シュプレヒコール autro 3100文字
絵画という手法で表現する風刺画は、紀元前5世紀前から存在していた。当時の風刺画は、その時代を表す歴史そのものが描かれており、歴史を勉強する一環として見ていた時期もあった。ユーモアを交え、皮肉で彩った絵画は僕にとって、絶景を見るより絶景であった。絶景であったのに。
風刺を風刺する。
いつの間にか自分に、風刺への皮肉がたまり始めていた。ならば風刺を風刺する風刺画を描こうと、画用紙を取り出し、筆を用意した。
白紙が迫り、何を書こうかと案を練った。ネットに頼ることは不可能。自分自身の力で作品を生み出さなければならない。最初に思いついたのは、風刺画を足で踏む少年の画だった。
踏絵。
踏むことができれば、信者ではないとされるあの踏絵。それをアイディアに描いた。描いたのだが、納得のいく作品には仕上がらなかった。自分で自分を皮肉るというテーマが、自分自身を乱してくるのだろうか。画用紙の中の少年が、風刺画を汚している。この作品を反面教師にして欲しいという思いで描いたのだが、これではまるで伝わらないだろう。僕は画用紙を破り捨て、捨てた。
風刺を風刺する。その試み自体はいいと思う。だが、納得するような作品に到達するにはどうしたらいい。何度も、何度も、頭の中の形を変えて試行錯誤する。しかしいずれもド直球で、遠回しの作品は生み出されない。誕生しない。風刺に意味はないという衝撃の事実に、頭が混濁して、まともな思考が働かないのだろうか。甘いものを食べても、甘い考えしか生成されない。これでは、いつまでたっても作品を完成させることができない。
僕はお風呂につかりながら、あることを考えていた。自分はまだ子供だ。社会の大変さを知らないタケノコだ。働いたことがないから、なんとか制度の意味を知らない。知識がない。脳ミソには趣味と、勉強と、あと少しばかりの知識しか詰まっていない。言い訳をするし、ルールは破るし、遅刻はする。そんな子供が風刺画を描いているなんて、笑わせる。
神様にでもなったつもりか。神気取りで、この世界を分かった気のようでいて、何もわかっていない。だから、日本全体を火の海にするという風刺画でもない作品を悪びれもなく見せつけられるのだ。何も知らないのに、あいまいな知識で、全部分かったような気で、神様にでもなった気のようでいて。
「僕は何だ」
風刺画を描こうとした理由は風刺画に心を突き動かされたから。そして、人々の心にシコリを生ませたかったから。あと、この世界を変えたかったから。ミサイルが落ちてくるこの現状を何とかして脱出したかったから。
でも今となっては、それもなくなった。風刺に意味はないと知った以上、もう描く意味もない。風刺を風刺という訳の分からない画を描くくらいなら、もう頑張らなくてもいいのではないか。ミナスケの言うように、綺麗な絵を描いた方が良いのではないか。
チャプン――。スマホが恋しい。閲覧したい、見たい、みちゃいたい。うん、本当に僕は子供だ。液晶と睨めっこする、現代っ子だ。
僕はお風呂から上がり、数年ぶりに綺麗な絵を描いた。でも、僕の筆は黒いままだった。空は赤く。空襲警報の鳴り響きそうな空が、いつの間にか広がっていた。やはり自分には風刺画しかないと思った。風刺を風刺する作品を描いて、人々の心を改めさせる。遠回しで、皮肉で、批判した。そんな作品を描いてみせる。
朝、登校途中、ミナスケの姿が見えた。距離を離して歩いていると、彼の方からこちらに寄ってきた。
「まじ、コータロー、昨日ほんとごめん」
「ああ。いや、こっちこそ、ごめん」
僕は少し驚きながら、そう答えた。童顔な顔が歪んだに違いない。
「俺も実は、そういう、風刺作品好きだったんだ。昔はね。でもあのミサイルで、意味のないことを知って。コータローにもその事を知って欲しかった」
