第29話 東門

「とりあえず、こちら前金です」


 早速、買ったばかりのポーチから大金貨10枚をとりだし、彼に渡す。


「おう、10枚たしかに。アリーシアちゃん、これギルドの分」


「はい、たしかに」


「じゃあ、ちょっくら仲間を集めてくるわ」


 私から前金を受け取ったジェロウムさんは、受付に大金貨を1枚だけ渡すと、さっそく酒場の方へと戻り、仲間の人達に声を掛けに行った。


「よーし、お前ら! シャキッとしろォ! 仕事だァ!」


「はぁ!? マジかよリーダー!?」

「さっき街に着いたばっかじゃねえか!?」

「ふざけんなァ!!」


「文句言うな! たった2~3時間、森のお散歩をするだけで大金貨45枚の仕事だ! 日暮れには帰って来れるし、終わり次第、全員に大金貨2枚のボーナスがあるぞ!!」


「うっひょー! マジかよ、その話!?」

「最高だぜリーダー!!」

「やったぜ!!」


 受付のアリーシアさんに残りの依頼料を払っていると、後ろの方から奇麗な手のひら返しの声が聞こえて来る。


 いっそ、清々しいわ。


「はい。たしかに大金貨40枚お預かりいたしました。こちらは依頼の達成伝票になります。依頼が無事に達成されましたら、そこにサインをして、ジェロウムさんに渡してください」


「わかりました。あと、お手洗いって何処です?」


「お手洗いは、そこの通路の先の左側にございます」


「どうも」


 達成伝票とやらを受け取り、私も準備をするため、ちょっと一人に慣れる場所へと急ぐ。


 森へと行くのはいいけど、ゴーレムに武装が無い事に気が付いたためだ。


「ここね」


「そっちは婦女子側だが、いいのか?」


「おっと、この格好でこっちに入るのはマズイか……」


 ベディに言われて気が付き、あわてて男性側の方へと入る。


 格好は大柄な男性の鎧姿とはいえ、異性側のトイレに入るのって、なんか変な気分ね。

 本当にお花摘みをするわけではないからいいけど、男子トイレって個室はあるわよね?


「……よかった。誰も居ないみたい」


 個室もあるし、冒険者の人達の中には大柄な人も多いためか、比較的広く作られているのも助かる。


 さっそく私は、一番奥の個室に入り扉を閉めた。


「急いでいるし、とりあえずシンプルに剣と盾でいいかな?」


 コクピットを開けて、左の腕部を目の前に持ってきて、そこに盾と取り付けためのアタッチメントと握り手を作る。


 盾の内側に剣を収納できる形にして、盾は左腕にガッチリと固定させておこう。


 剣は……上手く扱えるか不安だし、切れ味とかは二の次で、頑丈さと重さだけを重視した物にしてっと……


「よし! これでいいわね」


 武装を作り終えてホールに戻ると、十人程の集まりがジェロウムさんを中心に集まっていた。


 全員、先程のまでの酔っ払ってた時とは雰囲気が一変して、何某かの武器や防具を身に纏い、準備も万端な様子だ。


「おっと、ルークスの旦那が戻ってきたな……」


「ジェロウム、たしかに報酬は美味いが、あんな素顔も見せないやつの依頼、本当に受けるのか?」


「それは、こっちも見ない様にしてんだよ。素性まで知って変な事に巻き込まれるのも勘弁だからな。厄介事になっても大丈夫な条件は出したし、前金だけでも十分だ。その点は抜かり無いから安心しろ」


「ならいいが……」


「ハシーム、お前は上の奴らを連れて後から来い。一応、尾行とか、その辺の警戒もしてくれ」


「了解だ」


 何か作戦会議みたいな事をしていたけど、それを終えると、私とすれ違いで褐色の男性がホールにある階段から二階へと上って行った。


「おう、ルークスの旦那、こっちに来てくれ。ん……? 旦那、武器なんか持ってたのかい?」


「ええ、上手く扱えるかは分かりませんけど」


 ジェロームさんも、金属製の胸当てを身に着け、腰のベルトには長剣らしき物と、背には盾を背負っている。

 後ろにいる人達の装備も様々で、私と似た様な全身鎧を着ている人や、いかにも魔法使いといった風体の女性なんかも居た。


「そうですかい。とりあえず紹介します。こいつらが、うちのクランメンバーです。まぁ、名前に関しては、俺と、このバラッドだけでも覚えておいてください。主に、俺とバラッドが旦那の傍に付いて回り、他の者は付かず離れずの距離で周りを警戒させますんで」


「バラッドです。よろしく」


 バラッドと名乗った黒髪の男性が一歩前に出て挨拶してきた。


 見た感じ、皮鎧で身を包んで、数本のナイフを体の各所に括り付け、背に弓と矢筒を背負っている。

 身軽に素早く動ける格好だし、斥候とか、そういうタイプの人だろうか?


「よろしくお願いしますバラッドさん、ジェロウムさん。さっき、すれ違いで上に誰か行きましたけど、これで全員ではないんですか?」


 人数的には、ジェロウムさんとバラッドさんを入れて十人程だけど、他にもメンバーが居るのだろうか?


