六日前

 それから暫く、私達は休みを取った。

 ただ好きな事をするために。

 うずまきに寄って、いつもの珈琲。

「太宰ちゃん、暫くお休みするんだって?」

「そう。新婚旅行もまだだしね。とはいえ、温泉ぐらいしか行く気にならないけれど」

 おばちゃんの情報は早いなあ。珈琲と紅茶。はあ、落ち着く。

「式はしたのかい? 卯羅ちゃんだって、白無垢着たいだろう?」

「そうねぇ……きっと治さんは素敵なの着せてくれる」

「おや、責任重大だねぇ」

 思い出される飾り気の無い挙式。私と彼女、そして証人だけ。あれから何年経ったのだろうか。あの診療所から何年だろう。私を映し続けた瑠璃の瞳。その深い海に魅入って此処まで共に来た。

「……なあに?」

「こうやって卯羅の眼を見ていると、入水してるみたいだなあ、って」

 頬杖を付いて、少し体を前に乗り出すと、やめて、と眼を伏せた。睫毛、長いなあ。

「その眼に惚れたのだよ? ねえ、見せておくれよ」

 見れなくなる前に。焼き付けておきたいんだ、その瑠璃に反射する自分を。

「ねえ、この後は何しましょう?」

「焦らないでよ。時間はたっぷりある」

 昔訪ねた所を巡ったって善い。公園でただただ空を眺め、風に触れるだけでも。

 何だって善い。二人で過ごせれば、それで満足なんだよ。

「ねえ、おばちゃん。この辺で美味しいお弁当食べながら、お花見できる所ってあるかしら?」

「お弁当だったら、私が作ってあげるよ。この間、太宰ちゃんが珍しく、ツケの精算してくれてねぇ。近く槍でも降るんじゃないかって笑ってたのよ」

「いつも御迷惑をおかけして……」

 善いのよ、愉しいんだから。と笑いながら、弁当を作ってくれた。それを携えて、三渓園を目指す。

「桜って何で毎年見たくなるのかしらね」

「咲き、滅ぶまで美しいからじゃないかな。ほら、滅びの美って、この国にしか無い感性って云うし」

「私、桜って使ったこと無いかも。花吹雪すると、色々混ざっちゃうし」

「柊で防御堅めた時は驚いたよ」

「適材適所」

 その花に触れられたら。どんなに切に願っても叶わない。だったら、彼女が花に成れば善い。本当に花の精に。そしたら、私が可愛い小さな洋燈に入れて、愛でてあげようね。

 攫われる前に、攫ってしまえ。その笑顔も、伸ばしてくれた手も、全部私のものだから。

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