山吹色の国 ④
旅支度を終え、トウとメイは朝早くに宿泊施設を出た。
ふわあ、と欠伸を鳴らすメイに、変わらず無表情のトウ。メイの方が明らかに寝付くのが早かったが、普段のテンションから考えれば、彼女の拭えぬ眠気ももっともだった。
太陽が未だ城壁から顔を覗かせ始めている時間帯。そんな時間にもかかわらず、人は疎らに、しかしやけにテンション高く活動していた。
何故か、と。すでにこの国でその光景を見ていれば、そんな疑問も浮かんでこない。朝早くから金を採集しているのだ。誰も起きてこない時間を狙って、強欲な人間がこぞって下を向いて捜索している。
「まるで太陽にお辞儀をしているみたいですね」
「……そうね」
その様子を不思議だと笑うが、昨日の自分たちの行動を思い返せば、人にあれこれ言えない。
二人は足早に、国の出口へと向かう。
「……メイは、あんまり名残惜しそう、じゃない」
「ええ? そうですか? でも、まあトウの言う通り、こんなところで立ち止まってるわけにもいきませんし、それにもう十分でしょうから」
リュックに括りつけた布袋が小さく揺れた。
「これで、億万長者ですよ」
意気揚々とはまさに彼女の為にある言葉だ。先程の眠気もどこへやら、メイはいつもの調子に戻っていた。
しばらく大通りを歩いていると、大きな門が視界に飛び込んできた。この国は珍しく、入り口と出口がはっきりと分かれている国で、この大通りを北に向かえば入国の門、南に向かえば出国の門へと通じている。出国入国の手続きが出来るのは、いずれかの門でのみ。それ以外は、白塗りの城壁が国を囲んでいた。
「やっぱり朝一番だと人がいませんね。……あれ? 何ですかね、あの人」
「そう、みたい……」
出国の門前には人が一人しかいない。その一人が何やら手間取っているらしく、衛兵と揉めている様子だが、その声はこちらまでは届かない。
二人が近付いていくのと、衛兵と揉めていた男が立ち去るのは同時だった。収まったのかとも思ったが、男が明らかに落ち着いた態度でないのが目に見えて分かった。
「何をあんなに怒ってたんですかね」
「……さあ」
いくら考えても仕方の無いことだ。トウは門のすぐ下で暇そうにしている衛兵に声を掛ける。
「……出国、したい」
「はいはい。出国だな」
衛兵は二人。若い方の男が受け答えをする。
「あんたら、一応二人で入国してることになってるけど、もう一人はどうしたんだ?」
「あ、私ならここにいます」
メイの応答に、衛兵の男は眉を顰める。どうやら二人組である情報は通っていても、透明人間であるという情報は渡っていないらしい。やはりここでも同じ説明を繰り返す羽目になった。
「ああ、確かにお二人さんだ」
事務的な手続きを済ませて、書類に色々と書かされる。色々と書くのは全てトウの役目だ。手持無沙汰なメイが、もう一人の衛兵に話し掛けていた。
「あの、どうしてさっきの人は怒っていたんですか?」
「うん? ああ、それはだな。ここに来た目的が無くなるとか、こんなの詐欺だ、なんて喚いていたな」
「詐欺、ですか?」
一体なにが詐欺なのだろうか。まさかここから出られないとでも言うのではないか。そんな不吉な予測が過ったが、衛兵はこれを笑って否定した。
「いやいや。さすがに出国出来ないなんてことにはならないよ。そうなるとこの国は人口過多で滅んでしまう。先程の彼は自分の意志で、この国から出ないことを選んだんだ。まあまた来るかもしれんがな」
その言葉でますます首を傾げるメイだが、それが衛兵の男に伝わるはずもない。さらにその意味を尋ねようとした時、丁度トウの手続きが終わったようだった。
「……終わった」
「よしこれで出国の手続きは整ったぞ」
黄金の国。大量に世界的にも価値のあるそれらを、自由に手に入れることが出来る変わった国だ。メイとしては名残惜しかったが、トウは別にそうでも無いようで、サクサクと出国の準備を整える。
「それじゃ、行こう……」
「はい」
