第40話 おっさん、ダンジョンを巡る⑥

 まずは最初に、第一王子派閥が力を見せつけるとボス部屋に乗り込んでいく。

 観戦するものたちは一定数いたが、それ以外の荷物持ちのほとんどはガーがいるが一体どんな量に化けるのか、興味を示すものたちで溢れた。


「まずこいつは、そのままでは食えないだろう。干し肉への加工が推奨される以前に、討伐部位以外での提供もないように思うが、普段は倒したらどうやってるんだ?」


 洋一は近くに集まってきた獣人たちに問いかけた。

 獣人の多くは戦士だが、全員が全員戦士を生業としているわけでもない。

 荷物持ちや、解体に長けたものもいる。

 そんなメンバーに、チームごとの特色を聞いたのだ。


「基本的にそれらを持って帰ることはない。持っていくのはここら辺だ」


 洋一が解体した後に、一際目立つ色合いの石に指を差す。


「これがゴーレムの心臓だ。ガーゴイルなどの石像なんかの核だな。こいつが残ってるとまた動き出すからな。これ単独では悪さはしてこない。討伐の要もこれをいち早く特定して、壊すのが定石だ。こんな綺麗な状態でお目に描かれたことはない。奇跡みたいなもんだ」


「そうなのか?」


「ああ。綺麗に切り取れる技術も確立していないからな。殺せば砕けた真核か、あるいは綺麗な状態の真核が手に入る。しかしそこまで綺麗な状態はお目にかかったことがない」


「その魔核以外は?」


「基本消えちまう部分だしな。持っていかないよ」


「ボス部屋の守護獣は消えるからね。納得だ」


 ならば、こう。

 洋一はその部位以外をミンチ肉に置き換える。

 半分をミンチ肉に、もう半分をソーセージに変えた。


「何が起きた!? ただの石塊が突然肉に!」


「このままでも食べれそうなほどの血の滴る肉だ。恐ろしい技術だな」


 サポートチームが洋一の技術に舌を巻く。

 料理人という肩書き以外に、この技能ならそれはもてはやされるのもわかると頷きあっている。


「もちろん、このまま食べても良いでしょう。皆さんのチームにこれを均等に分けます。それでですね、俺たちと料理勝負をしてほしいのです」


「料理勝負だって?」


「ええ。本当に生肉以外で力が出ないのか? それを知りたい。ゼスターさんの言っていた言葉の真意を知りたい。俺たちはね、結構自分勝手な存在意義を行動理念にしています。それが料理なんです。自分達が美味しいと思うものをみんなにも広く普及したい。それが根底にある。しかしそれを邪魔するものがある。それが食べず嫌いという概念だ。ザイオンに渡ってから、それに非常に困らせられた。だからもし、それがただの食べず嫌いだったのなら、これを機に新しい料理にも興味を示してほしいんだ」


 あなたたちはナタたちの料理のままで。

 何度でもリポップするボスで力を試しながら。

 ゆくゆくは全く違う、食べつけない料理にチャレンジしてもらいたいと述べた。


「わかった。一応呼びかけてみる。しかし進めるにしたって味の説明をするためにも実際に食べてみないことにはな」


「それは確かにそうだ」


「ならば食べやすいやつから少しづついきましょうか」


 生っぽい。しかし調理工程に焼く、炒める、煮る、茹でるなどの加工を施すことを約束させた。


 戦闘班がバトル明け暮れている頃、サポート班は洋一の屋台でチーズと紫蘇の揚げビールをアテに楽しんでいた。

 確かに、猫舌という弱点こそはあるが、それは食べていけば慣れていくものだった。


「へい、野菜スティックお待ち。師匠直伝うまみ熟成の干し野菜だ。肉と一緒につまんでくれ」


 ヨルダが洋一の熟成乾燥を用いた野菜スティックを差し入れに出した。

 ビールで気分を良くしたサポート班は、すっかり洋一の料理に胃袋を掴まれていた。

 その洋一を師と仰ぐ弟子が取り出した野菜を干した逸品。

 それを口に入れて、少し眉を顰めた。


 不味くはない。しかし肉ほどの旨味は感じなかった。

 先ほどのチーズの紫蘇揚げは美味かった。

 肉と同じ風味を感じた。紫蘇という野菜が口の中をさっぱりさせた。


「まぁ、食べ慣れないうちはそんなものですよ。しかしこれの当てに食べてみてください」


 洋一はそう言って新しい料理を出した。

 それが唐揚げである。

 ソーセージを丸く仕上げ、衣をつけて揚げた。

 鳥とは異なる薄味。

 味をつけた衣が、油と共に一つの味にまとめ上げる。


 それは獣人が口にするには油っぽく、そして熱かった。

 うまさは先ほどのチーズの紫蘇揚げの比ではない。

 だが、そればかり食べてれば、口の中はあっという間にギトギトになった。


「そこで、こいつですよ」


 先ほどの野菜スティックが差し出される。


「単独で食べたときは、その薄味に困惑したが」


「ああ、だが今は……この薄さが恋しくなる。これに慣れたとき、またこの唐揚げを恋しく思うようになるのかな?」


「その合間に流し込むこいつが至高なんだよ」


 そう言って、ティルネが用意した樽からビールをジョッキに注いだ。

 すっかり気に入られたようだ。

 

