八重桜

「君に着て欲しい、君が一番似合う装いを誂えたんだ」

 幾重にも淡い桃色を重ねた花弁。華々しくふわり、優しく広がるそれは、八重の桜。選んだ彼の心情を察するに、私の異能を、それに頼り生きてきた私を、理解してくれている。

 二人だけの約束。

 二人しか知らない夫婦の約束。

「確か君は、これが好きと云ったから」何時だかの悪巧み。白の長外套の三つ揃い。私だけの王子様。

 王子様は、夢のお城へ連れていってくれるの。そして、二人だけの世界。誰にも邪魔されない。

「どう? 初めて着る色だから……」

 治さんが選んだ私への花。

 ふわふわと踊る八重が可愛らしい。

 彼からの最期の贈り物。

「能力名『道化の華』」

 レヱスを載せた手を合わせ、異能を呼び出す。開いた手には青薔薇、瑠璃等綿、青い錦百合の花束。欧州では、花嫁に青い物を何かしら身に着けさせるという。だとしたら私は世界一幸せな花嫁ね。髪も青いし、なにせ旦那様が青を纏う人だもの。

「写真撮る」

 治さんの腕に収まり携帯で自撮りする。誰に見せるわけではないけど、残しておきたい。何だったら、昔撮った疑似婚礼の写真の隣にでも飾ろうかしら。

「治さん素敵」

「卯羅こそ素敵だ」

 幸せを写した写真。抱き締めてくれる彼が、私の手を弄り、その手に口付け、甲を撫で。

「治さん」

「何?」答えながら、治さんが「座ろう」と手招き。私は彼の胡座に座って言葉を続ける。

「私、今凄く幸せなの」

「それは何より」

 私たちの関係を如実に表す指輪。大好きな彼が一緒に居たいと、選んでくれた証。

「愛してくれる人が居るって、とても幸せ。母様に愛され、治さんに愛され。二人の愛情は違うけれど、貴方みたいな人に愛されるって、最上の歓びだと思うの」

 一度も外したことの無い指輪。彼と離れていても、どこかで見守ってくれている、そうやって思うことの出来る指輪。

 凡てを失った洗浄期。その中で唯一喪わなかった貴方。ささやかな結婚申込。「共に居よう」という言葉。あの日をずっと胸に。

「ねえ、もっとお花を飾ろう? 綺麗なお花。いっぱい咲かせられるもの。それに、華々しい方が素敵でしょ? 折角の門出だもの」

 異能で桜の花弁を。あの日には飾れなかったお花。彼の身体に触れるものは消えてしまう。そうだとしても、部屋を埋め尽くすように。

「花言葉は?」

「そうね……八重桜だとしたら……」

 ふっと睫毛を伏せ、笑う。いくつか意味はあるけれど、これが一番ふさわしい。

「私を……」

 言葉が詰まる。脳裏を流れる治さんとの日々。どれも大切。一つ一つの出来事が、どれも宝石のように輝いて、花のように色付いてる。

「私を、捧げる……」

 矢張、貴方に見せたいのは笑顔だから。彼の頚に腕を回す。「そう、私は貴方にこの身を捧げたの。あの日から、これから先も」

 鼻が触れ合う。触れるだけのキス。

 暖かい。彼の体温。求め続けた体温。愛しい体温。これがあれば善い、それだけで充分。

 触れ合う回数が増える。食むように触れる唇。

「……ねえ、誰に誓うの?」

「互いに、だろ?」

 私達だけの空間。何人も邪魔をしない。

 愛し合う二人。

 それだけ。

「君には世話を掛けたね。この先も、そうなるかもしれないが、共に来てくれるかい?」

「私は貴方の世話人であり、妻。至らない部分しか無いかもしれないけど、貴方が御側に置いてくださるのなら」

 花嫁と花婿を結ぶ口付け。私を中心にひろがる花弁。

「花束、誰に投げようかしら」

「誰でも善いさ」

 肩を竦めて答える彼に、そうよね、と笑った。

「治さん」

「卯羅」

 なんて愛しい名前なんだろう。素敵な貴方に、善く合う。貴方を形容するのに、これ以上の言葉は無いはず。

 花束を床に置いて、治さんに抱き着く。

「昔と変わらない。この暖かさが愛しい。治さん、ありがとう」

「卯羅……」

 互いの存在を堪能する。背に周り、髪を撫でる手。私も彼に、同じ様に。治さんが居てくれる。初めての時と変わらない手つき。私の眼を海みたいと、私を大切にしたいと、云ってくれた旦那さん。私の大好きな、一番傍に居てくれた人。

「変わらず愛してる。太宰治の妻として、歩める事を、誇りに思う」

「永遠の愛を君に」

 治さん、愛してる。

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