第41話 おっさん、ザイオンをテコ入れする⑤
シルファスは、はっきりとした口調で述べた。
「ありがたい提案だが、今俺は自分がやりたかったことがはっきり見えてきてるんだ。むかーしぼんやりと抱いてた王様の席に興味はないね。そして国に縛られるってことは新しい夢を手放すってことにもつながる。誰がそんな勿体無い真似するかよ」
「そっか」
ヨーダはあっさり引き下がる。
「じゃあ、どうするんだ?」
「今王様になりたがってて、とても血気盛んにザイオンを根本から変えたがっている奴になら心当たりがあるな。そいつに任せてみるってのはどうだ?」
シルファスは即座に代替え案を持ち出した。
ゼスターのことだろう。
実力は伴わないが、今ザイオンの中で最も王位に近いアーサー王子を手駒につければ勢いは増すはず。
「そいつに頼めば万事解決?」
「さてな。俺は国の運営にとんと関心がない」
「ポンちゃんらしいっちゃらしいけどさー」
「それでもなんとかしちゃうのが師匠だからな!」
ザイオンがこれからどうするべきかなんて振られても困ると洋一。
しかしヨルダはそんなそぶりでアンドールを変えてしまったのを実際に見てきた。
「ええ、上手い方に転がるでしょう、今回も」
ティルネも同様に。
洋一の食事の腕でザイオンの食事事情を根本から変えることを疑ってない。
「おじ様にそこまで言わせるほどですか?」
「マール。恩師殿をそこら辺の一般人と比べてはいけないよ。彼の方は神様が我ら一般貧民に遣わしてくれた神の化身と受け取っても過言ではない」
「そこまでなんですね! おじ様共々よろしくお願いします!」
「やめてくれ」
過言だろう。洋一は身内がとんでもないことを口にして、即座に訂正した。
マールがすっかり信じ込んでしまったじゃないか。
「いよ、現人神」
「ヨッちゃんだって似たようなもんだろ? 学園でも大暴れしたんじゃないか?」
「オレは可愛いもんだよ」
「あれを可愛いで済ませられる時点でどっちもどっちですけどね。普通、一般生徒があそこまで王族の中心部に入り込み、王宮魔導士の地位に立ち、ルード王子の護衛役まで引き受けられますか?」
「オレだったら無理」
マールの質問にヨルダが即答する。
マールは学園のことしか話さないが、ヨルダは実家でどのような仕打ちを受けていたかまで知っている。
そこを乗り越えた上で尚、学園行きの片道チケットを手に入れることに成功したのだ。
「そういえば、ヨルダ様が本物のヒュージモーデン家の令嬢でしたわね」
「うん。そっちが偽物なんだよね。で、オレはそんな家が嫌で出ていって、そんでもって現実はもっと厳しいんだって身に染みてる口」
「出て行かれるほど家族関係が冷え込んでいたと?」
マールはヨーダとヒルダが仲良しすぎて理解が追いつかないと言う顔をした。
「貴族社会で【蓄積】の加護持ちがどんな扱いを受けるか知ってるでしょ? オレは、そこで義母の連れ子だったヒルダに服もアクセサリーも家督も奪われて迫害されて生きてきたんだよ。その状況からひっくり返したそこの姉ちゃんは端的に言って化け物だと思うんだよね。主にメンタルが」
「まぁ」
「はっはっは。言われてるぞヨッちゃん」
「いや、食事制限はともかく、おしゃれなんかしたことねーし。魔法関連は努力の賜物っしょ。実際、オレだってポンちゃんと出会う前まではただの魔法使いに過ぎなかったんだぜ?」
「そうやって最終的に俺をヨイショする流れを作るのやめないか?」
「え? 振りかと思って」
「ないない」
「洋一様はヨーダ様もヨルダ様も救ってしまわれていたんですね!」
話を鵜呑みにしたマールの瞳がキラキラと輝き出す。
「言わんこっちゃない。マールさんが誤解してしまったぞ?」
「はっはっは。誤解ということもないでしょう。恩師殿と一緒に行動すれば、学びが非常に多い。そこで何かを学ぶことで我々は成長してきた。マールは何を掴み取るんだろうね。私はそれを非常に楽しみにしてるよ」
「オレは?」
ティルネとマールが二人きりの空間に入り込んでしまった。
そこに、成長し切ったヨーダが誰か自分の伸び代も見出してと甘えてくる。
「ヨッちゃんは勝手に成長した第一人者みたいなもんじゃないか」
「ま、好き勝手生きてきた覚えならある」
と、いうことで話はまとまり。
一同は酒場で歓談中のゼスターに突撃した。
無論、距離が離れているので再び銀の鍵を使ったのである。
これらのアイテムは鍵と鏡。
双方からエネルギーが10万持ち出されるのもあり、鏡に対して鍵のエネルギー総量が低すぎることが浮上した。
洋一の総量が高過ぎて、まだまだ余裕があるのに対しシルファスの鍵は妖精の加護という名のダンジョン契約回数が甘いために起こる弊害があった。
