第41話

おっさん、ザイオンをテコ入れする①

「いや、悪かったよ。俺たちが間違ってた!」


 そう言って、二つの派閥のパーティメンバーが頭を下げた。

 まだ周回そのものは5周もしてないというのにだ。

 ゼスターだったらまだ足りないと追加でもう5周したが、この人たちはそこまでがめつくはないようだった。


「料理はね、その地域で培った技術の集大成なんだよ。好き嫌いがあるのは仕方ない。でも俺からしたら、食べず嫌いはもったいないことなんだ。ザイオンにだって、食べるための知恵とかあるでしょ? 生食文化をどうこういうつもりはない。そこにはその地域ならではの思想が宿ってるからね」


「残念だが、そんな思想はあってないようなものなんだよな」


 ゼスターが、洋一の意見を否定した。


「と、いうと?」


「もともとこの国の王族が、国民の食事に口を出したのが始まりだ。親父の代になるまでは、ミンドレイと似たような食事体系だったそうだよ。実際に、爺さん世代では野菜も魚も食べていた。他国みたいに料理にそこまで執着はなかったがな」


「どうしてまたそんなことに?」


「王政だよ。今の国王、親父だが。その親父と兄弟、叔父さんたちが食事事情にまでつっこんで国を滅茶苦茶にした」


「肉を食わない奴は戦士の名折れか、そういう風にか?」


「そんな感じだな。国と覇王が統治するからこそまとまりが生まれる。そして強き戦士こそが群れのボスとなる。ザイオンにとっての政治っていうのは、最終的に力任せだな。そういう意味では親父は歴代最強だった。そんな親父の愛した食事が肉料理だった。それも血の滴るほどのレアだ。親父が王位を継いだその日から、国民食に生肉が追加された。今じゃ国民の誰もがそれを食すのを当たり前にしてる。オレも、国を出るまではそれが当たり前だって信じてたよ。何せ食卓にそればかり並ぶんだ。兄貴もそうだろ?」


「ああ。だから俺はこの世界の食事事情を改善すべく立ち上がった。まぁ王位継承権は失っちまったがね」


「あんたは、ただのお好み焼きの焼き手じゃなかったのか?」


「今はそうだ。だが、一応生まれは王家だな。そこの弟とは一時期王位継承権で争ってた仲だ。今は退いたが、上の二人の兄貴を応援するより、オレとしてはまだこいつに王位を取ってもらったほうがマシかな、と思ってる」


 しかし推そうにもこいつは上二人の兄に技量が足りてないと付け足した。


「だから中立なのか」


「ああ、オレ事態は誰が王位を継ごうと関係ないからな。ただ、同じザイオン人として、生肉しか食事を知らない同胞を残念に思う。お好み焼きはそのスタートにすぎないのさ。まぁ、洋一さんの料理を知った後に、生肉だけの生活に戻れるかは知らんが」


 シルファスは、派閥争い中のパーティに向けてニッと笑って見せた。

 そうだ、もうこの飯を知ってしまったザイオン人は、前のパッとしない食事に歓喜を覚えられなくなった。


「まぁ、道中の世話くらいするさ。その代わり、食材の調達は頼むぜ?」


「良いのかい、王位継承権で真っ向から争ってる相手に手を貸すような真似をして」


 メンバーの一人が洋一に問うた。

 洋一は屋台の鈴を見せびらかしながら言った。


「今更だろ。この鈴を見てみろ。どこかの派閥に寄り添った品揃えだと思うか?」


「いや、確かにそうだが」


「それで良いんだよ。俺は料理人で、腹をすかしてる客に飯を食わせた。それ以上でもそれ以下でもない」


「はは、大きいなぁ。あんたみたいに器の大きなやつがトップになってくれたら、たみは安心するんだが」


「やめてくれよ、そういうのは性分じゃない。俺は好き勝手に料理を作り、それを食べて喜ぶ顔が見たいだけの男だよ。どこかの国に留まるつもりはないんだ」


「国にゃ収まりきらん器か」


「そうだね、師匠はすでにミンドレイ、ジーパ、アンドールからのお願いを蹴ってるから。もちろん国のお抱えの料理人としての願いだぞ? 今更そこにザイオンが加わったとして、後ろ髪引かれるもんかよ」


