第22話 本当の顔

 走行訓練を終えて、訓練場の外に向かう途中。


「それにしても、声を変えるなんて芸当が出来たのね」


「昔クーゲルが、音は空気の振動だと言ってな、色々と試した事があり、その時の産物だ。望む効果を出すのに苦労した割には使い道が無かったのだが、こんな所で役に立つとは、私も驚きだ」


「苦労って、そんなに難しい事なの?」


「まだ、音を消すとか、遠くに届けるといった方が簡単だな」


「ふーん。そういえば、ベディって、今どうやって喋ってるのよ?」


 今まで気にもしてなかったけど、声の話をしてて、今更ながらペンダントのベディがどうやって音を出しているのかが気になった。


「この声は厳密には音ではない。声として聞こえているかもしれないが、実際には魔力による伝達情報音だ」


「伝達情……なにそれ?」


 私には、ベディの声が少し艶のある落ち着いた感じ男の声に聞こえてるけど、これが声でも音ではない?


「ふむ? その様子だと、まだ詠唱の方法などを教わっていない様だな。簡単に言えば、私の声は詠唱の際に使う声と似た原理で発している」


「詠唱の声ねぇ……」


 あの、二重に聞こえる妙な感じの声でしょ?


 ルインやミアが詠唱をしてる所は見た事あるけど、やり方は分からないままなのよね。


「詠唱って何かコツみたいな物ってある?」


「すまないが、私には肉体としての発声器官がないので教えるのは難しいな。声を出さずに声を出すと良いという話だが」


「声を出さずに声を出す……とんちか何かかしら?」


 そんな話をしてたら、直ぐに訓練場の外の広い道路に出た。



 出たはいいけど、問題はどこから街に行くかよね。


 いくつか行きたい所があるけど、そのどれも場所が分からないのが困りどころだ。


 王城内だって、まだ詳しくは知らないのに、街の方なんて、さっぱりである。


「うーんと……あっちが正門だから西で、てことは向こうが東だから……たしか西側に貴族が住んでて、東に一般の人達が住んでるって言ってた気が……」


「おそらく、貴族街は魔の大樹海に近い方に、防波堤となる様に作られているはずだ。なので、それで合ってるだろう。それで、何処に向かう気なのだ?」


「塗料になりそうな物がないか、お店を見たいのと。あとは教会かな」


「ふむ……少し待て、調べてみよう」


「調べるって、どうやって?」


 もしかして、さっきの声の変換みたいに、ネット検索みたいな便利能力でも持ってるの?


「私は、大気のマナに溶け込んでいる人々の知識を読み取る事が出来る」


「へー、凄いじゃない」


「と言っても、霧散していない物に限るがな。精々が、その地域の一般常識的な物までだ」


「なにそれ便利。それでも十分よ。それで、何か分かった?」


「教会の位置は分かったが、塗料に関しては不明だ。品物自体はあるらしい事は読み取れたが一般的な物ではない様だな」


「塗料は分からずかぁ……。まあ、どこかに売ってる事が分かっただけでも良しとしなきゃね。で、教会の場所は?」


「城から一番近い教会は、東門から出て直ぐの所だな」


「東門ね。ありがと。それじゃ行きましょうか」


 今まで、小言を言うだけの首飾りとしか思ってなかったけど、今日のあれこれで大分認識が変わったわね。

 前に、自身の事を子守みたいな物だとか言ってたけど、今の私にとっては十分に頼りになる。


「ベディって色々と役に立つわね。なんか見直したわ」


「そうか。私も見直したとは違うが、ここ数日でティアルに対しての認識が変わった部分が多いな」


「私の? どこが?」


「何と言うか、先ほどの訓練場の時もだが、本当の君の顔を見た気がする」


「顔……? 何か変な顔でもしてた?」


「変ではないが、実に楽しそうに、生き生きとした表情を浮かべてはいるな」


「ふふ……そう」


 楽しそうか。

 それはそうよ。


 長年の夢が叶ってる真っ最中なんだし、変に顔がニヤけちゃうのを止められるわけがない。


「それと若干だが、これに乗っていると性格も変わる様だ」


「性格も……? そんな事ないでしょ。にしても、お城の外も広いわねぇ」


 あんなコロシアムみたいな訓練場があるだけでなく、畑や果樹園、城とは別に大きな屋敷も数棟立っているし。


 千葉にあった夢の国と、どっちの方が広いかな?

