第41話 おっさん、ザイオンをテコ入れする②

 大穴を抜けた先で一緒になったゼスター率いる『エメラルドスプラッシュ』、スラッシュ率いる『獣王の牙』、ユークリッド率いる『蓬莱の薬』と共に。

 洋一たちはザイオンダンジョンの最深層である15層へと向かう。


 道中でのトラブルは全て料理で解決してしまう洋一に、周囲は謎の安心感を覚えていた。


「何も俺は、生食文化を悪く言うつもりはないんだ。とある地域では刺身などのように生食を讃える国もある。生であることにこだわりを持つのなら、当然食い方にもレパートリーを持ってほしいというのが俺の見解かな? 生であればあるほどいいというのなら、その根拠も示してほしいと言ったところだ」


 生食論には色々言いたいことがある洋一。

 日本人である以上、刺身や生卵などに慣れ親しんできた。

 生野菜も普通に食べるし、ユッケなどの生肉も当然扱う。


 が、ザイオンの生食文化は肉を生で食い以外の努力が見当たらなかったのだ。

 解体直後の肉にかぶりつく派と干し肉にかぶりつく派。

 本当にこの二つの派閥以外にいないくらい、レパートリーに乏しい。


 ので、洋一ならではのアドバイスをした。


「ティルネさん、ごま油と塩を。ヨルダは大葉、生姜、ネギを」


「わかりました」


「オッケー」


「キュウン?(僕は?)」


「ベア吉はテーブルを出してくれ」


「キュン(はーい)」


「何をするんだ?」


 ユークリッドの訝しげな視線に、洋一は朗らかに答えた。


「料理だよ。生肉を生のまま、美味しくいただくための下拵えをする。使うのは包丁一本、それと調味料が少々。それであんたらも満足いく飯を食わせてやる」


 洋一は肉とほんの少しの調味料があれば食べられる知恵を分け与えた。


「今回はそこで倒したジャイアントセンチピードを置き換えた肉を使う。みんなにも味見をしてもらった後、方向性を決める。それでいいか?」


「構わない。基本的に生食なので備蓄は現地庁たちだし、干し肉を作る以外の調味料は持ち歩かないからな」


 スラッシュからの発言を聞き、実は生食文化の背景にあるのは、修行の一環ではないかと思い至る洋一。


 強者を打ち倒し、その肉をいただくこそがザイオンの求める野生。そのあり方が先祖代々根付いているのかもしれない。


 それはそれとして、洋一は腕を振るった。


「まずは生のままで」


「食えなくはないけど、大味」


 ユークリッドのパーティメンバーである呪術師が食べ慣れた味だ、とぼやく。


「塩を振れば少し変わりそうですね」


 そこにティルネが味変を思いついた顔でこぼした。


「意外とうまいな、あのムカデ」


 スラッシュは普段倒してもゴミにしかならないムカデ肉の意外な旨さに気がついたと表情を明るくしている。


「バカ、ムカデに肉はないよ。これはそこのヨウイチさんの技能だ」


 それをパーティメンバーに訂正され、恥ずかしそうに後頭部を掻いていた。


「そうだった。いや、普段の獣肉に比べて臭みはなく、非常に食べやすい肉だと思ってな」


「でしたら塩を振って揉み込んで臭みを消すのも一興。臭みが気になる時はこの大葉で包んでいただいてみてください」


「さっきの紫蘇とかじゃダメなのかい?」


 ユークリッドはチーズの紫蘇揚げをいたく気に入っていたようだ。大葉よりもそっちの方がいいのでは? と提案する。


「紫蘇は現状ヨルダしか扱えないジーパ由来の植物なので、ザイオンで仕入れるのは無理でしょう。なお、この気候での育成も適しません。店として売り物にはなりますが、取り扱いが難しいのです」