「え?」
衝撃の事実だった。ミナスケが風刺を好きだったなんて。心が軽くなり、憂鬱な気持ちが解けた。聞くと、数年前、SNSに上がった『あの風刺画〔某国から解き放たれたミサイルが、東京へと墜落している様子が描かれた画〕』はミナスケの心を掴んで離さなかったらしい。これで政府も対策を変えるぞ、と前向きな気持ちになった。しかし、本当にミサイルが落ち、何の意味も為さないとわかって、否定派になってしまったようだ。
やはり人々の関心をもう少し、風刺に向けさせる必要がある。正直、風刺界隈はメジャーではない。昨今も『風刺』と聞かれても、何の言葉か分からない若者がおそらくいるのでは。そういう人たちにも、関心の目を向けさせる必要がある。先ずは、風刺を風刺する作品を描く。
学校に入り、クラスに入る。自分の席に着席する。続々と生徒が入室してくる。チャイムが鳴ると、生徒は嫌々椅子に座りながら、先生の到着を待った。僕はノートを開き、アイディアを練った。しばらくして、ガラガラ。二十顎をたぷたぷさせながら、教壇に先生が立った。
「ミナスケ、後で職員室に取りこい」
鋭い目つきがミナスケを突きさす。ようやくスマホが返ってくるようだ。安堵と苛立ちが生み出され、苛立ちだけ振り払った。
ウーンウーンウーンウーンウーン――。
「また?」
僕以外にもそう言っている人がいる。先生はため息をつきながら、言葉を吐いた。
「では、いつものように手を頭の後ろに組んで、地面に伏してください」
昨日と同じ声色。僕は手を頭の後ろに組んで、地面に伏した。真っ暗だ。何も見えない。暗い。怖い。落ちないで。埃を吸いそうになるほど、地面に顔を近付けて自分を安心させる。しかし、どうしてだろうか。なぜこんな状況なのに、他の生徒は平然としているのだろうか。ご飯前に手を合わせるように、手を頭の後ろに組んで、地面に伏している。
「風刺を風刺……」
僕は何を思い立ったか、途中で顔を上げて、席を立った。まだあのポーズを取らなければいけない最中。なのに、関わらず席を立った。それは、本当に風刺作品に意味がないかを調べるため。そしてそこに見たのは、絶景であった。
過半数の生徒が、ポーズを取らず、呑気にスマホを見ていた。
「はは、はは」
乾いた笑いしか出てこない。僕はノートを取り出して、この惨状を早描きした。遠回しで、皮肉で。この光景は、風刺作品に何の意味もないことを、完璧に体現していた。そして初めて、分かった。
風刺をしている僕たちが、逆に風刺されている立場であったことに。
煙のように生まれる苛立ちが、遠回りを覆い隠していく。
銃口を向けられているのに、スマホを見ている場合ではない。他に目を向けないその慢心が、この惨状を招いたと何故気付かない。視野が狭く、好きな事にしか興味を持てないため、知識が偏る。
やはりスマホは人の大脳を停滞させる。ニュースに目を向けず、自分の趣味にしか使わない愚か者がたくさんいる。液晶にばかり目を向けているから、家族との壁が生じる。その結果、大人からのアドバイスを参考にできなくなる。睡眠不足、勉強に集中しない、視力が落ちる。時間を無駄にする。歩きスマホで周囲に迷惑をかける。肩こり、腱鞘炎、吐き気、めまい。
もはや薬物だ。ミナスケもスマホに依存し、抱き枕のような役割を担ってしまっている。だから、時間確認もスマホだよりになってしまっている。スマホを捨てることこそ、最善の選択。人が人で生きるためには、スマホから手を離さなければならない。さもないと、僕の描いた風刺画のような、結果を招く。
僕はスマホを捨てた。ならば君たちも捨てるべきだ。
ねえ、なんでまだ見てんの?
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