第23話 教会
分厚い城壁に挟まれた城門をくぐると、視界が開け、ようやく街の様子が見えて来た。
街と城壁の間には奇麗な水を湛えた深い堀があり、それを渡る様に跳ね橋が掛かっている。
その先には、片側二車線の道路よりも広いメイン通りが真っ直ぐに伸び、そこを大勢の人々と馬車が行き交い。
それらを挟む様に、様々な建物が両サイドに立ち並び、雑多ながらも整然とした雰囲気を感じた。
「はえー……なかなかに壮観ねぇ」
「おい、お前、その格好で街に行くのか?」
「え?」
街の景色に見とれて少し立ち止まっていたら、突然、門番らしき人に声を掛けられてしまった。
「あ、えっと。不味いですかね?」
「武器を携行してなければかまわんが、そんな目立つ格好で酒場とか、あまり変な所へは行くなよ? お前らが何かして最初に苦情を聞く事になるのは俺達なんだからな」
「ああ、はい。買い物に行くだけなんで、その辺は大丈夫だと思います」
ちょっとヒヤッとしたけど 咄嗟にベディが声を変えてくれたので事なきを得た。
ついでだから、不明なままだった塗料を売ってる所でも聞いておこう。
「ちなみに、絵具とか塗料みたいな物を売っている店って分かります?」
「絵具……? いや、すまんが分からん。俺等に聞くより、通りにある商店で聞いた方が分かるんじゃないか?」
うーん、やっぱり知らない感じか。
「そうですね、そうしてみます。ありがとうございました。それじゃ」
「暗くなる前には帰って来いよー」
「はーい」
お礼を言って別れると、門番さんは軽く手を振り見送ってくれた。
跳ね橋を渡り、大通りへと足を踏み入れる。
すると、一気に空気が変わった感じがした。
城壁の中は、草花も多く人通りもまばらだったので、少し牧歌的な雰囲気が漂っていたけど。
街の空気は、音も匂いも景色も、そのどれもが違う。
通りを行き交う人々の雑踏はランダムノイズなBGMを奏で、屋台やレストランから漂ってくる料理の臭いは空腹を刺激し落ち着きを無くさせる。
立ち並ぶ店々はショーウィンドウに目立つ様に商品を並べて購買意欲を掻き立て、それに目を奪われた人は立ち止まり品物を眺めている。
なんだか、この感じ、久しぶりね。
東京とか都市部の繁華街とは景色が全然違うけど、漂ってくる雰囲気は似た物を感じた。
「この空気に飲まれると、いつの間にか時間を無駄にしてる事が多いのよねぇ……アキバとか」
「ふむ? それで、どうするのだ? 城門は出てしまったし、既にミア殿が探しに向かって来ているかもしれんぞ?」
「そうね、急がなきゃ。とりあえず、場所が分かってる教会に行きましょ。それで、教会のある方ってどっち?」
「もう見えている。前方の右側、巨大な木を象ったレリーフが飾ってある建物がそうだ」
ベディの言った方角を見てみると、確かにそれらしき建物があった。
ちょっと、イメージしてた教会とは違った雰囲気の建物ね……
外見は広く大きい石造りの3階建ての建物で、宗教系を思わせる装飾などは一切なく、どちらかと言うと、市役所や学校などを連想させる作りをしている。
「……本当にここなの?」
「そのはずだが……どうやらここは学校としての役割もある教会らしいな」
まんま学校じゃん……
近くに行き、建物を囲っている柵と垣根越しに見上げてみると、窓から子供の姿がちらほら見えるし、子供達が集団で居る時特有の騒ぎ声みたいな物も聞こえる。
「えーっと……ここって部外者が入って良いのかしら?」
「大丈夫ではないか? 一応は礼拝堂もあると、周囲のマナ情報にはある」
ほんとぉ……?
日本だったら、こんな大柄の鎧姿の人物が敷地内に入った時点で即通報されそうなもんだけど……
ベディに別の所を探してもらった方がいいかな……?
