第24話 魂の選択
ドゥマルテさんが礼拝堂の扉を開けると、中から静謐な空気が漂い、その空気と同様の空間が姿を現す。
「さあ、どうぞ、お入りくださいルークス殿。私は邪魔にならぬよう、外で雑務をしておりますので、御用が済みましたらお声がけください」
「あ、はい。ありがとうございます」
彼はそう言うと、私が中に入った後に、扉を静かに閉めて行った。
人が訪れる事は少ないとの事だったけど、ちゃんと手入れは行き届いている様だ。
並べられた長椅子や教壇などは磨き上げられており、高めに備え付けられた採光窓やステンドグラスから零れる光が、それらを優しく照らしている。
奥に据えられた祭壇らしき物の上には、こちらの世界の宗教シンボルとされている世界樹を簡略化したオブジェか置かれ、ステンドグラスからの光を後光の様に浴びて、そのシルエットを浮かび上がらせていた。
長椅子とかに触れると、お城の中の時みたいに壊してしまうかもしれないので、慎重に歩いて祭壇の前に進む。
そして、祭壇の少し前まで歩いた時。
どこにも光源など無いのに、スポットライトの様な光が、急に私を照らしてきた。
「え?……何? この光?」
「これは……祝福の光か。そういえば、ティアルは神の加護を受けているのだったな」
「転生者だと、こんな事が起きるの? 先に言ってよ」
「いや、転生者だからでは無く、神から何某かの役目を負っている者だと、この様になるのだ」
と、ベディが教えてくれた。
てことは、これは私が巫女の所為か。
あっぶな。
ドゥマルテさんが一人にしてくれて助かった……
それに、ここを選んで正解だったかも。
変に目立つ所だったわ。
「とりあえず、どうしよう。礼拝の作法なんて分からないんだけど……」
「片膝でもついて、祈りみたいな物でも捧げてみればいいだろう。適当な呼びかけにでも何か反応があるはずだ」
そんな簡単で良いんだ?
それじゃ――
――意識が飛んだ先は、また空の雲の上の様な場所で、私の目線の先には、あの白い貫頭衣を着た白髪の神様が立っていた。
「おや……? あれ? もう来たのかい?」
「ええ、まあ。色々と言いたい事がありまして……ん? 何これ?」
なんだか、少し目線の高さが変だな?と感じ、自分の体を見下ろしてみると、転生前とも今の姿とも違う感じがした。
手足がスラリと伸び、服装もナイトパーティーのドレスっぽい物に変わっている。
肌や髪の色は今のティアルとしての私と同じだけど、まるで転生前の年齢にまで姿形が成長した様な物になっていた。
「それは、今の君の魂としての姿だね。にしても、君が私に会いに来るのは、まだ数年は先だと思ってたけど、随分と早く来たもんだね」
私の心の声にまで反応して来るのも相変わらずか。
「神様なんですから、私がどうやって来たかとか理由も分かるんじゃないですか?」
「いやいや、そこまで細かく人の営みを見たりはしないよ。私に向けて祈りや思いを願っている時でもなければ別だけど。まあ、立ち話もなんだ。お茶でも飲みながら話そうか」
そう言うと、いつの間にか私達の目の前にはテーブルと椅子があり、テーブルの上にはお茶とお菓子が並べられていた。
魂だけの状態らしい私が、これを飲み食いして何の意味が有るのか分からないけど、とりあえずは席に着く。
「食事という物は、なにも、生きるためだけにする物じゃないからね。心の栄養にはなるよ」
「そうですか。じゃあ、いただきます」
香り高い紅茶と、美味しそうな焼き菓子に上品そうなチョコもある。
美味しそうではあるけど、できれば、久しぶりに和菓子と緑茶が飲みたかったな。
転生してから、こっち洋風の物ばかりだったので、そんな思いが少し頭を過った。
その瞬間、目の前の物が和菓子と緑茶に変化した。
私の好みに合わせたのか、キンツバとスアマまである。
さすが神様の茶会と言ったところか。
「和菓子の方が好きだったのかい?」
「いえ、どちらがという程では無いですけど。こっちに来てから和風の物を見る事が少なかったもので」
「お米や小豆とかは、探せばあるはずだよ」
「そうなんですか?」
「前に送り込んだ転生者の一人が食に拘る性質の者でね。彼が色々と地球側の食材の植物とかを持ち込んだ地域があるんだ。今でも、そこで育てられてる物も多いし、色々と輸出もしているはずだから、暇が有ったら街で探してみると良いんじゃないかな」
マジか。
それはありがたい。
「それで、私に言いたい事があるんだったね?」
「とりあえず、さっきの礼拝堂に入った時の光。あれは何なんです?」
「あれかい? あれは、ほら、ああしとけば、神聖な感じがして、皆に分かりやすいだろう?」
そんな理由でか……
「まだ目立ちたくはないので、できれば、やめてください」
「えー? 私は、良い演出だと思うんだけどなぁ」
もう教会に来るのは止めとこうかな?
