おっさん、ダンジョンを巡る⑤

 食べてみろ。

 ゼスターから言われた食わず嫌いが原因で、派閥が分裂しようとしている事実を突きつけられた男達はそこまで火入れがされていないお好み焼きを口にした。


 今まで食べてきた肉のどれとも違う。

 焦げた感じもなく、肉独特の臭みもない。

 今までの血の滴る肉は、確かにワイルドではあったが、食べた後の口臭も気になった。それがこれはどうだ。

 肉はほとんどと言っていいほど使われていないのに。

 なんとも口に合う味わいをしている。


 そして、食べ終わった後の満足感は、生肉を食べたときにも感じたものだった。


「これを食べた後で、守護獣を倒してもらう。もちろん、それぞれの派閥から選ばれた戦士であるあんた達なら余裕でこなせるだろう?」


「そりゃあな」


「もちろん、倒せなくったって問題ない。普段肉なんてほとんど食べてない俺が倒してやるからな。そして肉がなくても、飢えは満たせる、力がみなぎる料理を作れるのが他でもない、こっちの旦那なんだ」


 ゼスターは身振り手振りで洋一を紹介した。

 金属を先ほど肉っぽい何かに置き換えた料理人だ。

 先ほど食べたお好み焼きの作り手は、同じザイオン人。

 だから好みがわかるのだが、ミンドレイ人のこの男に任せて平気なのか? 

 男達の疑いの視線が洋一に降りかかった。


「その紹介の仕方はどうなんだ? まぁ、さっきみたいなので良ければいくらでも調達してやれるよ。生の料理がいいってんならそれも用意できる。ただ、食材はそっち持ちになるがいいかい? あくまでもこっちは持ってきた食材に対して料理を行うだけだ。なんでもは出せない」


 男達は顔を見合わせる。

 ゼスターの言い分は徹頭徹尾、食に関することだった。

 生肉至上主義のザイオン人に、火入れした肉も美味いんだってことを証明するための活動を、ナマ肉の入手が困難なここダンジョン十層で行おうとしているのである。


「確かにこの満足度なら」


「ああ、熱いとどうしても舌が拒否反応を起こすんだが、これならば食べるのに問題ないな」


 今まで熱の入った料理を食べてこなかった最大の理由は、極度の猫舌だからと判明する。

 料理人に言ってくれたら、いくらでも対処するのに、戦士のプライドが邪魔をしたのか素直に言い出せなかったみたいだ。


「なら、俺たちはここに休息所を作る。ボスの部屋は閉じ込められる感じか?」


「普通はな。ゲームじゃそういうタイプだった。全部倒さないと、次の階層に降りる階段、もしくは転移陣が出てこないんだ」


「なるほどな。もし出入りが自由にできる空間を開けると言ったらあなた達はどうする?」


「師匠、何するの?」


「旦那、まさかジーパと同じことをここでも?」


 以前体験したことのあるゼスター率いる『エメラルドスプラッシュ』が勘づいた。


「ああ、やってやれないこともないだろう。もしあれが可能ならば、存分に力を振るってもらえるし、ボス復活まで時間を取らせることもないと思う。それに……ダンジョンへのエネルギー供給にも繋がることだしな」


「エネルギーがなんなのかは知らないけど、それはそれで美味しいな」


「ゼスター、洋一さんは何をやろうとしてるんだ?」


「兄貴風にいうなら、リスポーンキルだ。ボスが沸くタイミングでボスを誘拐、ダンジョン内に出入り口を作れる旦那ならではの技能だよ。俺はそこでおおよそ一週間、基礎鍛錬を積んだ。ボスを傷つけず、いかに気絶させて持ち帰るかの研鑽を積んだんだ。無事に傷なく持ち帰ると旦那がご馳走を振舞ってくれたからな」


「なんて?」


 シルファスが理解の及ばない、という顔をした。

 意見を求めるようにヨルダに説明を求める。

 当の本人は頭の後ろに腕を回して、当時を振り返った。


「ジーパのダンジョンはあいにくとオレたちは連れてってもらえなかったからな。ね、おっちゃん?」


「ええ。あの時の私たちは非常に無力な存在でしたからね」


 まだミンドレイの土地での暮らししか知らなかった二人は、懐かしむようにジーパに渡った時のことを思い出す。

 初手、ジーパの守り神を葬ってそれで水餃子を作って食べた。

 懐かしい思い出であるからだ。

 同時に、あ、この人には勝てないと本気で思い至ったこともあった。


「キュウン?(そうなの?)」


 ベア吉にとって、二人は洋一の次に頼れる人間種だ。

 だから何をそんなに謙っているのかわからない。

 置いてかれないように必死に縋り付いているのはベア吉もまた同じだった。


「なんかわかんねぇけど、洋一さんはダンジョンすら自分の思い通りに手を入れちまえるということか?」


「正直、実際に見るまで信用できなかったけどな」


「お前が見違えるように強くなった時点で疑っちゃいないさ。でも、ゲームにそんなトリックはなかったからな」


 ゼスターの言い分にシルファスは疑いの目をかける。

 ゼスターが見違えるほどに強くなった原因が、洋一の料理だけではなく、そんな特殊な訓練法を用いてのことだったのは今聞いたばかりである。

 洋一と一緒に行動してきたシルファスであるが、流石にダンジョン内を自由に切り開いて移動できるなんて見たことも聞いたこともないので、素直に信じていいものかと迷っていた。