「うーん……」
「どうかなさいましたか?」
建物を見上げて思案していたら、垣根の向こうで花壇の手入れをしていた初老の男性に声を掛けられてしまった。
「え? あー……ちょっと、こちらの教会というか、礼拝堂に用事がありまして。ここって教会で合ってます?」
「ええ、間違いございません。よろしければ、私が案内いたしましょうか?」
白髪で濃緑のローブに身を包んだ男性は、作業の手を休めて立ち上がると、案内すると申し出てくれた。
「えっと、それじゃあ、お願いします」
「はい。では、こちら側へどうぞ」
そう言うと、彼は私を柵の向こう側へと招き入れた。
どうやら、礼拝堂は校舎の中ではなく脇の方に併設されていて、少し奥まった所にあるらしい。
物腰の柔らかい用務員さんらしき男性は、そこへの道を丁寧に先導してくれた。
校舎を迂回する道中では、時折、窓の向こうから子供達がこっちを見て手を振ってきて。
こっちも振り返すと、また全力でブンブンと振り返してくる様子が可愛らしかった。
ふふん、どうだ子供達よ。
私の作ったロボは格好よかろう?
世界は違えど、子供の純真無垢な心は、やはり強くてカッコイイ物に惹かれるらしい。
「子供達も、あなたが来て喜んでいる様ですね」
「騒がせに来てしまったみたいで、すみません。教会だとは聞いていたのですが、まさか学校の敷地内にあるとは」
「いえいえ。王都の中には教会がいくつかありますが、こちらは子供達に遠慮してか、一般の方が礼拝に訪れる事が少ないですから。久々の信徒の訪問に神もおよろこびでしょう」
「それなら良かったです」
やっぱ、教会はここだけじゃないのか。
「それで、礼拝堂にご用向きがおありという事は、祈願か懺悔ですか?」
「そんなところです」
神様にクレームを入れに行こうと思ってます、なんて言えない。
「そういえば、まだ名前を伺っておりませんでしたね。私は、この王都の神殿長を務めるドゥマルテと申します」
は……?
神殿長!?
それって、お偉いさんじゃないの!?
なんで、こんな所で草弄りとか人の案内なんかしちゃってるのよ!?
「俺、あー、いや、私はルークスと言い、あ、違う、申します。近衛騎士の見習いです」
偽名なんかも考えていなかったから、いきなりの事でテンパってしまった。
咄嗟にルークスと、騎士風の外見をしたロボット作品の機体名で答えちゃった……
「はは、そんなに、かしこまらずとも構いませんよ。それにしても、近衛の見習いの方でしたか。通りで、その様な格好をしていらっしゃるわけだ」
「あー……やはり、こんな姿で来たのは不味かったですか?」
「いえいえ、その様な事はございません。神殿の騎士団にも、見習いの内は、ルークス殿と同じ様に1日を鎧姿で生活させる訓練もございます」
今まで話した人とか街中の人達が、そんなに不審がらずにいたのは、その訓練だと思われてた所為なの?
人によっては、若干生暖かい目で見てきた気がしてたけど。
新卒の新入社員が行う慣例行事みたいな物に思われていたからだったのか……
「神殿の騎士団も大変なんですね……あの、少し伺ってもいいですか? ドゥマルテさんは神殿長なんですよね? なぜ、こんな所に?」
「普段は孤児院のある教会に居を構えていますので、そこの子供達を朝こちらへ送り届けて、彼らの授業が終わるのを待っている間は、先程の様な事をさせていただいております」
この人、肩書はあれだけど、暇なんだろうか?
「神殿長という事は、教会とは別に神殿があるんですよね? そちらに居なくても大丈夫なのですか?」
「神殿は、主のご神体をお預かりしている場所ではありますが。あちらは、言ってしまえば、我々聖職者達の集会所の様な所です。神殿での毎日の礼拝は欠かしておりませんが、私は、人々の助けとなり、教え導く事を志とした教会の働きを手助けしたく思い、この様な事をしてます。まあ、たまに神殿の者達からは怒られますが」
やっぱ怒られるんだ。
そりゃそうよね。
「神殿と教会は、目的が違うんですね。勉強になります」
「我々からすれば役割が違う場所ですが、信者以外の方からすれば、どちらも同じ様な物かもしれませんね。さあ、着きましたよ。こちらが礼拝堂です」
ちょうど話に区切りがつくと、今度は宗教らしい厳かな装飾の施された、ちゃんとした建物が目の前にあった。
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