第四話 「入部拒否案件」



「却下」


 イケメンで男前の谷垣が、何故か幽霊部員になることを断った。

 途中までは良かったのだ。

 お、何処か部活に入ることになったのか。

 文化部?

 部員が足らなくて潰れそうだから幽霊部員になって欲しい?

 もちろんいいよ。

 わが友人の頼みだしなと。

 人手が必要な時だったら、たまには顔を出したっていいんだぜと。

 誠にもって、どこまでも男らしい回答をしてくれていたのだ。

 そこまで話はまとまりかけた。

 なのだが。


「何処の文化部?」

「文芸部」


 という会話まで進めたところで、にべもない「却下」の一言である。

 谷垣の目は据わっていた。

 そんなに冷たい目で見ないでもよかろうに。


「文芸部だと駄目なのか? 野球部に掛け持ち拒否されてるとか」

「・・・・・・お前何も知らんのか? いや、教えられていないのか。掛け持ち拒否とかそういう問題じゃあないんだよ」


 谷垣は正気を疑う目で、僕を見ている。

 なんだなんだ。

 僕も察しが悪い方ではない。

 何か嫌な予感がしてきたぞ。


「文芸部の入部チラシです。興味ある方は見学だけでも、よろしくお願いしまーす」


 僕と大和さんは橘部長の命を受けた後、すぐに新歓のチラシを作った。

 急ぎに急いだので粗末な出来かもしれないが、兵は拙速を尊ぶとも言う。

 というより、すでに四月は下旬となっており、早々に入部を決めた連中も多い。

 僕らが狙えるのは、未だにフラフラしている帰宅部の連中がメインとなるだろう。

 それか、まだ入部を決めかねて悩んでいる人間か。

 ならば急がねばならない。

 そう思ったのだが。

 でっかいハムスターのような雰囲気で、朗らかにチラシを配る大和さんと打って変わって、なんだかチラシを受け取った一部クラスメイトの視線が暗い。

 侮辱や蔑みに値する視線ではない。

 何か、可哀想なものを見るような。

 善良なれど無知なる者を見たときのような、そんな表情で僕と大和さんを見ているのだ。

 今しがた、チラシを受け取った女子がたまりかねたように口にした。


「・・・・・・あのね、葵ちゃん。多分、何も知らないんだろうと思うけれど」


 最近になって地獄姉妹の圧力もなくなり、クラスメイトの女子は大和さんと話すようになった。

 まだ友人と呼べるほどではないが知己と言えるほどには親しく、だからこそ。

 だからこそ、何か言おうとして、止めた。


「・・・・・・」


 沈黙して、何も言えなくなったのだ。

 谷垣のように「却下」と言ってくれるほどに親密度は高くもなく、チラシを突っ返してくるほどに低くもなかった。

 僕はそう考えて、大和さんを止めようとするが。

 あの子は結構空気が読めない子である。


「はい! ひょっとして入部してくださるんですか!!」

「全然違うわよ!」


 全然空気を読めていない大和さんに、もの凄く困った顔の女子生徒が驚いて叫んだ。

 アカン、これ、何か地雷踏んでる。

 僕と大和さんは何かとんでもない地雷を踏んでいる。

 このままでは、今後におけるクラスメイトの風評も怪しい。

 僕は立ち上がり、こう宣言した。


「僕たちは何か勘違いをしていたようです! チラシを回収します!!」

「ええ!!」


 大和さんが驚愕の視線で僕を見つめた。

 いや、拙い。

 なんか知らんけど拙い。

 僕が宣言した途端、一部のクラスメイトは明らかにほっとした顔でチラシを大和さんに返し始めた。

 なにがなにやら、といった表情のクラスメイトもいる。

 彼にも歩み寄り、心底申し訳なさそうな顔をしてチラシを返してもらう。

 確か、彼は帰宅部であったな。

 考えろ。

 考えるんだ。

 すでに部活に所属している連中は、 なにがしかの『情報』を得ている。

 明らかに文芸部を良い目で見ていない。

 まるでヤクザの破門状が出回っている最中なのに、何故か新人歓迎会を行っている組のように空気が読めていないのだ。

 橘部長、明らかにこれ何か隠してるぞ。

 僕は自分の椅子に戻り、谷垣に向き直る。


「誠にすまんが、説明をお願いしたい。谷垣よ」

「いや、望まれればもちろんするけどさ。先にあちらの対応をした方がよい。多分、俺の手間も省ける」

「あちら?」


 僕は谷垣が顔を向けた方に視線をくれる。

 そこには大和さんがいるが、まるで地響きでも鳴らさんが如く、現れた二人組がいる。

 りこりせ地獄姉妹であった。


「なんか愉快な事やってるって聞いたので見に来ました」