「なるほど」


「代わりにこの大葉ならザイオンの市場にも流通してます。紫蘇ほど強烈な酸味は持ち合わせておりませんが、肉の臭み消しには十分。ごま油は肉に揉み込むことで足りない油分と胡麻の風味を落とし込みます。フライなんかが懐かしく感じた場合はこれらを付け足すことでより深い旨みに近づけます。最後にネギ。こいつは香味野菜の中では独特な存在でして、これ自体が臭い消しにもなるし、形状の変化のしやすさから荷物のどの部分に入れても持ち運びしやすい。そしてこうやって刻むことで辛さが増し、香辛料の代わりにもなる。生肉のお供にもってこいの食事あなんです」


 散々口頭で説明した後、塩を揉み込んだミンチ肉をその場にいる全員(ジーパ組にも)提供する。


「これはうまいな。先ほど感じた水っぽさも消えてる」


「一度ミンチにすることで硬い筋に、赤みと柔らかすぎる脂身が混ざり合って面白い食感になってるわね」


「こいつを大葉で挟んでつまんで食ってみ? 飛ぶぞ?」


 スラッシュが驚きの声をあげてる横で、ヨルダの持ち込み食材の大葉が複数枚渡される。

 ヨルダ自らが大葉の上に適量のミンチ肉を乗せてくるんで口に放り込んだ。

 ザイオン人はそんなまどろっこしい真似はせず、大葉を手の上に広げてからミンチ肉を直接つまんで口に放り込む。


「ほう、この辛味もさることながら、鮮やかなる香味。癖になりそうだ。生肉といってもこれほどまでに食べ方に自由度があったのか?」


「今までの食事は一体なんだと言うのか」


「単純に今まで食べられてた焼き、煮、茹で、揚げ、炒めなどの作業を全撤廃されて施行が停止していただけじゃないかと思う。元々脂っこいのも大丈夫だと言うことが判明したし、特にこいつ、大葉は刻んでミンチに混ぜ込んでもいい。こいつをつまみにジーパ酒なんかも最高に合う」


「ジーパ酒か。お目にかかれたことはないな」


「持ち運びに非常に繊細な心遣いを要するからね。輸送に向かないんだ。なので、ティルネさん」


「こちらに」


「手製で悪いが、味わってくれ」


「ビールの開拓者である貴殿の手製、これは味わうほかあるまい!」


 ビールをえらく気に入ったザイオン人は、お猪口に少量しか入れないことを訝しむ。


「これだけか?」


 これではなんの足しにもならないぞ、とスラッシュ。


「ビールより酒精が強いため、こいつはちびちびいただくのが正解ですよ。酩酊状態はビールの5倍だ」


「む、エール以上だと言うのか? ならば心してかからねばなるまい」


 大葉でミンチ肉をつまんで、ジーパ酒をクイっといただく。

 含む量がだいぶ多かったのか、盛大にむせいていた。

 が、吐き出すような真似はしない。

 酒精が強いだけのエールとは違い、繊細な旨みがあった。


 大味なミンチ肉に塩を振り、ごま油を垂らしてもなお際立つ滋味。


「うまい!」


「そりゃよかった」


「気のせいか、体のウチが熱を帯びるな。たった一杯でこれか?」


「飲み過ぎれば毒となるが、適量では薬だ。こいつはたまに飲む程度にして、普段はビールにするといい」


「祝杯の席にはもってこいというわけか」


「俺たちはダンジョン攻略後もザイオンに在留するつもりでいるんで、何か入り用がアレなわけますよ。もちろん、お金はいただきますが」


「その時はぜひ寄らせていただこう!」


「あ、ずるいぞ! こっちの分も残しておけよな」


 喧嘩を始める二つのグループ。

 それに比べてゼスター率いる『エメラルドスプラッシュ』の面々は、すっかりジーパ酒に酔いしれていた。


「旦那、ありがとな」


「え、何が?」


ただ料理を振る舞っただけなのに、ゼスターは覚悟を決めたような顔でパーティメンバーのカエデと紅葉を見た。


「正直、今の俺に兄貴二人に勝てるビジョンは一切見えてこなかった。あの時は勢いのままにザイオンの王位を継承して見せるっていったけど、けど俺が王位になったとして、すぐに食生活まで変えることはできない。その時にカエデたちには苦労をかけると思っていた」