そうポンポン使わせないぞ、というお約束なのかもしれない。
ゲーム設定には明るくない洋一だった。
「お、随分と大所帯でオレに何か用か?」
「うん、ここでする話じゃないから食事を終えたらでいいかな?」
「なんだろ? 酒場で気軽にできない話?」
「まさか、ザイオンをうまくまとめる案が出てきた、とか?」
「ははは、ないない。上の兄貴達が国を諦めない限り、オレに権利が回ってくることはないよ。それよりティルネさん」
「何かな?」
「オレの腹はすっかりエールよりあれに夢中になっちまってる」
「あれ?」
ゼスターのあれという言葉に、ヨーダが食いついた。
エールの代わりになるものと言ったらノンアルコール飲料ではないだろう。
酒のはうるさい女だ。
「ビールだよ。キンッキンに冷やした」
「ビールがあんのか! さすがだな!」
「ははは。私など大したものではありませんよ。むしろ率先して学びに行く恩師殿を見て、私もこのままではいけないと感化された結果です」
「ジーパ酒も作っちまうよな、おっちゃん」
「ジーパ酒って?」
「日本酒みたいなものだよ。濁り酒、酸味を抑えた濁酒かな?」
「まじか! それまであるのか。おっさんは和菓子の人だとばっかり思ってたぜ」
距離を詰めながら、ヨーダは手ぐすねを引いた。
ここまで遜る姿は初めてみる。
相当気に入られてしまったようだと悟りながら、ティルねは「恐縮です」と締め括った。
「それと旦那、今ここにいる連中にチーズの紫蘇揚げを食わせてやりたい。魚とごま油、塩、ネギを叩いた生肉をたっぷり乗せてな」
「俺は構わないが、店の許可は取るべきだろう」
「オバちゃーん、これから飯を振る舞いたいんだけど、そのメニューは一般に出回ってないんだ! この人なら作れるんだけど調理場貸してくれるー?」
「なんだいあんた。うちの料理が口に合わないってのかい!」
酒場の店主が顔を真っ赤にして出てきた。
酔っているというわけではなく、怒りで真っ赤になっているのだろう。
「ちげーんだよ、オバちゃん。この人は世界各国を巡って各地の料理を覚えて回る料理人なの。ダンジョンで一緒になった時にその料理を振る舞ってもらったんだけどさ、こいつが美味いのなんの。オバちゃんも真似できるし、この酒場も盛り上がるからさ! どう? 材料費諸々はオレが受け持つし」
「まずかったら承知しないよ?」
「それは絶対にない。生肉大好きなアーサー王子派が絶賛してたからな」
「第二王子派の方も絶賛してましたよね」
「本当かい?」
店主は目を丸くした。
第一王子と第二王子では食の好みが逆方向に違う。
メニューを考えるのが面倒で仕方ないと思うのはこの酒場に限らないようだ。
そこかしこで味についていちゃもんをつけては喧嘩が勃発するからだ。
ザイオンはそこかしこで喧嘩が起きるが、特に起こる原因は食事にあった。
絶対生肉主義派の第一王子。
肉は加工すべきであるという第二王子。
この二人の派閥が顔を合わせるたびにいちゃもん合戦が始まるという。
「で、調理場を借りてもいいかい?」
「味については誰よりもうるさいよ?」
「大丈夫さ。各国のお墨付きをもらった上で囲い込みを全部蹴っ飛ばした人だぜ?」
「なんだい、それは」
「ははは。なんでしょうね」
ゼスターの煽てに洋一は乾いた笑いを浮かべながら厨房へ。
必要な材料を揃えて調理を開始した。
すぐ横で見ていた店主が「そんなモノで本当にうなりをあげるのかい?」と疑わしげな目で見ている。
まずは最初に第二王子派が好みそうな揚げ物が振るわれる。
しかしそこには肝心の肉が入っていない。
「肉を入れなきゃ、第二王子派は納得しないよ?」
「こいつはね、器なんです。食べてみます? 調理に携わっているのなら、これの役割がわかるはずだ」
洋一は試食を勧めた。
店主は眉を顰めながら口に入れる。
「へぇ、これ自体が一つの料理になってるね。ザクザク、ガリガリと非常にか見応えがある。肉との食感も心地いいね。それと中に入っているのはチーズだ。こんな高級品、うちみたいな安飯を扱ってる酒場じゃ扱えないよ?」
「だからこのサイズなんです。これはチーズを味わう料理じゃありません。あくまでも風味づけ。肉にアクセントをつけるための工夫です」
「なるほどね。齧った時にちょっと味気ないと困るからね」
「ええ、そして器の熱が冷めたら、これを乗せます」
洋一は合わせた調味料に漬け込んでいた生肉と生魚のミンチをそこに和えた。
「肉の他に魚も? これで第一王子派は納得しないんじゃないのかい?」
「これは実際に食べてもらえれば」
「じゃあ、いただくよ」