「歓迎してください。小僧」


 なんか面白そうだからで見に来るな。

 お願いだから帰ってくれ。

 100円あげるから。

 心の底からそう思ったが、地獄姉妹は大和さんからチラシを受け取り、それを一読して。

 姉妹揃って苦渋の表情を浮かべ、何やら語り始めた。


「自己の快楽のみを追い続け、暴力沙汰にまで成り腐り」

「度重なる先輩諸兄からの注意温情も踏みにじり」


 なんかヤクザの破門状みたいな文言を並べ始めたぞ。

 それが似合っているから地獄姉妹は本当に怖いと思う。


「サークラ街道まっしぐら」

「私利私欲の数々、犬畜生外道に劣るその行動」


 サークラってなんだ。

 サークルクラッシュ?

 人間関係を壊滅的に悪化させるような行動を、文芸部が行ったと言いたいのか?


「断じて許しがたく、当校部活動一同協議の上で」

「文芸部とは絶縁と致しました」


 ぺこり、と二卵性双生児の地獄姉妹は行儀良く頭を下げた。

 わざわざ僕の目の前にまで来て、そんなことせんでもよろしい。

 嫌がらせか。


「理解できた?」


 小首をかしげ、りこ先輩が心配そうな顔で僕を見る。

 マジで心配そうな顔なのが、なんか腹立たしい。

 眼前で揺れるショートボブにちょっと女を感じて、ドキっとしてしまったことも恥ずかしい。


「ええ・・・・・・橘部長が何かしたんですか?」

「いや、知る限りだとしてない。してないからこそ、文芸部は廃部にまではなってないんだよ。彼女は、通称『サークルクラッシャー橘』には学校側から何の処分も下されてない。新人賞受賞って成果もたたき出したことだしな。それこそ先輩諸兄からの温情処置だよ。マジで何もしてないことが判明したから可哀想になったぐらいだ」


 りせ先輩が答えた。

 橘部長は無実か?

 いや、無実とは言えないだろう。


「そうだな、些か不誠実ではあるな」


 僕の心を読んだようにして、りこ先輩が現実を口にした。

 何があったか知らないが、まあ文芸部は当校部活動一同協議の上で絶縁くらうようなことを、おそらく昨年やらかしている。

 部活動をやっている人間なら、先輩からわざわざお達しがあるレベルで。

 それを黙って、僕たちに新入生の勧誘をやらせている。

 これを不誠実と言わずに何と言おうか。


「というわけで、昼休みにはまだ時間もあることだし行こうか」


 りこ先輩が、僕の肩をぐわしと掴んだ。

 そのまま持ち上げて、無理矢理に僕を立たせる。

 僕は尋ねた。

 

「何処へ?」

「文芸部の部室。アイツ、一緒にメシを食ってくれるやつが何処にもいないから、一人で寂しく部室で弁当食べてるはずだ。学食行っても冷たい目で見られるしよ」


 返答は率直であった。

 そして、なんか橘部長が可哀想になる情報が手に入った。

 不憫度ポイント+1である。

 僕はこの時点で、部長の不誠実に対して少し許そうと考えた。

 それはそれとして、詳しい事情が知りたい。


「昼休み中に終わる話ですか?」

「余裕で終わる。そこまで難しい話じゃないし、放課後に続けても別によかろう?」

「・・・・・・ならば行きましょうか」


 僕と大和さんとで、訳も分からずに橘部長を責めるというのは気分の良いものでは無い。

 事情を緻密に知る、仲介者がいた方がよかろうと思った。

 それがたとえ地獄姉妹と呼ばれる二人であってもだ。


「え、今から行くんですか」


 ガサゴソ、と大和さんは自分のブレザーのポケットにコロッケパンと厚切りシュガートーストを放り込み始めた。

 まだ食事が終わっていなかったらしい。

 この人、下手すれば橘部長の不誠実を本当に最悪の場合は『なじる』ことになる可能性すらあるのに、その場でパンを食べるつもりなんだろうか。

 お腹空いてるのはわかるけどさ。

 なんだろう。

 ビックリするくらい駄目な人しかいない。


「センパーファイ!(常に忠誠を!)」

「ガンホー(協力せよ)! ガンホー(協力せよ)! ガンホー(協力せよ)!」


 具体的に言えば、いっちに、いっちにと歩きつつ。

 何故かアメリカ海兵隊の士気を上げる掛け声を叫んでいる地獄姉妹を見て思うのだ。

 あれ、僕、何してんだろうと。

 少なくとも、この人達に仲間扱いされるほどおかしくないよな。

 多分、クラスメイトの視線を見るに無駄な抵抗なんだろうけどさ、と。

 心の底からそう思うのであった。

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