空色の国 ④

「いや、ずっと外が明るいのにも驚きましたけど……」


 メイはテントの中から外を見やる。天は青空のまま、昨日と変わらない光景が広がっていた。

 トウがスケッチをし終えたのは、午後の八時を越えた時。時計を見て、そこは確認済みだった。ただ本来ならば日が沈むその時間であっても、外は明るく、景色は青いまま。夜の到来が無い国。朝も無ければ昼も無い。そういう概念が、一切無い国だった。

 おかげで熟睡レベルにまで達せなかった二人はそれぞれ寝不足のような症状を患っていた。メイは欠伸をし、トウは目を擦る。

 メイが乗り出した身体を引っ込め、今度はトウがその光景を覗き込む。

 何度見ても変わり映えはしない。目が覚めて、視界に入った景色と同じだった。


「……本当に、雨が、すごい」


 外は青天突き抜ける空が広がっていた。けれどしかし、晴れてはいない。太陽も見えないが、空が見える。ただ晴天とは言い難かった。

 雨が、滝のように打ち付けていた。ほんの僅か先も見通せないほどに、滴が降り注ぐ。


「だ、大丈夫なんですかね、これ……。大雨を想定されて作られてると良いんですけど」


 テントを叩く音はより激しさを増し、今にも流されてしまうのではないかと、メイが肝を冷やす。テントの入口には小さな屋根のようなモノも取り付けられているので、中にまで浸水する心配は無いが、そもそもこの土地に不安がある。

 元々草原の上に水が張っているこの国で、そこに雨が降ればどうなるか。

 想像力さえ働かせれば、嫌でも分かってしまう。

 メイもまた想像力を働かせてしまったのだろう。慌てたように、トウへとしがみ付いた。トウの裾が少し皺を作る。


「どうしましょう。私、こんなところで死にたくないです」

「別に、死なないと思う、から……」


 身を乗り出して、外の様子を窺っていたトウが、そっと手を伸ばす。数滴の滴が手に触れ、弾けた。


「……この雨。この国だと、普通、みたい」

「え、あれ? 青い、ですね? どういうことでしょうか」


 雨に触れたトウが、メイにその手を見せる。鮮やかな青。水色とも言えるその色が、トウの手を濡らしていた。


「なんでしょうかね? まるで、空が落ちてきたみたいな……」

「……案外、そうかも」


 トウは空を眺める。

 雨は止む気配を見せずに、空から降り落ちる。ただその上にあるのは分厚く灰色な雲ではなく、透明に輝く真っ青な天空。どこにでもある空と、落ちる水滴とが同じ色。架空世界のような話だが、空が雨となって落ちてきているという考え方は、冗談で片づけられない。実際に、その現象が起きているのだから。


「だから初めてこの国を見た時、地面が空色をしていたんですね。この大雨が降った後の光景は、大体あんな感じになると」

「……別に、空が映ったわけ、じゃない」


 雲も何もない空と大地は、それこそ鏡を見せられたかのような、濁りも薄みも無い完璧な模造としてそこにあった。水面に映るにしては透明度が低く、そして、空以外映すモノはその国には無かった。

 それが、この国の美しさを創り出していた。

 この国そのものを表していた。


「美しいっていうのはいいことなんですけどね。この国自体が広い所為か、人は見かけませんし、なんというか……」


 つまらないですね、と。明らかに不満の声を絞り出した。トウはそれに頷かない。


「出会った人なんて、一番初めのあのおじいさんだけじゃないですか。親切にはしてくれましたけどね。話すだけ話してさっさと何処かへ行っちゃいましたし」

「この国の人たちは、何をして、暮らしているの……?」

「全く全然、これっぽちも分かりませんね。そもそも住める環境じゃありませんから。案外あのリュックの中に、生活品が大量に入っていたりして」


 そう話をしている間も、人が通らないか見張っているのだが、それらしい人影はおろか、小動物の類さえ見当たらない。本当にここは人が住める場所なのか、別次元の世界へと迷い込んでしまったのではないかと、メイは無駄に不安に駆られる。


「こ、ここから出られなくなったらどうします? 何処まで歩いても、ずっとこの水色の草原が広がっているんです。もしかしたら、私たちは、死んでしまったんじゃ……」

「……メイは、心配性。……問題ない、きっと生きて出られる」


 無表情で淡々と語るトウ。けれどそれで、その言葉だけで安心したのか、メイはほっと息を吐いた。しかしそうは言っても、今はここを離れられない。雨が止まない限り、今いる場所から移動するのはあまり得策では無い。


「今は、待つ時……」


 小雨ならば無理にでも出国したのだが、これだけ降られると移動もままならない。晴れる時を待つしかないだろう。


「……でもやっぱり暇ですよ。何かしません? 少し前の国で流行ってた遊びとか」

「……頭動かしたり、すると、疲れる、から。もう、寝よう」

「ええー、まだお昼頃なのに」

「そもそも、昨日。あんまり、寝られなかった……」


 その後メイが幾ら話し掛けても、トウからは生返事しか返ってこなくなったので、仕方なくメイも眠ることにした。

 二人が次の日に目が覚めた時には、青空は消え、昏いくらい夜の世界が、広がっていた。

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