衛兵に別れを告げ、国から出て行こうとする。国を離れるというのは、そこがどのような土地柄であっても、思い出には残る。思い起こされる光景に、トウが何かを想うことは無いが、その胸に確かに蓄積されて、憶えていく。
この国も、そうなるのかもしれないと。
メイがぼんやりとそう考えていると、衛兵に呼び止められた。
「ああ、すまん。もう一つやってもらわないといけない手続きがあってな。それを終わらせてからじゃないと出国は認められないんだ」
「……まだ、あるの?」
衛兵二人が前方に立ち塞がった。トウとの身長差から、まるで壁のようにも見える。
「まあそう言わないでくれ、すぐに終わるから」
そう言うと、彼らは何やら大きな箱を机に置いた。真四角のそれは、武骨な色合いで、時計のような文字盤がいくつか埋め込まれている。
見たことも無いその装置に、メイが嬉しそうな声を挙げた。
「何をするんですか?」
「簡単なことだよ。あんたら、ここで採った金はどうしてる?」
「……金なら、ここ」
トウがリュックに括りつけている布を指差す。量としては大したことは無いが、換金すれば莫大な資産となるモノが、無防備に吊り下げられていた。
「扱いが雑というか、なんというか。まあいいや、ちょっと見せてもらうぞ」
「ええ!?」
「……どうぞ」
メイの叫びを無視して、トウが了承した。固く結ばれた紐を解き、衛兵が中身を確認する。昨日集めた黄金が、確かに百数粒入っていた。
「これぐらいの量なら、まあ一千万ってところか。そっちはどうだ? 他に反応はあったか?」
「いや、どうやらそれだけみたいだ」
金の粒を数えた男に、机に置いた機械を弄る男。トウはそれをただ無表情で眺める。メイの方は気が気じゃないようだったが。
「そ、その。私たちどうなるんですか?」
「いや、別に取って食おうって言ってるわけじゃないからな。ただ代金をいただこうってだけだ」
「代金、ですか?」
「ああ。あんたらが採った金。その分に応じて、通貨を貰おうってこった」
「え、ええ!? そんなの聞いてないですよ!?」
明らかに取り乱すメイ。それはそうだろう。持ち帰れると聞いて、昨日は必至に金を探したのだ。お金が掛かるとなれば、話は別問題だ。
「いやいや。おかしいと思わないのか。誰がこの国の生産物である金をただでくれてやるんだよ。そんな親切な国じゃないよ、ここは」
事も無げに言ってのける衛兵。二人に悪意はなく、飽く迄も仕事として淡々とこなしているようだ。
「……それじゃあ、あれは」
先程ここで喚いていた男も、今まさにこの状況を味わっていたということだ。金が採り放題という触れ込みで、いざこの国を発つという段になって、その分の料金を請求されるのだから、怒るのも当然だ。
しかも誰も何も言わないという点で性質が悪い。そりゃあ詐欺だと言われても、文句は言えない。
と、無言で思考を巡らせているトウを置いて、展開が進む。
「え、ええと。幾らですか? この金を持ち帰るためには」
「ざっと一千万というところか。まああんたらは、他の旅人に比べたらかなり数が少ないみたいだし、払えない金額じゃないだろう」
「そ、そんな額払えませんよ!!」
「じゃあ置いていってもらおうか。俺たちとしては純資産としての金であっても通貨であっても、変わらないんだ」
「がーん!? そ、そんな……、なんとか、なんとか金を持ち帰らせてくださいよ……」
何やら打ちひしがれているメイは無視。聞くだけに徹していたトウが彼らに話し掛ける。
「……金を置いていけば、出れる?」
「ああ、そりゃあそれなら問題無い。疾しいことをしてるわけでもないなら、晴れてこの国から出れるぞ」
「……そう、じゃあ、いらない」
あまりにもあっさり、トウはそう言った。未練も執着心も貪欲さの欠片も無い。素直に、率直な言葉だった。
事務的だった衛兵たちが、少し動揺を見せる。
「い、いいのか? これだけの金を、そんな簡単に放り出して」
「そ、そうですよ!! これからも貧乏旅行が続いちゃうんですよ!? トウはそれでもいいんですか?」
