シュプレヒコール BMelo 2000文字


 数年前、とある風刺画が世間をざわつかせた。それは某国から解き放たれたミサイルが、東京へと墜落している様子が描かれた画だった。


 その遠回しではない風刺画は、世間からの反感をかった。炎上し、燃え上がった。火の粉を消そうと作成者は謝罪を述べたが、火に油を注ぐ行為となった。そしてそれから一年後、本当に東京にミサイルが落ちた。


 当時、東京で働いていたミナスケの母は、亡くなった。僕は世間に怒りを感じた。あの風刺画を空想の産物で終わらせたゴミどもに。

 お前らがあの画で危機感を持たなかったから、東京は血の海に沈み、大量の死人が出たんだ。

 だから、僕は一年前、危機感を持ってほしいと一枚の風刺画を描いてコンクールに応募した。日本全体にミサイルが落ち、火の海に燃え上がっているというド直球の作品を。クラスでみんなに見せつけた。この作品は必ず最優秀賞に選ばれるぞと。だけど、反応は真逆だった。

『倫理観に反している』『被災者にこれ見せられる?』『もしかしてほかの国のスパイ?』

 怒りに囚われすぎて、遠回しをしなければいけないという風刺作品の基本を忘れていたのだ。去年、同じクラスだった者たちからは今も嫌われ、去年も同じクラスだったミナスケでさえ、変な顔で僕を見つめていた。今思えばあのころから、彼は僕の風刺が嫌いだったのかもしれない。

 

 ウーンウーンウーンウーン――。一度起こることは二度ある。先駆者の言葉が心臓の鼓動を早くさせるエンジンの材料となる。ドクドクドクドク。ミナスケは目を泳がせながらうずくまると、あのポーズを披露した。手を頭の後ろに組んで、地面に伏せる。僕も同様に披露した。海の向こうの観客に……。走行していた車が止まる。おばあさんの話し声が止む。カラスの鳴き声だけが聞こえる。かあかあかあかあ。この滑稽たる光景は、他の生き物から見たらどう映っているのだろうか。

 僕のスマホが振動する。もう顔を上げてもいい頃だろうか。顔を上げると、まだミナスケは地面にへばり付いていた。無視してスマホを見る。『排他的経済水域に落下』という文字を見て、安堵する。&ミナスケに日本の無事を報告してあげなくてはならない。肩をトントンしてスマホを見せる。おそるおそる顔を上げて、液晶画面をのぞき込んでくる。


「なんでいちんちに?いままでこんなこと」

「知らない」


 僕はスマホを手に持ったまま、突き放すように言った。先程、風刺を馬鹿にされて苛立った気持ちが、残っていたのかもしれない。


「……さっきの、引きずってんのかよ。でも事実だろ、お前の絵は醜い」

「意味が分かんないって」


 言うと、立ち上がりながら、僕を見てきた。


「俺は今まで、スマホに救われてきた。サイレンが鳴り響いた後も、スマホでエッ〇スを開いて、知らない人とお互いを励ましあった。でも今日、それらを否定する風刺画を見せつけてきた。スマホの良い所を見ず、悪い所だけを切り取ってこれが正義だと語った」

「違う。スマホを高頻度で使えば、大脳の発達が止まってしまう。あと、自尊心が低くなりがちで、不安傾向も高くなるというデータが出ている」

「大事そうに右手にスマホ握りしめた奴の言う事かよ。矛盾してんぞ。今日、美術に遅刻した原因はなんだ?コータロー?」


 幼馴染の牙が僕の心に食いついた。深い不快な感情が、心からドロドロと漏れ出てくる。


「ミナスケが喋りかけてきたから」

「スマホで、SNSで、何か見てたから。……コータロー。たった一枚の絵で、人間が変わるんなら、もうとっくに変わってる。だったら、綺麗な絵を描いた方がいい」

「何が言いたい?」

「風刺に意味はないってこと」


 僕はそれからどうしただろう。取り敢えずミナスケから逃げたことだけは覚えている。これ以上自分の好きな事の悪口を聞きたくなかった。

 風刺に意味はないと言われて、頭の中で風刺作品を肯定したのも覚えている。



 

 それから、スマホを川に投げ捨てたのも覚えている。



 ポチャン――。皮肉だ。自分もスマホという麻薬に取りつかれていたなんて。学校に持ってくる時点で。ガチャを引こうと思っている時点で。

 僕も同類だ。


 風刺に意味はない。僕はそう思いたくなかった。でもスマホを失ってから、僕の両手が寂しがっていることに気付いて、両腕を切り落としたくなった。

 

 自分であの風刺画を描いたんでしょう。責任を持ちなさい。僕は自分に説教し続けた。でもスマホを投げなければ良かったという後悔が生まれ、大脳小脳を切り落としたくなった。

 

 思えばそうだ。未だにエッ〇スを心のはけ口に使っているツイートをよく見るし、料理を食べ物じゃないと思っている人がいる。炎上騒動は事あるごとに起こり、人が人を不幸にさせるカニバリズムが今もどこかで行われている。


 何も変わっていないじゃないか。そして僕もそのひとり。賞状を受け取る時、子供大人を言い訳にして、本当の気持ちを檻に封じ込めた。


 まるで変わらない。何も変わらない。本当に無だ。


 風刺を風刺する。気付けば頭の中に、そんな言葉が生まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る