第37話 おっさん、ザイオンに向かう②
ヨーダ達を学園にまで送り届け、洋一はそこで学園のダンジョン契約者に出会う機会を得ていた。
その間、シルファスは借り受けていた生徒の送り届けの手続きをしてくるということで、学園長に会いに行っていた。
その隙にヨーダに少し時間をくれと言われて、こうして面会に赴いたのだが……
「洋一殿! よくぞ我が学園にお越しなさった!」
そこで、部室に案内されてる間、ロイドに捕捉されて急遽近況報告会となった。
「お久しぶりです、殿下。アンドールでは随分急いでおかえりなさいましたが、あれから婚約の方はどんなもので?」
「貴殿のおかげでとんとん拍子だ!」
それほど世話をした覚えがない洋一。
しかしロイドが褒め称えるのでそれでヨシとする。
貴族のお偉方というのは何かにつけて文句を言ってくるパターンがあると聞く。
向こうが気分がいい時は、逆らわずにヨイショしとくというのがこの世界で培った洋一の処世術だった。
そこで、ロイドの横で見知らぬ少女がスカートを上げてお辞儀してきた。
「お初にお目にかかります。わたくし、ロイドお兄様の妹をしております、カプリンと申します。以後お見知り置きを」
「殿下の妹君ということは、王女様ですか。初めまして、流れの料理人をしている洋一と申します。殿下の他に陛下にもよくしていただいておりますよ。こちらこそよろしくお願いしますね」
「お兄様、この方がわたくしのご病気を治してくださった料理人なのですわね! お会いできて光栄です」
洋一は初めて聞いた話題に首を傾げる。
ロイドはそういえば言ってなかったなと思い出して改めて紹介をしてくれた。
「実は妹は寝たきりで。以前父上、陛下が口にした食事が目の覚めるような美味しさで、不調が治ったとおっしゃっていたとかで。それだったら妹にも食べさせたら病気も治るんじゃないかと食べさせたところ……」
「治ったと?」
そんな効果あったかな?
どこかで料理バフが発動したかもしれない。
洋一はただその時の気分で作っているのもあり、バフ内容を熟知していないのだ。
普通ならその部分を考察して効能を高めるように動くのだが、洋一にとって二の次。
まずは旨みを引き出し、さらには旨い食べ方の研究。最後に料理を振る舞ってもらったみんなが笑顔でいてくれたらそれ以上を求めない。そういう男だった。
「ええ。こうして起き上がれ、尚且つ学園に通える機会をいただいた洋一さまと直接出会えて感極まっております。もちろん、食事をいただく機会をくれた紀伊お姉様にも感謝しておりますのよ?」
紀伊に至ってはうんざりといった感じ。
これは相当に振り回されているな。
表情からその様子が窺えた。
ただでさえ
「でしたらこれから食事会を開こうと思っていましたので、ご一緒にいかがです?」
「まぁ、よろしいんですの?」
「カプリン、ダメだろ? 洋一殿は御用向きがあってこの学園にお越しくださったんだ。そこに甘えて入っていっちゃいけないよ」
「いやいや、全然いいですよ。俺としても作ったら多くの人に食べて欲しいですから」
「そういうことでしたら、ご相伴に預かります」
ペコペコと頭を下げ、カプリンのほかにロイドとオメガまでついてきた。
ヨーダはそれにうんざりとしたような視線を投げかける。
妹のカプリンをダシに、まんまとついてきた食いしん坊達に辟易してるような、そんな視線だ。
「あら、ロイド様? とヨーダ様方ではないですか。お揃いで私に何のご用向きでしょう?」
「やぁカプリン。実は私の恩人が君に用があると聞いてな。私も一緒についてきたというわけだ」
「アンドールで領主代行をさせていただいてる本宝治洋一と言います」
「あーーーーー」
突然椅子から立ち上がり、大声を叫ぶアソビィ。
洋一の情報を家族から聞いていたのか、腕があったら指差していることだろう。
「どうされました?」
「あなたがアンドールをめちゃくちゃにしたから! 私の家が没落したんですよ!」
「めちゃくちゃ?」
「どういうことだ、ヨッちゃん?」
「実はその子、クーネル家のご令嬢でな」
「あー」
そのつながりか、と洋一は頷いた。
ロイドだけが理解が及ばぬという顔。
しかしここで真実を語ってしまっていいものか。
「では、彼女が?」
「ああ、学園ダンジョンのマスターだ。今はこの通り重い代価を背負って生きることになっている」
重い代価。確かに本来ならあるはずの両腕が見当たらない。
一体何をしたらこんな目に遭うのだろうか?