「ほんとなぁ、どういう胆力してたら国からのお誘い断れるんだって話だよ」


「やめてくれ、本当にそんなんじゃないんだ。俺はもっと自由でいたいのさ。あちこちでその地域で培われた食事を体験、自分のものにしながらアレンジを加える。それで十分なのさ。もう誰かのために腕を振るう年でもないしな」


「あんた、若く見えるが、違うのか?」


「もう38だ。年寄りの仲間入りだよ」


「見えないでしょう? 恩師殿は私より年上なんです。本人曰く、幾つになってもやりたいことが尽きないと言っておられる方です。私なんかはすっかり守りに入ってしまったというのに、この方にはそれがない。いつまでの前向きで前のめりです。だからなんでしょうなぁ、生き生きしておられる。私も見習って、いろいろ勉強しているところです」


「オレもおっちゃんも、師匠に拾われる前までは人生の落伍者だったからな。あんたらほどキラキラした生活を送っちゃいなかった。それでも、オレたちの弱さに向き合ってくれた。放任主義だったが、やりたい仕事があったら応援してくれた。俺たちはその反応が嬉しくて、一緒に行動してんだ」


 ティルネに続き、ヨルダまでもが意思表明をする。

 モンスターの始末や調理への手並みは見事なものだった。

 ただし洋一はそれを圧倒するほどの腕前で、師匠が師匠なら弟子も弟子だと派閥争いをしていた獣人が苦笑した。


「改めて名乗らせてもらおう。俺は第一王子派のパーティ『獣王の牙』のリーダーをさせてもらってるスラッシュだ」


「俺は第二王子派のパーティ『蓬莱の薬』のリーダーをしているユークリッドという。道中の食事、世話になる」


「改めまして、旅の料理人をやらせてもらってる本宝治洋一だ。あんたたちが腹一杯、元気いっぱいになって何をしようとしてるかに興味はない。ダンジョン踏破まではお付き合いさせてもらうよ」


 三人で手を組んで、道中の愉快な仲間ができた。

 酒を飲み、うまい食事を食べれば、上司への愚痴も自然と出てきた。


「うちの王子様はなぁ、非常に脳筋なんだ。何でもかんでも力で解決するし、暴力で対応する。民の心なんてまるでわかっちゃいないんだよ。それでもまぁ強いから付き従っちゃいるが」


第一王子派のパーティリーダーが、こんな言葉は口にすることじゃないが、と前置きを入れながら言った。


 第一王子アーサー=レオル=ザイオン。

 実際に兄弟として育ったシルファス、ゼスターが頷きながら同意する。

 脳みそから思想まで筋肉で埋まっているのかと思うほどの傑物だ。強いが、人の上に立てるかと聞かれたら首を傾げる人物だった。現王と同じく生肉至上主義で、王位を継承したら、今と変わらない食生活が続くことを意味した。


「そっちはパワハラで済むが、こっちの王子様はモラハラが酷い。部下を実験動物か何かだと思ってる節があるし、なんだったら同僚も何人か実験道具にされた。次の実験にされるのが怖いから従ってるが、俺たちはもう限界だ」


 第二王子マーリン=スネイル=ザイオン。

 第一王子とは違い、呪いや毒を使って相手に呪いを付与するタイプの王子。部下どころか家族に対しても「面白い実験結果が出たんだ」と称して毒物を仕込んだ菓子などを配って回る根っからの狂人である。

 何度もその洗礼を受けてきたシルファスとゼスターは満場一致でマーリンを王にさせたらダメだと結託している。


 だったら自分が王になったほうがマシだとシルファスが動き。

 それとは別に今まで放蕩息子としてやる気のなかったゼスターが参戦したことで後継者争いは激化した。


 それを聞いた洋一達は、他人事みたいに笑っていた。

 結局誰が王になったって、ザイオンという国は残るのだ。

 民を思うか思わないか。それだけのことである。


 洋一たちにとって、どっちが都合がいいかと言われたら、非常に悩ましいところだが。

 別に現王の生肉至上主義でも自分は自分の思うがままやっている時点で、何も変わらないのでは? と思っていた。


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