第31話 笑い声
1匹目のシャドウイーターを屠ると、直ぐ左手側の茂みから影絵の様な動物が現れる。
私は、そいつ目掛けて一歩踏み込み、盾で思いっきり殴打した。
すると、水風船が破裂するような音と手応えを残し、シャドウイーターが弾け飛んだ。
手応えみたいな物は少し弱いけど、死体みたいな物が残らないのは邪魔にならなくて助かるかな?
あと、踏み込んだ足が地面へと埋まり、少し身動きがしにくい。
お城の訓練場で走ってた時にも感じてたけど、ここはさらに地面が柔らかく、まるで水を張った田んぼの中でも歩いてるような感じだ。
やはり、機体が重いと機動性に難がでるわね……
でも、悪い事ばかりではない。
こちらが重過ぎる所為か、シャドウイーター側が軽すぎるからか。
質量差が有り過ぎて、向こうが何をしてきても、ビクともしない堅牢さを強く実感する。
「ま、向こうからすれば金属と岩の塊にぶつかりに来ている様な物だもの。当たり前よね。さあ! どんどん行くわよ!」
「ティアル。あまり皆から離れすぎるな。魔力の強い君は、彼らから離れると魔物を引き寄せてしまうぞ」
「わかってる! わかってるって!」
獲物は選り取り見取り。
こっちから行かなくても、向こうから来てくれる。
私は次々と殺到するシャドウイーターに目掛けて、剣を振るい、盾を叩きつけ、ルークスを一歩一歩前進させた。
「なんだありゃ……シャドウイーター共が近寄るたびに弾け飛んでやがる」
「数体に絡みつかれてるのに、そのまま暴れまわってるぞ……」
「戦い方は出鱈目なのに、どうなってんだ……?」
「ほら! もっと来なさい! もっとよ! ほら! もっと! もっと! あはは、アハハ!」
獣に擬態したシャドウイーターが振るう爪や牙が立てる硬質な擦過音。
脚部に絡みついてくる無数の黒い触手を、強引に歩きながら引き千切る感触。
剣や盾を振るうたびに、シャドウイーターが弾け飛ぶ鈍い衝撃。
装甲と操縦シートを通して伝わってくる、その心地よい音色に、私は心から歓喜に震え陶酔した。
「あはッ! キャハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
私の喉から勝手に笑い声がでて、狭いコクピット内に響いている。
私がリアルで求めていた物が、今ここにある。
楽しすぎて、どうにかなりそうだ。
左側から数体のシャドウイーターが迫り。
私はそれに向かって盾を構え、突進を掛けて突っ込み、3体のシャドウイーターを弾き飛ばす。
今度は右手側から、狼の様な姿を模ったシャドウイーターが2体襲い掛かってきた。
剣を横薙ぎにし、2体諸共に斬り払うと、私は次の目標を探してルークスを走らせた。
「アハハハハッ! そこォ!!」
「ティアル! 落ち着け! このままだと囲まれるぞ!」
囲まれる……?
本当だ。
数十体くらいのシャドウイーターが、円を描く様に私に向かって包囲網を狭めてきている。
「……じゃあ、どこを攻撃してもいいって事よね!」
私はわざとルークスの足を止めて、取り囲んてきたシャドウイーターの群れを剣で叩き潰し、盾で叩き潰し、絡みついてきた触手を逆に引き寄せ叩き潰し、脚部に取りついたシャドウイーターを別のシャドウイーターに向けて蹴りつけて叩き潰し、胴体に組み付いてきたシャドウイーターを締め上げて潰して霧散させる。
「さあ! どんどん来なさいよぉ! もっと! もっと! アハハ! あはあ、あは、はぁはぁ……」
「ティアル! 息を切らせているぞ! それに彼らとも離れすぎている! 一旦、引くんだ!」
息が……?
ベディに言われて気が付いたけど、たしかに、少し息が苦しい?
それに、ちょっと興奮しすぎてたかも。
落ち着いて辺りを見回してみると、周囲のシャドウイーターの数も疎らになっていて。
いつの間にか、ジェロウムさん達と随分と離れた位置にまで来てしまっていた。
「あは、はは。はぁ、ふぅ……そうね、少し休憩しましょ」
えーっと、ジェロウムさん達は……?