「まぁ、実際に見てもらった方が早いからな」


 洋一は包丁を取り出し、円を描くようにボス部屋の扉に大穴を開けた。

 奥が見通せない不思議な空間だ。


「中を覗いてみてください。そのまま入って、出てきてもらって構いません」


「本当に入って、出てこれた?」


「信じられん」


「これで好きなタイミングで戻ってこれるようになりましたね。ダンジョンはボス部屋の開放、施錠がリポップ時間に大きく影響することは周知の事実だからね。倒し損ねたダンジョンボスが、二度目の挑戦で全回復していたことなんてのはよくある事例だろ? あれはさ、ボスの複製体が入れ替わって起きる現象なんだよ。その分のリソースをエネルギーで賄ってる感じかな? ダンジョン側も、あんまり踏破されたくないので必死なんだよ。と、まぁこれはオレの持論でしかないんだけど」


 ダンジョンとの契約者としての見解を、契約者でもない人たちに説くのはルール違反という前に野暮だ。

 なので事前に自分の見識として発表した。


 これも多くのダンジョンを踏破してきた実績がなせるものだった。


「そういえば、そういうことも多いな。あれは複製体を使ってたのか」


「なお、こうやって出入りはできるが、扉が閉まってる状態だと、ダメージを与えてもすぐ復活するからなるべくダメージを与えずに失神させるのが得策だ」


 ゼスターはジーパでのダンジョンボスを思い出し、語った。

 牛頭と馬頭。

 牛肉と馬肉。刺身にしてもうまかったが、ステーキにしても絶品だった。

 肉が非常にたくさん取れたのもあり、洋一もあらゆるレパートリーを閃いた。


「ここのボス、鳥の石像、ガーゴイルなんだが?」


 魔法で動く存在に、生け捕りは可能なのか?

 そんな質問に、じゃあお手本を見せようかと洋一が立ち上がる。


「ヨルダ、ベア吉、お手伝いしてくれるか?」


「私は必要ありませんか?」


「力仕事だからね。その代わり調味料関連でお世話になるから」


「その言葉を聞けただけで十分です。いってらっしゃいませ」


 先頭において、力不足を痛感するティルネ。

 自分でもわかっている。これは相性の問題であると。


「うん、すぐ戻ってくるよ」


 洋一はそう言って、ヨルダもお砂と同時に降霊術の準備を整えた。

 ベア吉は、いつでもシャドウストレージに入れられるように影を伸ばしている。


「【活け締め】」


 洋一がガーゴイルの動きを止めた。


「よい、しょぉおおおお!」


 ヨルダが水が一切ない場所での大量の【水球】を発現。

 ガーゴイルに窒息攻撃は効かない。

 が、目的はそこではない。


「お姉ちゃん!」


「任された! スクナビコナ名において命ず。其はなんぞ?」


『我は水流! 意思ある水流! 神の意思が宿りし水の化身なり!』


 降霊術の上位版、神を下す術式で、水に神経が宿った。

 その水を、ヨルダが操る!

 ガーゴイルは水中に閉じ込められ、そして即座に氷漬けにされた。

 これでは動くこともままならないだろう。


「ベア吉!」


「キュウン!(いつでもいいよ)」


 広げていた影に、氷結したガーゴイルがすっぽりとおさまる。


「と、まぁこんな感じかな? 俺たちが出ていくと同時にリポップするので、戦いたい人はここに残ってれば大丈夫だから」


 皆が洋一達の手際にポカンとする。

 確かに魔法を使っての攻撃は徒手空拳を生業とするザイオン人からしてみればずるく見える。

 しかし何度もこの階層を突破したことのあるザイオン人ならば、それがいかに効率の良い仕事か理解する頭もあった。


 今は顔を見合わせて、ただただ調理に映る洋一達を眺めてみている。

 ただの料理人だって?

 馬鹿も休み休み言え。


 あれではイキっていた自分達がそれ以上できて当たり前だと態度で示さなければいけないではないか。


「あ、料理の方はもう少しお待ちくださいね。その前に準備運動でもしてきてはいかがです?」


 洋一が穴の向こうを指す。

 そこには完全復活したガーゴイルが、次の挑戦者を待ち受ける姿があった。

 そこの階層を通い慣れている各派閥の獣人たちでさえも、軽い運動感覚でそのボスを倒せたことなど、ただの一度もなかったというのに。

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