山吹色の国 ③
「あ、ほら!! 見て下さい!! あんなところにも落ちてますよ!!」
上機嫌なメイの声が木霊する。トウが視線を向ければ、家と家との間、土が露出しているその上に、金が落ちていた。埋まっているのではなく、飽く迄も落ちているという風で、それこそまるで小石のように転がっている。
「……これで、五十三粒目」
トウはその金を拾い上げ、布製の袋に入れた。中で堅いモノ同士が擦れ合う音がする。
「いやあ、大量ですね!! まさか自由に取っていいだなんて。図太いと思いませんか?」
「……それを言うのなら、太っ腹だと、思う」
「どっちでもいいじゃないですか。それよりっ、もっと探しましょうよ!! これを持ち帰れば私たち、億万長者も夢じゃないですよ!!」
「……でも、怪しい。裏がある、はず」
いつも以上にハイテンションなメイに、トウが窘める。入国した時の会話を思い出すが、メイにとっては記憶の彼方らしい。それでも、と。彼女は力説し始めた。
「大丈夫ですよ。ほら見て下さいよ。私たち以外にも金を探してる人がいっぱいいます。これで騙されてるって言うんなら、これだけ人は集まらないでしょ!!」
「……そういうもの?」
確かに、と。周囲を見渡せば旅人らしい人間が、腰を屈めて地面を見つめている。余程何か大事なモノでも落としたのかとも思うが、この国の実情を知った今では、ただの貪欲な人間以外の何ものでも無かった。
あの後、男と別れてからありついた、胸に抱える食糧からも金がわんさかと出て来た。メイは尋常じゃないぐらいに喜んだが、トウとしては食べられないモノが入っているので慎重に噛まなければならない分、気分が落ち込んだ。
宿泊施設に立ち寄った際にも、金をそこら中に見かけた。ベッドの上に転がっていることは予想もついたが、蛇口を捻った際に出て来たのには溜め息も零れた。翌日、目を覚まして見れば、入り口扉の真下にも金が置かれていた。トウは以前立ち寄った、雪の日にモノを運び回る妖精が住む国を思い出していた。
「凄いですね!! こんな国もあるんですね!! ここの国の人たちが、金をばら撒いて生計を立てているって言ってたのも頷けます!!」
男が言ったことには、金の出土によってこの国は成り立っているらしい。そんな珍しい土地であるから、観光客も後を絶えないようで、もちろん金そのものが目当ての旅人が圧倒的に多いと語った。
そしてこの国の住人からすれば、金など珍しくも無いと謳う。寧ろ、世界共通通貨であるところの現金の方が何倍も価値があると言っていた。
「確かに、変わった国、だけど……」
黄金が入った袋を掲げ、トウはそれをまじまじと見つめる。
金の恩恵にあやかる国。あるものを活用しているという点では、正しいのかもしれない。それがその国本来の在り方なのだろうから。
しかしどうにも、怪しさは拭えない。旅人にとって、過ごしやすく都合の良い国というのは、万に一つも存在し得ない。感情的にとかそういう話では無く、世界のシステムとして、そうなっているのだ。
トウもメイも、そのことは理解しているつもりだ。二人の共通意識としては、どんなに怪しく、どんなに正しい国であっても、自分たちからは手を出さない。黄金を持ち帰ることがタブーであったとするのならば、それに従うつもりだったし、持ち帰っても何も言われないのであれば、遠慮なく持ち帰る。
ただその際の手段が、暴力的かつ作為的かつ陰謀的かつ虚偽的であるのならば、話は別。その時は、国の一切を信用しないというのが、この旅を続ける上での大前提となっていた。
何も無ければそれでいい。何かあってから動けばいいのだ。ともかく二人の行動原理とはそれそのものであり、この国であっても例外では無い。
トウとメイの旅路に、変革は訪れない。
「見て下さい、トウ。金拾い代行サービスなんてものもあるみたいですよ!! 金の代わりにお金を要求するなんて、やっぱりおかしな国ですね!!」
褒めているのか貶しているのか分からない。メイのテンションが留まるところを知らなかった。
「見て下さい!! あの人、両手に溢れるほど金を握り締めてますよ!! 私たちもあれぐらい持って帰りましょう!!」
「いや。荷物が重くなる、から……」
「即答ですか!? どうしてですか。あれだけ金があればお金に変えた時凄いことになりますよ? それに黄金なら資産としても利用出来ますし、確かにこのまま旅を続けるとすれば荷物になるでしょうけど」
熱弁を奮うメイだが、やはりトウとしてはこの意見に賛同しかねる。トウはお金でテンションが上がるタイプの人間では無い。何のためにこの旅をしているのか。お金など、現は抜かさない。
「それにですよ? お金さえあれば、美味しいご飯が飽きるほど食べれます」
「う……、いや、うん」
美味しいご飯が飽きるほど。想像してみるが、飽きる様がイメージ出来なかった。ただその意見は魅力的だ。こと食べることに関しては目が無いトウは、固めた決意をいとも簡単にゆらゆらと和らげさせた。
「……私は、この国が嫌い」
「どうしてですか? こんなにも自由なのに」
メイが放つ声のボリュームが僅かに下がる。この国の本質を、あるいは上手くいきすぎている点を、トウが見抜いたと考えての行動だった。
「……ご飯食べる時、余計な心配、しないといけない」
「……無駄にシリアスした私が馬鹿でした」
「これは、結構重要。私の生き甲斐に、関わる……」
