二日前

「久しいのう。息災だったか?」

 母様と昔から馴染みの甘味処。いつもの餡蜜。

「あのね、今日ね、母様に渡したい物があるの」

「何じゃ改まって」

 持ってきていた包みを渡した。お手紙を添えて。「帰ったら、開けてね」

「随分と大きいのう」

「きっとね、母様も気に入ってくれると思うの」

 きっと、きっとね。そしてずっと持っていてくれるから。忘れないで居てくれるから。

「それにしても珍しいのう、お主から会いたいと連絡を寄越すのは」

「急にね、会いたく成ったの」

「……莫迦なことを考えているのではあるまいな?」

 母様の目が、拷問相手の中身を探るのと、同じ目付きになった。少し跳ね上がった心拍を、落ち着かせるように、お茶を一口。

「何も無いよ。今が幸せなんだもん。治さんと一緒になれて、幸せ」

「お互い頑固よのう。太宰も全く譲らなんだ」

「治さんが?」組織に居た頃、私から母様に、交際を報告した事は無い。多分治さんも。じゃあ、あの夜、迎えに来たのは、知っていてなのかしら。

「お主等が付き合うてる事に気付いた時じゃ。私はあやつに詰め寄った。娘に何をしたとな」

 全く知らなかった。治さんはそんな事、一言も云ってなかった。

「そしたらのう『私達の関係は互いの同意の上だ。姐さんが母親だろうと、何であれ、口出しするな』と吠えられたわ」

「治さんったら」

 初めて聞いた話に、笑いが溢れた。本当、独占欲が強いんだから。

「だが、あいつに預けて正解だったやもしれぬ」

「どうして?」

「私では、卯羅を枯らしてしまう可能性もあったからのう。お主の異能程、拷問に向いた異能もあるまい。だが、それを使い続けたら、お主は折れてしまう。ならば、太宰の元で事務働きをしているが善かろうて」

 とは云うものの。あの頃の母様からは、そう考えるとは思えない。そういう風に諦めを付けたんだろう。

「母様の所も面白そうだったよ? それに、何度かお手伝いしたじゃない」

 母様の部下が手こずる捕虜の拷問。治さんの口車に乗せられて吐くか、私の異能から逃げるために吐くか。楽しかったよ。何回か、吐かせる前に駄目にしちゃったけど。でもどれも母様や治さんを、引いては森先生を侮辱した奴だもの。正に万死に値する。

「あれで人間の耐久度を知ったと云うか……」

「実習教育、といったところか」

 母様は何でも無いように、お茶を啜った。

 それから暫く、どうでも善い、夕飯の話とか、最近あったこととか話していた。

「そろそろお夕飯作りに帰らなきゃ」

「全く、あの男はまだ卯羅に凡て任せているのか」

 最後まで母様は治さんのことを怒ってた。何時も通りで安心した。

 名残惜しいけど、これ以上は治さんを待たせてしまうもの。

「卯羅や、達者でのう」

 涙を堪えて、笑って。

「うん! 母様も、元気で居てね!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る