身長190cmある女の子の話

道造

新学期編

プロローグ


「私の身長は188cmです」


 まるで私の戦闘力は53万ですとでも言いたげに、彼女はそう述べた。

 その身長は普通女性と言うにはあまりにも大きすぎた。

 彼女の胸は大きく、尻はデカく、太腿は太かった。

 その容姿自体は強烈なまでにグラビア体型で美人であることが、その身長における違和感の存在を逆に強めてしまっていた。

 なんだ、明らかにクラスで一番目立つのだ。

 入学したばかりのクラスメイトの自己紹介であった。

 彼女は言葉通り、身長が188cmであると主張している通りに背が高い。

 だが、おそらくは嘘だろう。

 身長170cmに少し足りない『僕』と比較するだけでは、明らかに彼女の背が高いことしかわからないが。

 その、なんだ。

 誰に聞いたというわけではないが、身長190cm超えの大型新人が入ってきたことでバレー部やバスケ部が待望の視線で見つめているのだと。

 彼女のことはすでに噂になっており、僕も小耳にそれを挟んでいた。

 というより、入学式でひときわ一人だけ「見た目通り」頭一つ抜けてるせいで無茶苦茶に目立っていた。

 にもかかわらず身長188cmと、自己紹介で控えめに申告しているのはだ。

 女心なのだろうと思う。

 もう190だろうが188だろうが、そこまで高ければあんまり変わらんじゃないだろうかと思うのだが。

 むしろポジティブにとらえ、スポーツの世界で活躍して欲しいと個人的にはとらえるのだが。

 まあ、逆サバを口にしたいほどの彼女のコンプレックスに触れるほど親しくもない。

 そんなことを考えながら、クラスメイトの自己紹介が行われている。

 僕の自己紹介はすでに済んでいる。

 高校の入学式が済み、クラス分けが行われ、名前順の自己紹介もこれで終わりである。

 後はくじ引きによる座席配置が行われるだけで――ここで問題が生じた。

 

「・・・・・・」

 

 座席変更が行われ、前の席に彼女が座っている。

 高校一年生にして身長190cmを超えているにも関わらず、188cmであると逆サバを自称している彼女だ。

 はっきり言おう。

 彼女の真後ろの座席では視界が遮られ、前の黒板正面が見えぬ。

 高校入学初日にして早速のトラブルである。

 仕方もない。

 すぐに先生に声をかけ、座席変更を申し出ようとして。

 ぴたり、と手を止めた。

 はて、身長の高さをネガティブにしてコンプレックスであるととらえている彼女の目の前で、席を変更して欲しい旨を先生に訴えてもよいのであろうかと。

 妙に気になってしまった。

 この大女の背が高すぎて前が見えませんので、席を変えてくださいと。

 それを口にする度胸がちょっと起きなかった。

 殴られたりはしないだろうかとか、そういう懸念でもない。

 身長コンプレックスを抱える女性を安易に傷つけられるほどに、無神経な男ではないと自負している。

 しかし、言わない訳にもいかぬ。

 僕はスポーツ特待生というわけでもない普通の進学コースの生徒であるからして、学業に支障を来すのは問題といえた。

 どうしようか。

 悩んで。

 悩んで。

 やがて、ふと前の席の彼女が後ろを振り向いた。

 視線が合う。

 頭一つ座高が高い視点からの視線であった。

 じい、と見つめられる。

 彼女が手を挙げた。


「すいません。先生、この座席では後ろの方は黒板が見えませんので・・・・・・」


 悲しそうな声であった。

 体に見合わぬ身をつまされるような声色の、本当に申し訳なさそうな声であった。

 声は小さく、教室の喧噪に消されて先生には届いていない。


「あの、先生・・・・・」


 大きな手をぶんぶんと振り、なんとか注目を集めようとする。

 どんなに小さな声でも、彼女の巨体がそうしていれば先生もやがて気づくだろう。

 それが労しかった。


「大丈夫です」


 だからこそ、僕はそれを止めた。

 そのために声を発するのだ。


「ここからでも黒板が見えています。視界は遮られていません」


 全くの嘘である。

 しかし必要な嘘に感じられた。

 女の子に恥を掻かせることだけは、男として死んでもやってはいけないのだと教育されてきた。


「このままでいいですよ」


 僕はハッキリと、何の問題も無いことを告げる。

 彼女は押し黙って、少しだけ微笑んだ。

 僕の言うことを信じたらしい。

 さて、今後はどうしようかと、まあ黒板正面ぐらい見えなくてもなんとかなるさ、一年間ずっと同じ座席というわけでもないのだからと、そんなことを考えながらに。

 僕はとりあえず笑顔を返すことにした。

 思えばそれが、彼女と僕の初めての会話だった。

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