第41話 おっさん、ザイオンをテコ入れする③
「お前か、シルファス派を名乗る商人というのは!」
「なんすか? 突然」
それは突然起こった。
周囲では噂話をするように、声を顰める獣人が複数。
それを聴きながら、荒くれ者のような男たちがあっという間にヨーダとマールを取り囲んだ。
質問はシンプルに。
第三王子派かどうか。
それに頷けば、あとは手早かった。
「どうやら間違いないようだな。アーサー様に楯突く不埒ものだ、即刻捕らえよ!」
「ハッ!」
魔法の道具でも使ったのか、瞬く間にヨーダとマールの体を捕縛し、転がされる。
ここで逃げ出してもいいが、どうやら敵はこの獣人たちだけではないようだ。
すぐに捕捉されるのは目に見えていた。
今日商売をした客の中に、他の派閥の支援者がいたようだ。
ヨーダは素早く周囲に目配せをして、逃げ出すための算段を働かせた。
実行するなら、ここは少し場所が悪い。
「くそっ、詐欺を働いていたのがバレたか? どれだ?」
牢に繋がれるなり、ヨーダは鬱憤を晴らすように壁を叩いた。
捕まった理由は、身に覚えがありすぎて絞りきれない。
それくらい獣人を騙して金品を掠め取った覚えがあった。
この女、最悪である。
否、最悪なのはこの国の承認も同じ。
先にやられたのでやり返した。
それだけだ。
「違うと思うよ?」
しかしマールはヨーダの罪状を否定する。
付き合いの長さゆえ、何を考えているのか手に取るようにわかるからこそ、投獄されたのは犯罪じゃないと口にする。
「マールは何か心当たりが?」
「向こうはアーサー様って言ってたよね。それって確か第一王子の名前だよ。今ザイオンでは王位継承戦の真っ最中だって話だし、それぞれの派閥が率先して他の派閥の足を引っ張ってるんじゃないかな?」
「しょーもな」
ヨーダの感想は尤もだ。
実力を示すのなら、大勢の前で正々堂々とすればいいのに。
それがザイオンという国のやり方だと。
この大陸に割ったってからこれでもかと見てきた。
「多分私たちは他派閥への牽制、見せしめにされたんだと思うんだよね。今からアーサー陣営に鞍替えしたら釈放するとか、そういうお話があるんじゃないの?」
「でも第一王子派って生肉万歳運営だよな?」
「うん、私はちょっと苦手かな」
「オレも。歯磨きしても匂いが取れないのがな」
そこだ。生は非常に上手いが反面、臭み消しが必要なほど独特な匂いが口の中に染みつく。
よそ行きの時に口臭チェックを気にするミンドレイ貴族において、少しどころではない不快感が常にまとわりつくのは年頃の令嬢にとっては致命的だった。
「で、マールの開発してくれたこれが、非常に売れたと」
ヨーダはポケットから取り出したボトルを手に取る。
「ヨーダ様に言われた通りに配合しただけなんですけどね。思いの外、ザイオン人も口臭問題を気にしていてびっくりでした」
洗口液である。
これが売れたのを皮切りに、ヨーダたちは商売を始めた。
とはいえ後ろ盾もいない状況じゃ販路を開けない。
そこでシルファスの名前を出して、今こうしてシルファス派閥の名前が広がったというわけだ。
広がりすぎて目をつけられて投獄されるまでがセットで。
「で、穏便にここを出るにはどうしたらいいと思う?」
ヨーダが告げる。
ちなみに穏便じゃない方法なら片手で数えきれないくらいある。
「このまま脱獄すると、シルファス殿下にご迷惑かけそうですね」
「あー」
すでにこれ以上なく迷惑をかけているのに、まだ迷惑をかけるとなるとヨーダも少し戸惑ったようだ。
そこへ、
「出ろ。アーサー様がお前たちにお話があるそうだ」
屈強な兵士が釈放を促す声がけをしてきた。
ヨーダたちはそれに従って、話を聞くことにした。
「お前か、シルファスの名前を語る不届き者は」
「不届きものとはどういう?」
「返事を許可した覚えはない。教養のない人間なのか?」
チッ。
内心で舌打ちし、ヨーダは黙りこくった。
「まぁいい。あの愚弟は王位継承権を自ら辞退した。だからどれだけシルファスはを名乗ったところで無駄なのだ。誰に騙されて、担がれたか知らんが、無駄な努力ご苦労だったな」
アーサーと名乗るライオンの獣人は、嘲笑しながらヨーダたちを見下ろす。
返事の許可はとってない。
ありがたいお話というのはどうやら一方的にされる話を聞けということなのだろう。