「アソビィ様。この方が例のエネルギー大量獲得の奥義をお持ちのお方です。ご無礼なきようにお願いしますね?」
ヨーダがアソビィに余計なことすんなよ、メンチを切りながら促す。
令嬢モードなので、結構な圧力が周囲にかかってる。
「ぐ……ぬぬ。お父様達の仇に恩を受けるなど、末代までの恥」
商人ギルド長のデブルに関してはアンスタットの全員で報復した覚えはある。
しかし前領主に関しては全く何も知らない洋一だった。
ダンジョンに落とされ、帰ってきたら全部終わっていたのだ。
だからこそ、アソビィに言いがかりめいたものを感じてしまう。
「洋一殿が仇とは……一体何をされたのです?」
「全く身に覚えはないんですが……もしかしたらあれかな? というのだったらいくつか」
「お聞かせ願えますか?」
一様には信じられないとロイドは洋一に尋ねた。
洋一は知りうる限りの情報を出した。
みるみる顔色を悪くしていくアソビィに、怒りに腕を振るわせるロイド達。
「つまり、クーネル家は……」
「俺が知る限り、アンドールを実質裏から支配をしていた一族です。民達に重い税を課し、そして国外からの為替を操作し、不正に資金を巻き上げていた。その一部を王国に献上し成り上がったのでしょう。そして逆らう存在には賊を雇って襲わせたり、サンドワームを操って街ごと破壊した。俺が知ってるのはこれくらいですが、叩けばホコリはまだまだ出てくるでしょう」
「何ということだ。失望したよ、アソビィ嬢」
「ち、違うのです殿下! この者は嘘を申しております!」
「ほう、私の恩人に向かって嘘つきとは、随分と申せるようになったものだなアソビィ嬢」
周囲が冷え切るような威圧。そして腰から引き抜かれる小剣。
それを後ろから支えているオメガ。
ヨーダは何やってんだか、という冷ややかな視線。
「どうやらいくつか行き違いがあったようだ。俺は気にしてないよ。ただ、アンドールのみんなは君のご家族をひどく恨んでいたように思う。俺はさ、苦境に陥った民達を見捨てられなかった。君たちミンドレイ貴族のやり方に納得がいかなかった。でも違うのだね、俺は気づきもしなかったが、たちなりにアンドールを良くしようと働きかけていた。それが民達に伝わらなかった。そうなのだろう?」
洋一は自分たちの理解力のなさを詫びた。
「そうであったか。これは失礼をした。すまないなアソビィ嬢。私も度量の狭さを露呈してしまう始末だ。許してもらえぬか?」
ロイドは納刀し、アソビィは命が助かるならもうそれでいいやとこくこくと頷くだけの人形となった。
このやり取りだけで洋一をどのように思っていても、自分に味方はいないのだと理解するアソビィ。
仕方なく、この場にいる全員を自身の管理するダンジョン内に案内することに。
実際に管理してるのはヨーダ達だが、それをバラしたら今度こそアソビィは命を散らすことになる。
今こうしてロイドやオメガにチヤホヤしてもらってるのに、それを自ら手放すなどあり得ない。
ただでさえ、今のやり取りで信頼は地の底まで失墜してしまったからだ。
そしてダンジョン内。
セーフゾーンにて食事会を始める洋一達。
「ダンジョンというのは随分と埃っぽいところですのね」
こほこほ、と咳払いをする王女様。
そう言えば病み上がりだと言っていたな。
「ヨルダ、空気清浄の魔道具を頼む」
「オッケー」
洋一に頼まれてヨルダは即座に作業にかかる。
それが珍しいのか、ロイド達が興味津々に眺めた。
「ここをこうして、こうなぞって、こう」
見た限りでは簡単に作ってるように思う。知らない技術だ。
ミンドレイの魔道具とは根本から異なるように思った。
「よし完成。ヨーダさん、これ壁に設置していい?」
「オッケー」
アソビィの気など知らない軽いやり取り。
