第41話 おっさん、ザイオンをテコ入れする④

「師匠、さっきまでぼーっとしてたけど何かあった?」


「うん、ああ? 少しな」


 片付け中、ヨルダに話しかけられて洋一はことの経緯を語ることにした。


 ダンジョンの最下層に至り、ボスは不在だったためにその場で宴会を始めた。

 その時に自分の身に何が起こったのかの説明をヨルダに行う。


 八咫という管理者からの呼びかけ。

 エネルギーの総量が増えたという感覚と共に託されたペンダント。

 それは不規則的な六面帯で、宝石を中央に吊るした形状をしている外装の合わせ鏡だった。


「何それ、キモッ」


「そう言ってやるなよ。どうもこれは八咫烏の姿見輝くトラペゾヘドロンと呼ばれるもので、凝視すると過去に縁を繋いだもの達の景色が見える代物らしいんだ。そう悪いことばかりじゃないさ」


「え、じゃあヨーダ姉ちゃんが今どこにいるかわかるの?」


「そういうことだ。見た目は確かにグロテスクだが、要は扱う人の気持ち一つだろ。包丁もそうだ、調理に使えば美味しい料理が。人を害するのに使えば凶器になる。これも正しく使ってやればいい」


「だね」


 ヨルダは自分で気持ち悪いといっておきながら、すっかりその見た目で嫌悪感を抱いていた自分を恥じた。

 師匠である洋一が、見た目では誤魔化されないよう心がけてるのに、自分が惑わされてはダメだろうと悟ったのだ。


「で、これをうまく使えば、合流も容易い。これで目標も立てやすくなる」


 自分で言うのもなんだが、ヨーダはひとつ所にじっとしているタイプの女性ではない。攫われても自力で抜け出てくる、アグレッシブさを併せ持つ。

 いつの間にか学園を卒業し、そしてザイオンに向かった。


 同じザイオン大陸にいるとはいえ、ダンジョンの中では外と異なる時間が流れる。

 どこかですれ違ったら、あっという間に見失う予感があった。


 そんな時、こいつが役に立つと洋一は確信していた。

 そこへ、シルファスが血相を変えてやってくる。


「今八咫烏の姿見輝くトラペゾヘドロンって言わなかったか?」


 すっかり第一王子派閥や第二王子派閥の愚痴り合いに参加して気を良くしてきたシルファスだったが、ゲームで得た知識だろう。

 どうしてその名前がここで出てくるのかって顔をしていた。


「ああ、その様子だと例のゲームで?」


「ああ、本来ならこの聖剣と同様に選ばれた存在にのみにしか反応しない特殊アイテムで、要はシナリオ進行に必要なものなんだ。今回聖女が覚醒しなかったから、そのアイテムの出番はないものかと思っていた。だからここで名前を聞いて、驚いたんだよ」


「え、これ聖女用のアイテムなの?」


 どうして自分が?

 聖女とはかけ離れた存在であると言う自覚しかない洋一。


「俺の知っている鏡と見た目が違うが、名前は一緒だ。もしかしてこれはダンジョンに封印されていた妖精からの贈り物だったりしないか?」


「声が聞こえたんだ」


 洋一は八咫との邂逅をそれっぽく伝えた。

 本当は迷宮管理者とのやりとりだったが、シルファスはそれで納得してくれた。


「なるほど。ストーリーとは違う要素がこの世界にもあるかもしれないですね。ここはゲームと同じ世界じゃない。洋一さんはどこかでフラグを立ててそうだし、それ関連かもしれないな」