メイまで一緒になって騒ぐが、トウの決定は揺らがない。もう一度、念を押すようにはっきりとした口調で言い放つ。
「だって、お金掛かる。私たちには、お金も無い……」
「そりゃあ、そうなんですけど……」
眼を背けたくなるその事実に、メイが苦い声を出す。
これだけの金を目の前にして、その全てを諦める決心が、どうしてもつかないようだった。人間としてはそれで正しい。寧ろモノの価値を覚えた者ならば、それこそが正常な考え方でもある。
ただ、トウには一切の迷いも無い。
「それじゃあ……」
「ま、待て。全部は流石に無理でも、一粒だけなら買えるだろう。一粒十万だ。これなら払えるはずだ」
「無理、そんなお金もない」
「じゃ、じゃあ一粒八万でどうだ」
「や、安いですよ!! 買いましょうよ」
「……ダメなものは、ダメ。きっと、それを買ったら、後悔する」
首を振って、それから衛兵二人に向き直る。
佇まいを直したその姿は、美しく、そしてどこまでも透き通って見えた。
「綺麗な、国。これはきっと、誰だってそう思う。誰だって、この国の色は、理解出来る」
そう言って彼女は、小さくお辞儀をして見せた。
「ありがとう、そして、さようなら」
◆
「ねえ、どうして買わなかったんですか? 折角安く買えるチャンスだったんですよ?」
晴れ渡る青空の下、二人は歩く。景色は石畳から荒野の赤土へ。こちら側は入り口とは違って灌木や川が流れており、幾分色合いが殺風景ではなくなった。
「……どうせ、お金も無い。それに、この周りには人が、多い」
しっかりと前を向きながら、トウは言った。メイが見渡してみれば、確かにテントや荷馬車などが数多く点在しており、ちらほらと人影も見て取れる。
「そう言えば入る時はそんなに気にしてませんでしたけど、この国の周りには人が一杯いますね。入国の順番待ちでしょうか?」
「……そうじゃない。きっと、この人たちは、換金屋」
「換金屋、ですか? じゃあ尚のこと良いじゃないですか。あの国から出て、すぐに換金出来るんですから」
メイの声はいつも通りの元気ある声だ。それに、トウの声色も変わらない。飽く迄も二人はいつも通りに、旅をする。
「……多分、憶測だけど。この周りにいる人たちと、あの国は仲間同士、だと思う」
「結託しているってことですか? なるほど、それなら納得出来ますね。大方、と言いますか、ここら一帯にいる人たちと一緒になって、旅人から金銭を巻き上げようって腹積もりなんですね」
「そういう、こと……」
換金屋がいる一帯を抜け、しばらく歩いていると見晴らしの良い小丘にぶつかった。その頂上でトウは腰を下ろす。
「あ、そう言えば金は持ち帰れませんでしたけど、色は手に入れれましたね。あのヘンテコな機械で見つかるとも思ったんですけど」
リュックの中を探るトウに、メイは思い出したように言った。トウがスケッチブックと絵筆、そしてカンバス。それに色のついた小瓶を数個、取り出す。
「……水に、入れた時点で、金から色に、なってるから。多分、それのおかげ」
「へええ、便利なものですね。いつ見ても不思議な技術です」
小瓶を開ける。そこには山吹色、ともすれば黄金の色とも呼べる絵具が入っていた。
「……下書きはしたから、後は、塗るだけ」
彼女の声が良く通る。見晴の良い小丘だからか、それとも機嫌でもいいのか。
「うーん、なんとかその色を売れませんかね……。元々は金なんですから、きっと売れるはずなんですけど……」
「……諦めよう」
小丘に風が吹く。弱い、撫でるような風が。
小丘に日が注ぐ。温い、溶かすような光が。
その光景は煌めき輝いていて。あの時の夜景と交わり浮かび上がる。
トウが持つ絵筆に山吹色の色素が乗り、そのままカンバスの上を滑らせる。
透明な白い白いカンバス。
彼女がそれを、一振りする度に。国の色が、現れる。
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