かくしてそれは設置された。
「あら、随分と埃っぽさが消えました。これならばここで食事もできそうですわね。ご苦労おかけいたしました」
「いいえ、こちらも食べてもらうのにご都合を悪くされてしまっては本末転倒ですから。ティルネさん御貴族向けのテーブルセットをお願いします」
「任されました。少しお待ちください」
ティルネはミンドレイ貴族の挨拶を交え。ステッキを軽く振り、そこに魔法陣を描いた。そこにステッキを二度、叩く。
浮かび上がる魔法陣。そして魔法陣の術式によって木のテーブル、人数分の椅子が土の中から競り上がって形作る。
懐からテーブルクロスを抜き出し、テーブルにかける。
人数分のクッションを簡易的な異種に乗せ、再度ミンドレイ式の挨拶によって貴人達に案内した。
「まぁ! まぁまぁまぁ! すごいですわ!」
王女様はその場で手を叩き、ティルネの仕事に喜びの表情を浮かべる。
デモンストレーションとしてもこの上なく奇抜。
しかし座り心地はこれ以上ないほどである。
気遣いの人であるティルネならではのおもてなしであるが故である。
「ヨルダ、どうせならばこの場に調理室も作ってしまおうか。テーブルセットもここに置いて、生徒達に使ってもらおう」
「いいよー。アンドールダンジョンにおいたのと一緒でいい?」
「多くは求めないさ」
「それって、お前が作ったの?」
「アンドールのはそう」
「へぇ、やるじゃん。あとで作り方教えてよ」
そんなやりとりをロイド達は楽しそうに見つめる。
しかしヒルダはそれを信じられないように見つめていた。
自身と実の姉ヨルダの実力差は僅差であった筈だ。
確かに禁忌の森では
だが心は否定する。
まだそう離れていないと信じていた。
しかし、今の自分にヨーダに興味が引く技術があるか?
ないと言い切れるほどになかった。
ただの仲のいい姉妹。それ以上でもそれ以下でもない。
ヨルダの魔道具はあっという間に出来上がった。
その上で扱い方を説明していく。
「へぇ、魔獣の魔核(微)を燃料とするのか」
「うん、拾っても大したお金にならないみたいでさ。だったら燃料にしちゃえば良くねって思った。でかい魔核の方が燃料としてのもちはいいけど、そういうのはお金にしたいじゃん」
「それはどんな魔核でも利用可能なのかい?」
「神話級のはサイズ的に無理かな?」
「あはは、そんなの出てきたら私たちじゃどうしようもできないよ」
それはそう。
学生達のダンジョンに、そんなのが出てきたらミンドレイは文字通り終わる。
「じゃあ、お楽しみの食事会を始めるよ。まずはスープから。病み上がりのお嬢様もいるからね。あまり揚げ物オンリーは憚れると思って。でも安心してくれ、スープといっても固形物もしっかりとある。水餃子という名のスープだ」
「餃子!」
反応したのはオメガだ。
すっかり餃子の虜である。
脂っこいのが大正義のミンドレイにおいて、餃子がもたらしたジャンク感は新しい扉を開いていた。
ゴールデンロードには足繁く通ったオメガであるが、やはり洋一の作った本物とはどこか違う偽物が多かった。
だがこれを口にした時「ああ、これだこれだ」という感情が競り上がってくる。
それをヨーダが「何こいつ? キモ」みたいな顔で眺めていた。
「嘘……こんなことって」
アソビィは、全く違う数値に驚いている。
それはエネルギーの総量だった。
今の水餃子を一食で、アソビィが必死になってためた1000を簡単に上回った。
両親を失い、実家は没落。それほどの不幸を得て手に入れたエネルギーはいったい何だったのかと思うなどしている。
「お口に合わなかったかな?」
「そうなのか、アソビィ嬢」
両腕がないためにロイドに食べさせてもらっているアソビィ。