店主は恐る恐ると手に取って、まずは和えた肉のミンチを口に含む。
「あれ、いうほど生臭くないね。ごまの風味がニオイを消したのかい?」
「はい。つけ合わせた醤油という調味料も相乗効果を生み出してます。そして器も食べ勧めてみてください」
「言われなくたって」
口の中で旨みが凝縮した肉が暴れ出した。
そこにザクザクとした揚げ物が入り込み。
それぞれが異なる食感を生み出して、咀嚼するたびに新たなる味が生まれた。
「おいしいね! これは正直この料理に対する偏見を持っていた私の目を覚まさせるのにふさわしい逸品だよ!」
「ちなみにこれ、生をトッピングすることで第一王子派。器に包んで一緒にあげるのを第二王子派と分けて扱います」
「材料は一緒かい?」
「はい。器だけ揚げるか、器と一緒にあげるかでの違いしかありません」
「いいね、気に入った。あんた、手伝いな」
洋一は見事味覚で合格をいただき、その日は酒場での新メニューを振る舞う手伝いをした。
ヨルダは特定の野菜。
ティルネは合わせ調味料。
シルファスは合間にお好み焼き屋たこ焼きを販売し。
ヨーダはビールやジーパ酒を適温で配膳。
マールはゴールデンロードで培った配膳技術でテーブルへ料理を運んだ。
洋一の発案したメニューは瞬く間にザイオン全土に広がった。
食の好みが激しいザイオン人も唸るほどの味の融合は、今までちょっとしたことで諍いあっていた両陣営に深刻なダメージを与えることになっていた。
「それで、ゼスターさんに頼みなんだけど」
「え? 今更」
確かに今更だろう。
何せ料理を振る舞ってから一ヶ月ほど、ゼスター陣営として行動を共にした洋一からの提案だ。
すっかり第四王子派として定着した頃への呼びかけである。
「実はうちのヨーダさんが、アーサー王子を軍門に入れたけど、本人はシルファス殿下を担ぎ上げるつもりでいたんだよ」
「え、兄貴は王位継承権捨てたんじゃなかったっけ?」
「捨てたよ」
「じゃあ、どうして?」
「それはオレが捨てていることを把握してなかったからだな」
「ヨーダさんはとても思い込みが激しく、口を出すより先に行動するタイプでね。話を通す前にもう行動してた」
「うーん。なんという行き違い」
「褒めんなよ、照れる」
褒めてはいない。しかしこれくらいのポジティブさだからこそ、成し遂げてきた功績が山のように積み上がるのだ。
「で、オレにアーサー兄貴の手伝いをしろって?」
「いや、よかったら軍門をそのままあげるから采配してみないかって。すっかり内で支給してる飯に夢中だし、いい機会かなと思って」
「うーん、話が急すぎるんだよな」
「ちなみに、第二王子派も懐柔済みです」
「え、いつの間に?」
洋一は屋台にぶら下げてる鈴を取り出した。
「これこれ、こうで」
「うわぁ」
そこにはシルファス風にいうと相当に入手条件の厳しいレアアイテムの宝庫で。
洋一が気に入られた人物は先代国王時代からザイオンを見守り続けてきた偉人ばかりなのであった。もうそれを持っているだけで勝ち確。
王位は目前といったところである。
けれどゼスターは、首を横に振って鈴を洋一に突き返した。
「こんなん貰えないよ。むしろせっかく旦那を信じて分け与えた鈴を他人に簡単に渡しすぎだってば。こういうのは自分で勝ち取らなきゃ意味がない。ザイオンは武力や礼儀を何よりも重んじるからな」
「礼儀に関しては思うところがあるが?」
「それは……」
今のザイオンはどこかおかしくなった。
昔はこうじゃなかったと弁明するゼスター。
兎にも角にも、洋一達は向かう場所ができたからと鈴と第一王子の軍門をゼスターに押し付けて、逃げるようにザイオンを後にした。
一瞬の出来事である。
瞬く間に姿が消えたと思ったら、王位が目前まで転がり込んできた形だ。
「こんなの貰ってどうしろってんだよ」
「洋一さんはリーダーを後押ししてくれたんですよ」
「いい加減、自分が垂らしであることを認めるべき」
「そんなの初めて聞いたってばよ」
ゼスターは一人項垂れる。
誰よりも野望は大きいと自負していた。
しかし道半ばという自覚と、己の無力さをこれでもかというほど嘆いた。
今の自分が王になったとて、たみはついてきてくれるのか?
そんな不安が胸中より溢れ落ちるのだ。
「まぁ、なるようにしかならないんじゃないですか?」
「そう、ダメで元々」
「そうだな、せっかく信用してもらえたんだ。やるだけやってみっか」
仲間から応援され、ゼスターは前を向く。
ザイオンの歴史上、最も優しい王様の誕生の瞬間であった。
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