こればかりは譲れないとでも言うように、強い意志で言い切った。表情こそ変わらないが、その奥にある信念は分かりやすい。
「じゃあこの国を出た時に、ちゃんとしたご飯が食べられるように、ここで稼いでおきましょう。というかこれ一粒で、向こう三カ月は食費の心配をしないで済むと思いますけどね」
念には念を、と。有無を言わせない形で、日が暮れるまでメイの黄金採集に付き合わされた。路地裏から始まり、家の軒下、古びた店の中、街路樹の根本に人々の往来のど真ん中。思いつく場所からは悉く見つかり、思い掛けない場所からも見つかった。
二人が宿泊施設に戻って、成果を確認してみれば。
その数、実に百数個。
「さ、さすがにずっと下向いて歩いてると疲れますね……」
手近にあったベッドに腰を下ろしたのだろう。僅かに沈み、緩やかな勾配が出来上がる。
「結局、あんまり食べれなかった……」
トウはトウで、別件で疲弊していた。満足に食事も出来ない環境のせいで、その声には幾分威勢が無いようにも見える。
元々彼女には威勢など皆無だが。
「……明日には、ここを出る」
「ええー、もっと集めませんか? あって困ることも無いですし。この際ですから資金を潤沢にしておきましょうよ」
メイが体重を掛けたのか、さらにベッドは沈み込む。彼女の発言は予想出来た。言い分も、分かるつもりだ。
けれどトウは、首を振る。
「……この旅は、ここで立ち止まるわけにも、いかない」
それはメイではなく、自分に言い聞かせるように。再確認するように、呟いた。
「トウがそう言うのなら、……私は大きく口出ししません」
静かな空間が、部屋に訪れた。部屋の明かりは薄暗く、窓から差し込む月明かりの方が、数倍目立つ。
程なくして、トウが立ち上がった。
「どうかしたんですか?」
「……夜景」
「なんですか?」
メイも立ち上がり、トウと共に窓まで近づいた。見える景色は、普遍的な街並み。月明かりと、屋内から漏れる明かりが漂う、静かな町。
「わ、わ。綺麗ですね……!!」
夜の空から降り注ぐ光。その光に当てられて、町全体が輝いていた。比喩表現では無く、誇張表現でも無い。正真正銘、町全体が煌めいていた。
「黄金の反射、ね……」
今この瞬間にも、金は湧いて出ているのかもしれない。その変化が、キラキラと星のように地上を瞬かせ、幻想的な光景を形作っていた。
「凄いですね。金が出るだけの、汚い国だとばかり思っていましたけど。こんな側面もあったんですね」
感嘆の声がメイから紡がれた。
トウもまた、じっとその光景を眺める。眺めて眺めて、それからリュックを漁り始めた。
「あ、この光景にするんですね。良いと思います。異国という感じも出てますし、何より分かりやすいですからね」
「……そう。それから、それらしい色も、丁度手に入る」
取り出したのは一枚のスケッチブックと、透明の液体が入った小瓶。コルクで封がされているその小瓶を開け、ベッドに置きっぱなしにしていた布製の袋から一粒、黄金を取り出した。
「ちょっともったいない気もしますけど。これが私たちの目的ですもんね」
「……これだけあるから。もったいなく、ない」
「まあそうなんですけど。トウは白黒はっきり付けるタイプですよねー。もう少し可愛げがあってもいいと思います」
「可愛げなんて、別に……」
「いえ、折角容姿は人形のように可憐なんですから、もっとちゃんとした方が良いですよ絶対。主に性格の面とかで」
やれもっとはしゃげだの、やれもっと感情を表に出せだの。またメイの小言が始まりそうだった。そうなった彼女は中々に面倒臭い。いや、面倒臭いという想いをトウが感じることは無かったが、それでもわざわざそのために拘束されるのも時間の無駄だと、彼女は考える。
無駄な説教が始まる前に、とっとと始めてしまおうと。
トウはその小粒を水に入れた。
「……これで、あとは待つだけ」
水に入れただけでは特に変化は無い。トウは再びコルクで封をして、小瓶を鞄へとしまった。
「今日はもう疲れましたんで、私先に寝ますね?」
いつの間にかメイが布団に包まっていた。今日の黄金探索で相当疲弊したのだろう。いつもならこの後も付き添ってくれるが、最早そんな気力は無いらしかった。
「うん、おやすみ……」
「おやすみなさい」
定型句の文言を交わすと、途端に静寂が訪れた。トウは音をたてないように、備え付けてある椅子を、窓辺に移動させる。
椅子に腰掛けて、改めてその光景を瞳に映す。きらりと煌めく瞬きは、水面のようでもあり、夜空の星々のようでもあり、何とも不思議なものだった。
しばらくその状況に浸り、それからスケッチブックと鉛筆を手に取る。
トウが今見ているその様子。そのままの情景を、切り取り写し、模倣する。より美しく、より微細に、とは思わない。ただそれそのものを知ってもらうために、人々の記憶に留めてもらうために、描く。
鉛筆と紙が擦れ合う音が、静かな部屋に、無音な夜に溶けていく。まるで独りで楽器を演奏しているように、乾いた音を鳴らす。ただ無心で、ひたすらに窓の外を真似る。その国を表す。下書きの段階だが、これが無いと色の基準も図れない。
トウは丁寧に、目で見たモノを描きこんでいった。
静かで独りで、画いて絵描いて。
淡々と、その画家は夜を明かす。
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