 あそこも無駄に広くて、乗り物を数回乗ったら疲れて帰りたくなった思いでしかないけど。

 

 私としては、あっちより富士の方にある遊園地の方が好きだったな。

 グンダムライドとかあったし。


 今はまさに、ずっと体験型アトラクションに乗っている様な、興奮とワクワクが止まらない状態だ。


「……少し良いか? 街に行く前に、言っておく事と、頼みがある」


「ん? 何? もしかして、いまさら止める気?」


 道中の景色を眺めながら取り留めも無い事を考えていると、おもむろにベディが話しかけてきたが、その声は少し思案気な物だった。


「いや、私が行えるのは忠告までで、ティアルの行動を止める事まではしない。これは、ただの取り扱い説明書の様な物なのだが」


 取り扱い説明書?

 急に、いったい何の話?


「私は道具だ。故に責任を取る事が出来ない」


「責任?」


「例えば、これから君が街に行き、そこで強盗や暴漢にでも会ったとしよう。私が自らの意思で出来るのは、彼らからの攻撃を防ぐ事までで、自主的に相手を攻撃する事まではできない」


「えっと、防御するだけで反撃まではしてくれないって事?」


「そうだ。相手が魔物などであれば別だが。こと、人相手の場合、私には制限がある」


「ふーん……なんでまた、そんな制限を掛けられているの?」


「それは、私が人の助けとなるために作られたからだ。そして、それが私の望む事でもある。その私が人を害したのでは本末転倒だ」


 それもそうか。


 話を聞くに、ベディの元の持ち主の初代国王さんも、人類の壊滅的な状況を助けるために、勇者としてこっちに来たっぽいし。

 ベディ自身も、同じ様な使命と制限を持っているのも当然よね。


「なるほど……それは分かったわ。でも、それが責任うんぬんと、どう繋がるのよ?」


「たしか、君の元の世界には銃という物があったと聞く。クロスボウなどと同じく、引き金を引くだけで人を殺せるとか」


「あるわね」


「その銃が人を殺したとして、その銃自体が人を殺した事へ対して謝罪や後悔の念など、何かを思う事は出来ない。それが出来るのは、心を持ち、銃を使った使用者だけだ」


 それは、そうでしょ?


 何を当たり前の事を――あぁ……そう言う事か。


「つまりは――ベディ。あなた、私の命令があれば人を攻撃できるのね?」


「……その通りだ」


 それで『責任を取る事が出来ない』か……


 回りくどい言い方ね。


「それで、頼みって? 私に何を求めるの?」


「君が、人の害意にさらされた時の反撃許可だ」


「あんた――」


 人の助けとなる事を望むって言っておいて、人を害する許可を求めるの?


 私を守るために?


「――アホじゃないの? そんなの与えるわけないでしょ。人相手に何かする時は、私が私の意思でするわ」


「だが、不測の事態は起こりうる。緊急を要する時には必要になる事なのだ」


「その時は、その時よ。どうしようもない時は何か頼むかもしれないけど、その結果何が起きても、あんたは私に全部押し付けておけばいいのよ」


「そうか……君も奴と同じ様な事を……」


「ん?」


「いや……わかった。では、そうする事にしよう」


「そう? なら、そうしときなさい」


 あの神様も、なんでこんな風にベディを作ったのよ。


 まったく……可哀そうだとは思わなかったの?


 そんな、なんかモヤモヤする会話を続けていると、城壁にある大きな門が見えて来た。


「大体ね、治安の悪そうな所にでも近寄らなければ、そう簡単に、そんな目になんか合わないし」


「ふむ。直近で確実に起こりそうな事は一つあるが」


「え? 何? 何が起こるの……?」


「あそこの門から街に出たら、確実にルイン殿達からの説教の量は増えるだろう?」


「うっ……そ、それに関しては助けてくれても良いのよ?」


「私にできるのは忠告までだ。それに、君に全部押し付けろと言ったのは君だ」


 そこは例外って事にしてくれても良いんだけどなぁ……

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