「お前ら、俺たちが必死こいて戦ってる間になんて有様だ」


「あ……」


 すっかりここがダンジョンの中であることすら忘れ、宴会を楽しんでいた第一王子派閥のサポートチームは、バトルチームの帰還に出迎え一つ寄越さず夢中になっていた。


「味は最高ですよ。肉じゃなくたって、こうも力がみなぎってきまっさぁ!」


 サポートチームの一人が、腕を捲って力拳を作る。


「あほ、非力なお前の力がみなぎったてってどうしようもないんだよ。今は腹が減っている。なんでも良いから食わせてくれ」


「今すぐに」


 そこでサポートチームは、すぐに洋一の食事を食べさせるべきか迷っていた。

 今教えなければ、自分たちで独り占めできるという考えが数瞬過ぎったのも嘘ではない。


 だが、力の源は肉にあると信じて疑わないザイオン人に、いきなりそれはハードルが高いだろうと考えた末に、徐々に混ぜる方針にした。


 最初は分けてもらったミンチ肉でユッケを提供。

 普段ならそこに塩水を越したスープを添えるが、今回はこれがある。

 ティルネ特製のビールだ。


 ビールを一度口に入れてから、なま肉だけではどうにも足りなくなる。

 その体験を通じて、ビールを注いで回った。


「おい、まだこれからダンジョンに潜るんだぞ? 酒は早い」


「これ事態は非常にアルコールは薄いんでさぁ。ただ、非常に気分は高まる。料理のアテにうってつけなんで、分けてもらいまいしたんでさ」


「ふん、ならば良いがな。ああ、良いなこれは。口の中がさっぱりする。飲んだことのないタイプの酒だ。確かに酩酊状態にはなってないか。ではいつものをいただこう。素材がガーゴイルという時点で不安しかないが」


 肉の出所がガーゴイルと聞けば、普通は疑って当然であった。


「うん? 悪くないな」


 軽く手掴みでつまんで、舐めとるように口に入れる。

 恐る恐ると言った行動も、警戒する必要がないと分かれば食いつきは早かった。


「お次はこいつになります」


 用意したのはユッケよりも火の入ったチーズの紫蘇揚げである。


「おい、これは肉じゃないだろう? こういうのはいらん」


「このエールにすごく合うんでさ。ユッケの合間におすすめです」


「ふん、どうだかな」


 ザイオン人は訝しみながらそれを口に運び、しかしすぐにユッケを口に入れる。

 まるでユッケで口直しをしているみたいだった。

 生肉至上主義の意識を変えるのは難しい。


「む? 肉の臭みが消えている。それになんだ、ビールとは異なるさっぱり感がある」


 咀嚼を続けるパーティリーダーが、普段と違う感触に違和感を覚えた。

 今まで露骨になま肉以外に何かを合わせたことがなかった。

 だがここにきて、新しい解釈が生まれた。


「それがこいつなんでさ。これ単品でも美味いんですが、肉は入ってないんで、に置くが恋しくなるんでさ」


「確かにな、肉のアテに良い。そこは認めてやる」


 言いながら、皿が空になっているのに気がついた。

 文句を言いながらも、つまんでいたら消えていたのだ。


「おい、おかわりをもってこい」


「ユッケですか?」


「さっきの紫蘇揚げもつけてくれ。あれを知ったら、ユッケだけじゃ満足できない腹になった」


 どうしてくれる!

 少し恨みがましそうに、パーティリーダーはサポート役に投げかけた。


「へい、ただいま」


 それを受けて、これは唐揚げと野菜スティックの魅惑の組み合わせもいけるなと内心でほくそ笑んだ。


 すっかり第一王子派の胃袋をつかんだ洋一達。

 それを横目に見ていた第二王子はメンバーは。


「おい、うちらも終了後あの飯が食えるのか?」


「さて。食材はあれきりだと言っておりましたし。ユッケ分の確保ならこちらにも少しは蓄えがあります」


 すっかり第一王子派閥を丸め込んだ洋一の影響は、すぐに第二王子派閥を巻き込むだろう予感は読み取れていた。

 

「やっぱり、ただの食べず嫌いなんじゃないか」


「だからそう言ってるじゃん。俺がそうであったように、食わず嫌いが多いんだよ、ザイオンって」


 洋一の言葉に、ゼスターが続く。

 どこか得意そうなゼスターの言葉に、これで国全体が仲良くなってくれたら良いなと願う洋一だった。

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