「ああ、そういうことか」


「でもジーパ酒と合わせれば生肉にもこれほどまでに食べやすく、それでいてジーパの風景を思い出させるものになる」


「そこまでは考えてなかったが、覚悟が決まったんなら何より。三人の未来は三人で決めるものだ。部外者があれこれは言わないよ。ただ、俺の料理がその糧になったんなら嬉しい限りだ」


「はは、旦那ならそ言ってくれると思った」


 ゼスターは憂いが晴れたような表情になり。

 そしてザイオンダンジョンの最下層で。


 洋一は思考に介入する存在を知覚した。


『よくぞここまで来た。母君の探し人よ。全ては牡丹姉より聞いておる。そこの悪戯娘だけでは信憑性はもてなんだが、母君に会いに行くのだろう? ならばこれが役に立つはずだ』


 ザイオンダンジョンの管理者か?

 洋一の首に、鏡を模したペンダントが現れる。

 これが一体なんだと言うのか?


『左様。ワシは【八咫】ここ、ザイオンの迷宮管理者を務める存在じゃ。此度は一番迷宮管理者【大和】と共に企んだ母君帰還イベントに巻き込む形になってしまって大変ご苦労をかけた』


 母君帰還イベント?

 それってこの世界がゲームに酷似してて、勇者伝説が御伽話のように伝承されていることと何か関係があるのか?


『そこまで理解しているならば話が早い。ダンジョンを魔王に見立て、勇者と聖女を選別。各ダンジョンからエネルギーの増幅権限を獲得して、最後に消息をたった五番目の迷宮管理者に認められたら、母君のいる世界にジャンプできる権限を得る、そう言う仕掛けじゃ。無論、勇者や聖女となるものには母君が飛んだ世界の住人が抜擢されるようになっておる』


 結構大掛かりな仕掛けなんだ。

 っていうか、そこでシルファスが選ばれたと言うことは、オリンは元の世界に帰れていないと言うことにならないか?


 洋一が話を聞いた限り、シルファスのいた世界にダンジョンの類はなかった。


『忘れたか? この世界にダンジョンを生み出したのが誰であったかを』


 オリンか。

 このまま放っておけばシルファスの元いた世界がダンジョンだらけになってしまう! 急いで連れ帰らないといけないな。


 それはそれとして、このペンダントってなんですか?

 洋一は率直な疑問を八咫に問うた。


『それは八咫の姿見輝くトラペゾヘドロンと言ってな。凝視することで遠くの風景が見れるのじゃよ。精密には、リンクを張った相手の風景が観れると言うわけじゃ。それを聖女の未来透視という形で落とし込む、マジックアイテムじゃ。今回聖女は生まれんかったがの。と、いうわけでお前さんに託す。無事母君を救出してほしい』


 え、じゃあ剣の方は?

 エクスカリバーだ。アレだけただの強い剣でしたってことはないだろう。


『アレは銀の鍵。多次元にアクセスするための鍵じゃ。八咫の姿見輝くトラペゾヘドロンを媒介に、リンクを張った相手の元に直接ジャンプできる優れものじゃ。無論、相応のエネルギーは持っていかれるがの』


 そういう仕掛けか!

 道理でセットで運用したがるわけだ。

 

 あれ? じゃあ直接その時代にジャンプできるんだったら、エネルギーの総量を増やす必要ってないんじゃ?


 洋一はアイディアロールに成功!

 GMの八咫は残念そうな声色で呟いた。


『一度に消費するエネルギーは30億。全てのダンジョンを巡って、総量を上げんことにはどうにもなるまい』


 それまではただの強い剣だし、知り合いの景色が見えるだけの鏡でしかないと言われてしまった。


 洋一はザイオンダンジョンの管理者と契約し、エネルギーの総量を上昇。

 無事最後のダンジョン『エルファン』の入場資格を得るに至った。

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