空色の国 ①
青い青い絨毯が伸びる。どこまでも広がる大草原は時折撫でるように吹く光風で波打ち、音を立てて揺らめいていた。海のように青々しいそこに、線を引くように一本の細い道が作り出されており、迷わないための道標として、先へ先へと続いている。
そして、その海の上を歩くように。その道を踏み締めて進む人影が一つ。
黒いローブを身に纏い、頭頂にはベレー帽を乗せている。足元は使い慣れた様子のレザーブーツで、背には上半身が隠れるほどのリュックを背負っていた。
決して大柄とは言えない、それどころか小柄で、伸びる肢体からは人形のように華奢であることが窺える。ただし、その歩みは強い。ふらつく様子も無くしっかりとした足取りで前へと進んでいた。
顔立ちもまた、人形のように幼く、そして美しかった。顔色一つ変えない表情は神秘さを保ち、透明のように澄んだ髪が、纏う雰囲気をさらに不思議なモノへと昇華させる。少女らしいあどけなさはなく、年相応の元気らしさも感じられない。歩く少女は、その澄み切った瞳で、ひたすらに目的地へと向かっていた。
旅人。
世界各地を歩き回り、国々を訪れる。観光が目的では無い。そこに住む人々と会話を交わし、そして用事が済めばその国を離れる。そうしてまた別の国へと向かう。少女の興味は、たった一つだった。
彼女の名前はトウ。無感情な少女であり、無機質な旅人であり、無二の画家である。
◆
透き通るように、何処までも何処までも碧く。見渡すほどに、視界全てが緑色。僅かな風でも揺らめく草むらは、まるで意志を持っているかのようだ。
道は無い。人が踏み分けた砂利道も、生き物が残す獣道も。一切の不要物を取り除いた、緑の王国がそこにはあった。
そんな中。
背の無い草を踏み締めて、一人の少女が歩み行く。
「なんでもこの辺りには、二つの国が隣接しているみたいですね。訪れた人が皆言ってます」
女性の声が上がった。その源はと言えば、現在淡々と足を動かしている、人形のように美しくそれとは対照的に巨大なリュックを背負っている少女、ではなく。
彼女の隣を歩く存在だった。
声だけを聴けば、誰もが快活で、元気な女性を思い浮かべることだろう。現実その声は徹頭徹尾、テンションの下がることなく高いまま維持されていた。
しかしその容姿と声とを、見比べることはない。
それは女性の隣を歩いている少女であっても、同じことだった。
「……知ってる。前の国の人が、言ってた」
感情の籠らない声。決して小さいわけではなく、存在を高々と主張するようなものでもない。つまらなさそうな、しかし何を考えているか分からないような表情をしているその少女は、隣にいる女性と対照的だと言えた。
主に心情のふり幅という点で。
「でもおかしいですね。そのどれもが確証を得ないと言いますか、どちらの国の情報も入ってこないんですよ」
「……入ってこない、わけじゃない。両方の話は、一応聞いてる」
「え、ああ。そうでした。凶暴な国と、美しい国、でしたね。これもまた曖昧ですけど」
所詮酒場で聞いた情報だ。全てを信用しているわけでは無い。旅人の話など、一尺の信頼も根拠も信憑性も無いのだから。
一期一会。基本的に同じ旅人とは、一度会えば二度と会わない。そんな人間のために、親切を働く者もいない、というのが二人がこれまでの旅で得た経験だった。
ともあれ、万が一本当だった場合のことも考慮に入れるわけで。
感情が声に乗る女性は、少し気分を落として言った。
「嫌ですね……、凶暴な国。出来れば美しい国の方に入れれば、良いんですけどね。こればかりは神頼みですか」
「……メイは、何の神に、祈るの?」
「ええ? それは、うーん……、なんでしょうか? そもそも信仰している神なんていませんし。多分、きっと色んな神が応えてくれますよ」
「さすが、神、偉大……」
そんな罰当たりな会話をしていると、国が見えた。正確には国ではないのかもしれなかった。
城壁が見当たらず、そして家々も見当たらない。周囲の視界に映るのは、やはり青みがかった草の海のみ。
ただそこを国だと、認識出来た理由は二つあった。
一つはある地点を区切るように、草が幾重にも編み込まれていて、それが曲線を描いて地平線に伸びていたから。それが恐らく、国境の代わりとなっているのだろう。
そしてもう一つ。
その国境を越えた土地。いや、土地と呼ぶのもおかしいかもしれない。
先に広がっていたのは空。天を覆う色素そのものが、一面を塗り尽くしていた。
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