そこで自分が気にいる味が気に入らないなどと誰が言えようものか。
「いいえ、いいえ違いますわ。びっくりするくらいに美味しくて、少し気が動転してしまいましたの」
「ああ、そうだろうね。蒸し餃子こそが最高だと思っていたが、こうして煮たものもまた美味しかった。タレに浸すこともなく、これほどの旨味を引き出せるリュオ売り人はそう多くないだろう」
ロイドに至っては絶賛だ。
そして次に現れたのは春巻きだった。
「これ、ゴールデンロードにあったものですよね? 僕はこれよりもやはり蒸し餃子の方が……」
オメガが不服そうに差し出された皿に評価を下す。
しかしゴールデンロードでバイトしているマールにとっては見慣れない色合いだった。
「いえ、これはウチで扱ってる春巻きとは異なるものですよ。今から楽しみです」
マールがその味を精査しようと頬張り、驚きの声を上げた。
口いっぱいに溢れたのは肉汁の旨味。そして辛さだ。
火が出るほどの辛さ。しかしそれを緩和させるための具材で咀嚼するたびに口の中が幸せに満ちていく。
一口、二口と食べ進めていけば次、次と端を差し出していく。
このままではマールが一人で全て食べてしまいそうな勢いだった。
「そんなに美味なのか?」
「マール嬢、そんなに勢いよく食べるのははしたないぞ」
そう言いつつもしっかり自分の分を確保する男性陣。
そして口に含んで、自分の下した評価を即座に取り下げるオメガである。
「これは……」
「ポンちゃん、これって」
「ああ、カレー味だ。アンドールが辛味のメッカでな。本格中華もできそうなほど香辛料が各種揃っている。しかしその豊富さからこういうのも面白いんあじゃないかと思って」
「エールのお供に最高なやつ」
「さすがに学園内では出さないぞ?」
「ちぇー」
あわよくば飲みたがっていたヨーダ。令嬢の姿でそれはやめておけと洋一は釘を刺した。
「ああ、集合場所にいないと思ったらこんなところに」
合流したシルファスが、何食わぬ顔でロイド達に挨拶を交わした。
「シルファス殿下。学園長はなんと?」
「思いの外早く帰ってきてくれたので陛下の顔に泥を塗らなくて済んだと」
「本当ならこんなに急にやってきて、人員を招集するなど無粋の極み。しかし我が国はザイオンと友好国であるからな。これは貸しだぞ?」
「ああ、心得ている。しかし意外だな、洋一殿がこのようなジャンクを」
「ポンちゃんは人に合わせて出す料理を変えるからな。自分の旨いを追求する上で、ただそれをゴリ押しをしないんだ、自分の料理に限界を作らないために、常に勉強の男だよ」
「そうであったか。だから故郷の食べ物についてあれこれ聞いたのだな」
うんうんと頷くシルファス。
そこでロイド達がザイオン国の国民食に興味を示した。
「でしたらザイオン料理をいくつかお出ししますよ。聞いた話なのでどこまで再現できるかわかりませんが」
「なら俺自らが評価しよう。洋一殿なら間違いはないと思うが」
「はは、合格点をもらえるように努力するさ」
それから数時間。ミンドレイ、ザイオン、ジーパのやんごとなきお方を交えた食事会は続いた。
それぞれの国民職を完全再現した。
全員が笑顔。
そして食事会は終了した。
全員がお互いの国を認め合うように、握手を交わす。
そしてその場で得られたエネルギーは1000万をこえた。
アソビィは「何だこれ」と有り金を全部溶かしたような顔でその場に立ち尽くしていた。
料理一つで全員から好意を抱かれる存在の洋一と出会い、彼女の中で何かが変わっていく。
「これが、運命の出会いというのかしら」
ちょっと乙女チックな感情を昂らせ、今までにない心地でダンジョンを後にした。
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