街道を通り抜ける馬車達を守る様に、道際に防衛ラインを引く様に戦ってるわね。
あそこまで一旦戻ろう。
「よかった……戻って来てくれたんですね旦那」
ジェロウムさんは私が戻ってくると、ほっとした様子で声をかけて来た。
「すみません。つい、楽しくなっちゃって」
「楽しく……ですか。そりゃあ、良かったですが、こっちは見ていて冷や冷やしましたよ。とりあえず、旦那が南側の敵を引き寄せてくれてたんで、付近の街道に居た商隊のほとんどは東門近くまで避難できました」
「なんか、人の数も増えてますね」
「ええ、商隊の護衛をしていた他の冒険者も手伝ってくれてますから。あと、ハシーム達とも合流できたんで、これから広範囲の魔法で数を減らしながら、森から出てくるシャドウイーター共を抑え込み、騎士団の到着を待つ予定です」
街道付近に潜んでいたのは、あらかた片付いたから、ここからは遠距離戦に移行する感じか。
既に北側に面した方では魔法を撃ち始め、撃ち漏らした敵を弓矢などで迎撃していた。
「それにしても、こんな街に近い所にまで、魔物の群れって出るんですね」
「普段はこんな事、滅多にありませんよ。それに、シャドウイーターが、ここまで群れているのを見るのは俺達も初めてです。普段は単独か、多くても2~3匹でしか活動しない魔物ですからねぇ」
「そうなんですか?」
「ええ。夕暮れ辺りから活発になって、暗闇に紛れて少数で人を襲う魔物なんですが、今回は日のある内に気が付けて助かりました。夕暮れに以降だったら、街道の商隊だけでなく、街にも被害が出てたかもしれません」
たしかに、あの真っ黒な影みたいな姿だと、夜に相手するのは難儀しそうね。
「それで、ルークスの旦那も魔法での攻撃に参加しますかい? ここからは、あまり前に出られると困るんで、魔法も出来るんでしたら、そうしてもらいたいんですが」
「んー……それじゃ、そうします」
「じゃあ、お願いします。バラッドも戻ってきたんで、旦那の近くに置いておきます。何か、判断に迷ったら頼ってください」
「わかりました」
そう言うと、ジェロウムさんは他の人達の所へと行き、入れ違いにバラッドさんがやってきた。
「作戦は聞いてると思いますが、我々は南側をやりましょう」
「了解です。適当に撃っちゃっていいんですか?」
「ええ、森から出てくるのを狙えるなら狙ってください」
「わかりました」
森の方に魔力感知視覚を集中すると、まだまだ多くのシャドウイーターが潜んでいるのが見える。
私は、それらに向かって、石弾を生成して撃ち放ち始めた。
「ルークス殿は、魔法の射撃も得意なのですね」
「そうですか?」
しばらく、黙々と森から出てくるシャドウイーターを撃っていると、バラッドさんが私の石弾魔法を見て褒めてくれる。
「森まで4~50mはあるのに石弾を正確に当ててますし、物陰へも誘導させて当ててますよね? 技量的にはBランクの冒険者よりも上に見えますよ」
「そんな、おだてないでください」
なんか、べた褒めされている。
そう言うバラッドさんも、弓矢を使って森の中にいるシャドウイーターを、どんどん狙撃しているし、私と似た様な事もやっている。
私の場合は、魔力感知で地形や座標みたいな物を知覚しているので、石弾の通り道さえあれば当てる事は容易いのだけど。
バラッドさんは、それを目視でやっているのだから驚きだ。
とは言ったものの、魔法での攻撃って、苦手でもないけど好きでも無いのよねぇ……
なんか、手応えみたいな物が薄いというか。
もっと、こう、撃つ際の反動が感じられれば気持ち良いんだけど。
その内、射撃に関する武器も用意したいわね。
せっかくだし、射撃武器を作るにしても、色々と試しておきたい事もあるし――
「――ん? 石弾が防がれた?」
考え事をしながら石弾を撃っていた所為か、森の奥に潜むシャドウイーターの1匹に魔法を弾かれてしまった。
魔法の収束が甘かったかな?
もう一度、集中して、石弾に少し強めに魔力と速度を乗せて撃ち出す。
「また防がれた……?」
あのシャドウイーターは何……?
私は撃つ手を止めて、石弾を防いだシャドウイーターを注視した。
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