「わかった、わかったよ。それじゃ、しばらくの間はオフにしておくよ。で、本題はそっちじゃないんだろう?」
「そうですね。私の転生先の事です」
「あー、うん。なんか随分と特殊な環境のご家庭に生まれちゃったみたいだね? 一応、言い訳をさせてもらうと、あの時代と場所と生まれ先を選んだのは私では無いよ。君が選んだんだ」
「私が?」
「そう、君の魂がね。異世界転生の仕組みは、簡単に言うと、飛行機とかの座席のキャンセル待ちみたいな物なんだ。空きが出来た席に、君の魂が座ったんだよ。他にも要因はあるけど、一番の原因は君の魂だ」
私の魂が選んだ?
いまいちピンとこないんないんだけど……
選べたと言うなら、もう少し落ち着いた環境を望んでいたはずだ。
「転生前にも言いましたけど、私は荒事が日常みたいな所には向いてないと思うんですけど? それに、他の要因てなんです?」
「私は、そうは感じなかったけどね……要因のいくつかは、アークの世界自体が持つ問題も関係しててね。ほら、そちらの世界は魔法が発展しているだろう? それもあって、一般人の出産に関するリスクって母子共に0%に近いんだ。ちょっとした怪我や病気なんて簡単に直せちゃうから、皆、ほぼ健康体で生まれてくるんだよね」
出産のリスクが0?
それは良い事なんじゃないの……?
問題とは思えないけど……
「そうだね。問題があるのは一般ではない人達の方なんだ。魂と精神と肉体は、相互に影響を及ぼし合うんだけど。肉体にも遺伝子がある様に、魂や精神にも肉体に影響を及ぼす遺伝子みたいな物があってね。そして魂と精神と肉体を強く鍛え上げた者同士が宿した子供は、その時点から強い魔力を持って生まれるんだけど、肉体が脆弱な内は、それに耐えられないんだよね」
もしかして、私が乳幼児の時期に感じてたあれか……?
「つまりは、強い力を持つ、王族や貴族の人達の出生率は極端に低くて。君が今居る国、ノインクーゲルは特にその傾向が高いんだ」
「その所為で、転生先としての空席が多いと?」
それで、私の魂が「ファーストクラスの席が空いてるじゃん!ラッキー!」って座ってしまったと?
「そう言う事だね」
えぇ……
何やってんの私の魂……
「えっと、じゃあ、この目の属性色とか金属を出せる力は何なんです?」
「それも、私がどうこうした物じゃないよ。君の魂が元々持ってた物さ。そればっかりは、平民の家庭に生まれていようが貴族の家に生まれていようが発現していただろうね」
本当なのだろうか?
「本当だよ。言ったろう? 魂と精神と肉体は、相互に影響を与え合うって。君の場合は、前世で持ってた強い思いや、趣味でやってたアレやコレやが関係して、精神が魂を変質させたんだ。その結果だよ」
「魂なんて、そんな簡単に変わる物なんですか?」
「簡単では無いけど、地球側の世界はアークと違って変わりやすい環境ではあるかな。アーク側は肉体と精神が、地球側は魂と精神が育ちやすい傾向があるから」
「なんでそんな違いが……」
魔法があるから?
いや、肉体が違うからか?
「世界構造の違いを一番受けるのは物質面の肉体だからね。アーク側の世界は、魂の持つ力を表に出せる肉体を持っている。言わば、願いを直接実現できるけど、地球側はそうではない。願いの力を表に出せない所為で、なんて言うか、魂が熟成されていくんだ」
「それで私の魂が変な事になったと?」
「そうだね。そして、その君の魂が、多少なりとも、生まれる場所も選んだんだよ」
なんだか、私の魂は好き勝手しすぎな気がしてきた……
「それに、今の家族や環境、自身の持つ力が、そんなに不満かい?」
「それは……」
たしかに、両親や周りの人からは大切に扱われているし、生まれながらの魔力量や、この力に関しても、ここ数日の出来事で夢が現実になる手助けをしてくれた。
言われてみれば、今の環境は、私の望む夢に最短で導いてくれた気がしないでもない。
「だろう? 魂の持つ本能みたいな物が、その場所を選んだのさ」
なんか癪だけど、現状を考えると、私の魂が選んだ結果は間違っていなかったという事だ。
「納得してもらえた様でよかったよ」
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