 フラグという意味では心当たりしかない洋一である。

 むしろ魔王と聖剣、聖女とか何それ? とさえ思っている。


「で、それの本質は姿が見えるだけじゃなく、俺の聖剣と呼応してその場所にジャンプすることができるんだ」


「え、すごくね!?」


 話を聞いていたヨルダが驚く。

 そこまでは八咫から聞いていた通りか。

 しかし、発動条件はこれまたイベント進行でのみと言うものであり、その時に必要となる『エネルギー』なる要素に心当たりがないとのことだ。


 そのエネルギーにめっちゃ心当たりがある洋一。

 なんなら元の世界で一番世話になった要素である。

 なので、謎のエネルギーどころかもっと身近にある要素であると説明した。


「そのエネルギーなら、俺が加工した飯を食うだけで溜まるけど?」


「えっ」


「だからもう十分貯まってるんじゃないかって前提で話を進めてたけど、シルファスさん的には何かまだ懸念案件があったり?」


「あ、えーと。本当にそれだけで貯まるのか?」


「試してみる?」


 鏡と聖剣。

 それは二つ揃って初めて一つの神具となる。

 縁を繋いだ相手の場所にテレポートする。

 必要となるエネルギーは一度に10万。


 どこかで聞いたことのある数字である。

 あ、これは……いや、言うまい。


 アンドールダンジョンで交わした仮契約。

 それを洋一の屋台に結んだ。

 全く同じものをこのアイテムひとつで無作為に行えることを考えたら、とても有用ではあるが、こんなものを使わなくったって飛べる手段があると知ったら凹みそうだ。


 だがしかし、現状向こうから飛んで来る気配はない。

 そう言う意味ではこれに頼るのがいちばんの近道だった。


「じゃあ、飛ぶぞ」


「いつでもいいよ」


「ワクワクしますね」


「みんな呑気だなぁ」


「キュウン!」

 

 片付けを終え、全員にダンジョンの外に出る用意を済ませたか確認してから洋一達は全員揃って目的地まで飛ぶ。

 しかしそこで合流したヨーダ達は、こちらを探しているどころか、何か大きな野望に巻き込まれていた。


 いや、巻き込まれていたと言うより……正しくは周囲を巻き込んでいた。

 内訳を聞いてみれば、


「ええ!? アーサー王子に喧嘩をふっかけてシルファス派閥を王位継承争いの神輿に乗せただって!?」


 それだけでなく、今までに二つの町を縄張りに収めて、その二つは第一王子派、第二王子派の一等地だというのだから驚きだ。

 要は真正面から喧嘩を売り、勝ち越したのである。


「悪かったって。まさかシルファス様が舞台から降りてるっておもわねぇじゃん」


 悪びれる様子もなく、起こってしまったことだと開き直るヨーダ。

 いつも通りと言えばその通りだが、あまりにも突飛に過ぎた。


「確かにミンドレイにいる時までは王位継承争い真っ只中で、継ぐ気ではいたがな」


 まだザイオンに渡る前だ。

 ヨーダ達も学生で、それから情報を更新していなければ、そう思ってしまっても仕方ないだろう。

 そこで親切なヨルダがシルファスが正式に王位継承権を放棄したる通を述べた。


「実は兄ちゃんな、本当は姉ちゃんだったらしくて……ザイオンの王家は女性に権利がない国らしくてさ。で、真実を知った兄ちゃんは王位を諦めて俺たちと一緒に活動することになったんだよ」


「はへぇ」


「まぁ、ヨッちゃんのことだから横暴な態度でこられて反抗したんだろ?」


「バレた?」


「そりゃ。何年の付き合いだと思ってんのさ」


「へへ。ポンちゃんには敵わねえや」


 鼻の下を人差し指で擦るヨーダ。

 全く反省の色は見えないが。

 何か悪いことをした意識がないので仕方がないともいえた。


 彼女はいつも巻き込まれる側なのだ。

 自分から喧嘩をふっかける時は、それなりに鬱憤を溜めて体と知っている洋一である。


 その横で、ティルネが久しぶりの姪っ子を労っている。

 旅の仲間がヨーダで気苦労が絶えなかっただろうと心配していた。


「本当に、トラブル続きだったようだね、マール」


「いいえおじ様。ヨーダ様が破天荒なのは今に始まったことじゃないですから」


「おいこら、それはどういうことだ!」


 マールに対して怒ってみせるが、そこまで怒りをともしていない。

 これが彼女なりのコミュニケーションなのだ。

 口下手っぽい彼女が、貴族コミュニティの中でヨーダの手助けを受けて今までやってきた。


 洋一もまた、ヨーダに助けられてきた記憶がある。

 なのでマールの気持ちもわかるのだ。

 見た目こそ破天荒だが、その人の嫌がることはしない人であると。


「こうやって、男気を振り翳してくれるので、私は私で動きやすかったですしね」


「はは、さすがは私の姪っ子だ」


 この叔父にしてこの姪あり。

 ティルネが暗躍を生業とするように、表で暴れるヨーダの裏でマールもまた情報を収集していたようだ。


 そのデータを鑑みて、ヨーダは再び洋一に向けて提案をする。


「今、オレ達の傘下にアーサー王子がいる。シルファス殿下、もしあんたにその木があるんだったら、王位取れるぞ?」


 その提案に、シルファスはたっぷり悩んだ末に口を開いた。

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