの!

 臨戦態勢を取るシャドウイーターの群れを見て、私も自分で作り上げた、この機体を暴れさせたくてウズウズしているっていうのに。


 ああ、早く突撃したい……!

 

「……わかりました。無茶はしないでくださいよ? 危険だと判断したら、下がるように指示を出しますから、それを聞き逃さない様に注意を」


「わかりました! それじゃ、ルークス! 行くわよォ!」


 私は、ルークスの足に力を籠め、地面をえぐりながら一気に前へと出た。


「は……? え!? ちょッ! 旦那ぁ!?」


「ティアル!? なにをしている!?」


 ジェロウムさんとベディから発せられる声を聞きながら、私は盾から剣を引き抜き、一番近くにいたシャドウイーターに叩きつける。


 剣の直撃をもろに喰らったシャドウイーターは、まるで墨汁を撒き散らしたかの様に飛び散り、そのまま四散した。


「よーし! 次い!!」

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