おっさん、ザイオンに向かう③
「いやぁ、一時はどうなることかと思いました」
一路オルクハウゼンまで戻ってきた洋一達は、ギルドマスターにそう報告した。
わざわざ中央都市を離れてこっちにきた理由は、単純にザイオン行きの船が出ている港がこっち方面にあるからだ。
ミンドレイ大陸は三日月に谷山がぐるっと囲んでおり最南端の禁忌の森、そして中央都市から東にジーパ、北にアンドール、西にザイオン行きの便が出ている。
そのため中央都市から目的の港町に行くために、わざわざアンドール方面のおルクハウゼンまで来る必要があった。
山岳を直接超えられたらよかったんだが、途中道のない場所も多く、王族のシルファスを連れて歩くのに不適切としてこちらを選んだ次第だ。
「随分とお早い帰りだな。本当に行って帰ってきただけじゃないのか?」
「問題ない。聖剣の封印もこの通り解けた」
シルファスがギルドマスターに聖剣エクスカリバーを見せつける。
素人にはぱっと見で変化の程が見当たらない、
しかしシルファス本人が自信満々に言うのだから、それをギルドマスターが咎めるのも違うだろう。
何にせよ、これで意味のわからない海路封鎖も無くなった。
心置きなく仕事もできると言うものだ。
ザイオンからは上級冒険者を輩出してもらってる。
高難易度のクエストに出てもらおうにも、今回のような王命を行使しての封鎖は後にも先にもこれが初めて。今後同じようなことがあればミンドレイの被害が増えるばかりである。
だからこそ、今回の仕事の早さに対して、ギルドマスターは報酬を上乗せした。
「これは成功報酬だ」
「前金はもらってますが?」
「気持ちの問題だよ。ザイオンとの海路封鎖は仕事に響くんだ。ザイオンからは人材を、ミンドレイからは魔道具を。それぞれ送り合って友好国たり得る」
受け取った皮袋の中身は結構な数の金貨だ。
洋一は中身を確認せずにティルネに渡した。
枚数を知ったとして、それがどれくらいの金額なのか、洋一が計り知れないからだ。
「おお、すごいな。ゲームじゃ前金だけで護衛は雇えるんだが」
「ここはゲームじゃないってことさ。さぁ、早速マッシュアンクに向かおうか」
「待った、あんた達だけで行くのか?」
あんた達。洋一にヨルダ、ティルネにシルファスを加えた四人組である。
「何か問題が?」
「紹介したい冒険者がいる。護衛にどうだい?」
「ふぅむ。しかし急ぎの旅でもないんでね」
洋一は一瞬考えるが、すぐに今のメンバーで問題ないと言い切った。
ザイオン出身で元日本人のシルファスがいるので、案内は問題ないと言いたいのだ。ギルドマスターはシルファスが転生者である事実は知らないが。
「今なら護衛費は半額でいい」
「随分押してくるじゃないか」
「あんた達とバッティングしたら、ぜひ押してくれって頼まれてたんだよ」
「一応、名前だけでも聞いておきましょうか」
「あんたの知り合いだと聞いてるぜ。『エメラルドスプラッシュ』この名前に聞き覚えは?」
「ああ、ゼスターさんたちか。確かザイオン出身の獣人でしたね」
「よかった、やっぱり知り合いか。どうも諸事情あって向こうに渡れないらしくてな」
「その諸事情って海路の封鎖ですか?」
「ああ、その通りだ」
洋一はシルファスに振り向く。
あまり馬の合わない兄弟だと聞く。合同していいか?