「うちは全員で17人ほどのクランです。二階で普通に休んでる奴らも居ますから。そいつらは後から来ますよ」


「ギルドの二階って、何があるんです?」


 なんか、ギルドの二階の作りって変な風になってるのよね。


 小部屋みたいな物が沢山あるというか、休憩室みたいな物しかなかったというか。

 仕事場と言うより、まるで宿泊施設みたいな感じに見える。


「あー、ここのギルドの二階は、無料で一泊だけ出来る宿屋になってるんですよ」


「無料で? ギルドが宿屋や酒場も経営してるんですか?」


 やっぱり宿泊施設だったのか。


 あるのかどうかは分からないけど、風営法みたいなものや、他から文句が出たりしないのかしらね?


「一泊だけしか出来ないんで、1日泊まったら他の宿屋に追い出されますがね。まあ、こんな作りになってるのは、この王都のギルドだけですが」


「王都だけ? 何か理由が?」


「この王都だと、俺ら冒険者の仕事の9割は商隊などの護衛の仕事が主ですから。他の都市からやっとの事で到着したはいいけど、宿が取れないって事態を無くすためです」


「冒険者の様な者達は、宿が取れないなら街壁の外で野営をすればいいと考える者が多いので。他所の都市ならそれも良いかもしれませんが、この王都でそれをやると、未熟な者達は命に係わります」


 ジェロウムさんとバラッドさんが懇切丁寧に説明してくれたけど、この王都の外は魔境か何かなんだろうか?


「とりあえず、東門に行きましょうや。今ならまだ混雑する時間じゃないんで、すんなり通れるはずですよ」


「そうなんですか、わかりました」


 ジェロウムさんに促され、とりあえず冒険者ギルドから出て東門へと向かう事となった。



 冒険者ギルドと東門は目と鼻の先なので、直ぐさま東門前の広場へと到着した。


 混雑する時間には早いと言ってたけど、馬車や人々が縦横無尽に行き交い、この時点で既に進むのが大変な感じだ。


「これで、まだ混雑する時間じゃないって……」


「あと1~2時間もすると、日暮れ前に街に入ろうと急ぐ者達が街道から押し寄せますから、もっと混みますよ」


 と、ジェロウムさんが教えてくれる。


 今でも、そこそこ混雑しているけど、夕方ともなると、都心の帰宅ラッシュみたいな感じになっちゃうのか。


「日が暮れると街に入れなくなったりするんですか?」


「いえ、人や騎乗獣までなら脇の小門を使えば入れはするんですがねぇ。大門の扉は閉じるんで、荷車が問題になるんですよ。なもんで、商人連中は大慌ってな事でして」


「なるほど……」


 そう言われ、東門の向こう側を見てみると、既に街へ入る為の荷馬車が渋滞気味な様子が見えた。

 

 あれを魔物の群れが襲うのだとしたら、たしかに結構な被害が出ちゃうかも……


 そんな事を考えながら人や馬車を避けながら進んでいると、東門の前まで到着した。


 一応、交通ルールみたいな物はあるみたいで、門の中の左側が街へ入る人達が通る側で、右側が街の外へ出る者が通る決まりらしい。

 そして、門の内と外に、出入りする人達をチェックする兵士さん達が所々に立っていて、行き交う人や荷車の中身などを調べていた。


 その様子を見て、ふと思った。


 もしかして……

 門の出入りって、パスポートみたいな物のチェックが必要だったりする……?


 外から来る人達が、身分証みたいな物を出しているのが見えて、初めて、その事に気が付く。


 いや、入ってくる人はチェックを受けてるけど、門から出て行く人達は、ほぼノーチェックみたいだ。


「おや? ハシジェーロのとこの……あんたら、少し前に到着したばかりだろ? もう出発するのか?」


「いえいえ、少しだけ狩りの護衛依頼で外に行くだけですよ」


「今からか? まあ、あんたらなら大丈夫だろうが、あと2時間もしたら大門は閉まるから気を付けろよ?」


「ええ、分かってます。ご心配どーも」


 と、こんな感じで、誰を引き留めるでも無く、簡単に門の外へ出られてしまった。


「出る時は、ほぼノーチェックなんですね」


「ん? ああ、ここは特殊ですからねぇ。街の中で大捕り物みたいな事件か、大きな荷物でも無ければ、身元とかを調べられるのは入る時くらいなもんです」


「特殊?」


「おや?知らないんですかい? この王都は関税も無し、ほぼ街中も無税。身元が確かか、荷物に変な物でも無ければ、誰でも自由に出入りできるってんで有名なんですがね」


 そんなんで、国として大丈夫なんだろうか?


「ま、代わりに、ここに来るまでが大変ってオチがあるんですが。西側の森ほどじゃないにしろ、こっち側の街道でも魔物が多いんで、道中で必ず魔物に襲われますからねぇ」


「来るだけでも一苦労というわけですか」


「その通り。おかげで、俺らみたいな冒険者には、商隊の護衛依頼がひっきりなしに舞い込んでくるんで助かってますが」


 ふーん……

 なんか、この王都って、役割的にも社会システム的にも色々と常識外れな所が多いみたいね。


 とりあえず、身元チェックとかの事は帰る時か、お城から追手が来た時にでも考えれば良いか。

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