山吹色の国 ②
近付いてみれば、思いの外立派だった。その周囲にあるテントや荷馬車への不信感が消えるほどに、存在感を放っている。白塗りの壁は塗り立てのように輝いていて、唯一中へと通じている門も、黄金で彩色された豪奢な造りとなっている。
衛兵二人の衣装も、派手で無駄に高そうだった。
「すみません、入国させていただきたいんですが」
「ああ、それじゃあ手続きを……、え?」
衛兵二人が顔を見合わせる。確認するように、もう一度トウへと視線を向ける。
「あの、今あなたが喋りましたか?」
「……違う。喋ったのは、メイ」
「メイ……?」
先程聞いた声とは明らかに異なる声質に、衛兵の顔が微妙に引きつる。恐らく頭の中は疑問符で満ち溢れていることだろう。ここにいる旅人は一人。トウ以外に、この国へと入ろうとする人間はいない。目の前にいる人間以外の声が聞こえた。衛兵の反応は、正常だと言えたはずだ。
だから。正常であるからこそ、彼女らにとってはいつものこと。説明不足であるトウのフォローをするように、彼女は声を上げた。
「えと、すみません。私、メイって言います。訳あって透明になってしまいまして。入国料は私の分も当然払いますので。どうかお気になさらないで下さい」
「え、ああ、はい。そういうことでしたら」
透明だと言われて、それを信用する人間もどうかと思うが、衛兵二人はあっさりと彼女らを入国させた。お金を払うというのであれば、誰でもお客様なのかもしれない。そういう商売理念が彼らにあったかどうかは二人には分からないが。
ともあれ、入国は果たした。門を抜け、飛び込んできた光景は石畳の道路に、煉瓦造りの家々。活気ある商店が目立つ。
「ようやくちゃんとした国につきましたね。街の人々もまともそうですし。これは当たりじゃないですか?」
「……まだ、着いたばかり。油断は、禁物」
「まあ、そうですね。旅人なら警戒心を抱き過ぎてダメってことはありませんもんね」
「そう。一瞬の油断が、即死に繋がる」
言いながら、トウの足取りがしっかりと食べ物の屋台へと向けられていた。彼女が今いる場所は街の大通りらしく、人通りが多い。そしてその数に比例するように、出店も多く、食べ物を取り扱う店から雑貨まで、様々な商品が並んでいる。
フラフラとあちらこちらへと赴き、気が付けばトウの両手には出来立ての食べ物で溢れていた。
「ちょ、ちょっと買い過ぎじゃないですか?」
「……今なら、何でも食べられる、気がする」
「いえ、というかもう少し警戒心を持った方がいいんじゃないですかね。まだこの国のことを知れてないわけですし、モノを買うのは早計だと思うんですけど」
「……メイだって、着いたばかりなのに、この国を褒めた」
「あれは褒めたっていうか、まあそうなんですけど……」
メイの溜め息もどこ吹く風。トウは器用に、大量の食糧を抱えたまま、手に持ったサンドイッチを頬張った。
「……おいしい」
あっという間に口の中へとそれを放り込んでいた。リスみたいに口を膨らませ、もごもごと咀嚼する。
「もう少し落ち着いて食べればいいじゃないですか。どうせ誰も取りはしないんですから」
「んぐんぐ……、んっぐ!?」
「どうかしました?」
頷いているんだか、唸っているんだか分からないその声の後、トウはゆっくりと口を動かし始める。咀嚼のペースが明らかに落ちた。そのことを疑問に思うよりも早く、サンドイッチを飲み込んだトウは、それを吐き出す。
「ど、どうしたんですかっ? まさか何か毒物でも……」
「……違う、これ」
手の平に吐き出されたそれは、小さな石のようにも見えた。食べる際に混入してしまったのか、それとも調理の不手際か。それは分からないが、異物であることに間違いは無い。
「え、いやこれって……」
メイは戸惑いながらも、しかしその小石について言及する。
単なる小石ならば、店に文句でも言うか、残念な出来事だったねと水に流すか、そのどちらかだった。少なくとも、その小石にそれ以上の価値を見出すことは無いだろう。
ただ、その小石は、路傍に転がるようなモノでは無いように見えた。
「……金、じゃありませんか?」
石のように薄汚れておらず、特有の輝きを放っている。塗装されているようにも見えない。
メイの確信を欠く言葉に、同意するようにトウも頷いた。
「うん。……多分、本物」
何を根拠にそんなことを言っているのか。この場にそれを突き止められる人間などいないので、宝石商にでも尋ねた方が、幾分手っ取り早い。
買った食べ物の中から少量ではあるが金が出て来た。その事実に、メイは動揺を、トウはいつもと変わらない無表情で、宝石商を探す。
「あの、すみません。この辺に宝石を取り扱っているお店はありますか?」
「え? 今君が喋ったのかい?」
「いえ、少々込み入った事情でして。透明になってしまってるんですよ」
適当に歩くも見当たらない。諦めて町の人間に話し掛け、透明人間だといういつも通りのやり取りを交わした後、ようやく本題へと入る。
「いやいや、この町に宝石を取り扱っている店は無いよ」
「そうなんですか? 換金屋も?」
「ああ。モノを売る人間は山程いるが、モノを買い取る人間はこの町にはいない。君たち、ひょっとして旅人かなにかかい?」
「……そんな、ところ」
そう応えると、その町の男は納得したような表情を見せた。
「なら知らないのも無理はないね。いや、旅人なのに知らないことの方が間違ってるのかもしれないけどさ」
「ええと、どういう意味ですか」
まるでこの国に来る旅人は皆一様に、その情報を持って訪れると、そう言っているみたいだ。
「君らは目的があって来たわけじゃないようだけど、ここを訪れる多くの人間はこの国にあることをしに来るんだ。多くの、なんて曖昧な言葉じゃ伝わらないかな。ほぼ全員と言ってもいい」
「あること、ですか? あのすみません。もったいぶらないで教えてくれませんか」
イライラと、先を急かすメイ。トウは興味が無いとばかりに手の平に収まる金を弄ぶ。
得意気に語る男は笑いながら謝ると、これまた胸を張って、まるで自分のことであるかのように答える。
「金の採集さ。ここは世界でも珍しい、金が湧いて出てくる国だからね」
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