「だが、王族の名前を騙った罪は重い。本当ならその命をオレに捧げるのだが、お前たちの強さは十分に理解した。俺の戸外を随分と痛めつけてくれたそうじゃないか。そこでだ、特別に俺の軍門に降れば、この罪を帳消しにしてやる。どうだ? 悪い話じゃないだろう」
ヨーダは軽く挙手をする。
「返事をする許可をやろう」
許可をもらったと同時に、ヨーダは唾を吐き捨てた。
「あいにくと、オレは自分より弱い相手に下る趣味は持ち合わせてないんだわ」
「ほう、どうやら命が惜しくないと見える。おい!」
周囲の獣人たちが、ヨーダ達を囲う。
どうやらここで集団リンチでも始めるつもりのようだ。
ヨーダ達は今男装しており、そして頭にはネズミのつけ耳をしている。
ザイオンの中では珍しいネズミ人。
その数は少ないが、雑食に負ける肉食じゃないとアーサーは余裕顔だ。
「バカな小鼠だ。獅子様のお話を飲み込んでいれば良いものを」
「マール!」
「はい」
パチン。
それは手を合わせるだけで響く、最低限の音。
しかし今はそれだけで十分。
紡がれるは幾重にも展開された魔法陣。
それが熱を帯びて渦を巻く。
「魔法! 貴様……ザイオン人じゃないな?」
飛びかかってくるザイオンの民にいつの間にか開錠した足枷で回し蹴りを決めるヨーダ。その表情は三日月を描くほどに歪められ、魔法の炎がついにヨーダの手枷にも及んだ。
誰よりも自由を望んだ獣が、今完全に解き放たれた。
「戦争か。いいだろう、かかってこいよ肉食獣。雑食の底力を見せてやる」
ぱんっ。
両手を合わせる。
ヨーダを中心に展開される数百、数千の炎の魔法【火焔槍】。
ぐりっ。
手のひらが捻られ、魔法に回転が加わった。
ぐっ。
両手を左右に広げ、さらに拳を握り込んだ。
その場にとどめられた魔法が、待機状態だった魔法が一斉に解き放たれた。
ヒュカカカカ!
服が、体が壁に縫い止められる。
一瞬にして取り囲んでいた獣人は鎮圧された。
ヨーダはまだ止まらない。
体を逸らせて、相手のガードのさらに下から抉るようなアッパーを叩き込む。
もちろん、ただの攻撃ではない。
「ふっとべ!」
そこに初級魔法の【風】と中級魔法の【炎】、上級魔法の【嵐】を混ぜた爆発を生み出した。
ネズミ獣人ならではの背格好から繰り出されるものとは思えない膂力で、アーサーは壁に激突するだけでは威力を殺しきれず、壁もろとも建物の外に吹っ飛ばされた。
「さぁ、喧嘩だ喧嘩。シルファス派はアーサー王に喧嘩をふっかけた! 耳あるものよ聞け! 我々シルファス派閥は生肉食文化に終わりを告げる派閥である! 今の食生活に悩みあるものよ集え! オレが、シルファス様がその望みを叶えてやる!」
民衆が、アーサーに力で真っ向から喧嘩を仕掛けて吹っ飛ばしたヨーダに降りそそぐ。恐怖政治の到来を晴らす、嵐のような存在の到来を、どこか待ち望んでいたように賞賛した。
「ヨーダ様。ここまでことを大きくしたら後に引き返せませんよ?」
「えー? オレは売られたケンカを買っただけだぜ?」
むしろ後のことはシルファスが責任を負ってくれる。
あとは適当に追っ手を撒けばいいんじゃね? くらいにヨーダは答えた。
「うーんいいのかなぁ?」
「それより、反抗分子は全滅した。あとはそうだな、何かつまめるものが欲しい」
「だったらお昼ご飯にしましょうか」
「いいね、マールの餃子好き」
「まだまだ、ゴールデンロードの店長ほどじゃないけど」
「オレは料理できないからなー」
「一緒に覚えましょうよ。できないわけじゃないんでしょ?」
「やーだー。オレは一生味見係をしたいのー」
「なんでこの人、やればできることを他人任せにするんだろう。まぁ、美味しく食べてくれるからいいけど。今日は焼きと蒸し、どっちにします?」
「焼いて、もう半分を水餃子で」
「わかりました。じゃあ調理台の生成、お願いしますね」
「まかしてまかして。あ、お肉はたっぷり目でね?」
「キャベツ多めに入れちゃいます」
「やーだー」
その二人は見ようによっては仲のいい姉妹のようにも見える。
だからその周囲に倒れ伏す、第一王子派の子飼い兵士たちと関係がないように思えた。
しかし、その街の住民はしっかりとアーサーの拠点に連れて行かれて宣戦布告しているところを目の当たりにしている。
言ってはなんだが、そうやって無邪気な姿を見せられても困る。
というのが全員の総意だった。
それはそれとして、見慣れぬ餃子なる植物は非常に美味しそうで。
興味を持つ者は少なくなかった。
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