そんなコンタクトだ。
「問題ない。洋一さんには関係ない、こちらのことだからな」
シルファスは他人に面倒かけるつもりはないと潔く引き受けてくれた。
「よかった。それでは護衛の件、引き受けましょう。あれからどれほど強くなったのか、気になりますね」
「よかった、じゃあそいつらと連絡を取り付ける。しばらくはオルクハウゼンでゆっくりしてってくれ」
「わかりました。臨時収入もありますし、しばらく外食でもしてますよ」
「そうしてくれ」
マスタールームを出て、そのまま冒険者ギルドを抜ける。
「シルファスさんはミンドレイ料理はどれくらい精通してます?」
「ほぼ皆無と言ったとこだな。本当に家を出てそのままミンドレイに向かったんだ。ゲームだったら行き先を決めるだけでオートで進むんだが、この世界ではそこだけがネックだったな」
本当に周囲に目を向ける余裕もなかったように言う。
料理人として、それは勿体無いと思う洋一。
「なら少し食べ歩きでもしましょうか。お金も両替してないでしょう?」
「ゲームは共通金貨だったしな」
「あいにくと国ごとに通貨が違いますよ。ミンドレイは金貨、ジーパは赤札、アンドールは打ちつけた金板。これらがお金になります」
「へぇ。所変わればってやつか」
「ゲームと違って面白いでしょう?」
「恩師殿、また綿飴の屋台が出ています。買われて行かれますか?」
「綿飴まであるのか! 前世では屋台の定番だったな。これと焼きそば、焼きもろこし、りんご飴が鉄板だった」
「へぇ、俺はお祭りはよく知らないんで、そっちの情報に興味ありますね」
「あ、洋一さんはダンジョンのある世界だったか。それじゃあお祭りなんて危なくてしてられないか」
「そう言うことです。お金は出しますので色々見繕ってもらっていいですか?」
「そう言うことならまかしてくれ!」
シルファスは初めて前世について語れる相手ができて嬉しそうに表情を弾ませた。
そして十数分後、すっかり大荷物を持つ洋一達の姿があった。
宿に持ち込み、味の品評会などをしている。
「うーん、どこはかとなくコレジャナイ感」
「それは仕方ありませんよ。どうしたってお国柄が出てしまいます。ミンドレイはとにかく高カロリー! 油っぽいのがお国柄です。ジーパの方やザイオンの方はそれが少し苦手だと聞いていますね」
「なるほどなー。こうやって外の大陸まで来て食べ比べしたことがないからわからなかったわ。それ以前に前世と味覚が全然異なるのもその違いに拍車を欠けているのかも」
「やはり前に比べて猫舌に?」
「ああ、鉄板焼きはよく冷まさないと食えなくなった。熱いのがうまいのによ、これじゃあ本末転倒だ」
シルファスはそれだけが残念だと言った。
しかしそれ以外の肉体スペックが前と比べるまでもなく上昇してるという。
「昔はどれだけ鍛えても筋肉がつかなかったからな。こっちはただ運動してるだけでもりもりついてく。前までは重くて持ち上げられなかったものもこの通りってな」
ベア吉を片手で担ぎ上げる。
本熊も初めての高い高いに喜んでいた。
なお、ヨルダもティルネも同じことをしようとするなら魔法抜きではできない。
ベア吉はとても重いのだ。見た目の可愛さとは裏腹に、普通に軽自動車くらいの重さを保持していた。
それを宿に連れ込んで、よく床が抜けないものだ。
シルファスはできれば前世のうちにこの能力を手に入れたかったと嘆いている。
転生する前と今。それぞれ違っている箇所は多く、そして種族の壁が前世の夢を諦める原因となっていた。
「猫舌、そして生食文化ですか」
「ああ。ザイオンに限って言えばユッケとかの方が正義なんだ。それを焼くって言った時の周囲の白けた目は今でも忘れらんねぇよ」
「これは俺の経験則なんですが」
「ああ」
「ジーパの人たちも、最初はミンドレイのような脂っこいものは受け付けないとおっしゃってたんです」
「だろうな」
「でもですね、一度美味いと思ったらその限りではないんですよ。最初こそ忌避されましたが、本当に美味しい料理を口にした後、人は意見を変えるものです。俺はジーパに中華を持ち込みました」
「うわwww」
シルファスは思い切ったことをするな、と内心で叫んだ。
古き良き日本文化のジーパに中華は横暴だろう。
だが、洋一の話を聞くうちに、すっかり中華に染まったジーパの話を聞き、自分はただチャレンジ精神が足りないだけだったのだと思い知る。
「そんなわけでですね、ザイオンもまだ鉄板焼きの美味しさを知らないだけだと思うんですよ。それでこれは提案なんですが」
「ちょっと聞くのが怖いな」
言わんとすることが、もし自分の考えている通りなら。
シルファスは王族としても、勇者としても大成できなくなる道を歩むことになる。
「俺と一緒に屋台をしませんか? もちろん、ダンジョン攻略のついででいいので」
「俺を鉄板焼きのメインに置くという話じゃなくてか?」
少しの肩透かし。
てっきり自分に鉄板焼きをするための準備をすると申し出ると思っていたシルファス。
「そこは俺も料理人ですからね。人のを見ていたらきっと自分も作りたくなる。だからここは共同屋台ということでお願いします。あなたは矢面に立たなくていい。同じ鉄板焼きの共同オーナーとして、一緒に作ってくれませんか?」
それは、シルファスに王族として、勇者としての道を諦めることなく前世の夢も一緒に見てやろうぜという誘いだった。
シルファスは片手で顔半分を覆う。
自分はこんなにも泣きやすかったか?
ボロボロとこぼれ落ちる涙を堰き止めるように、手で瞼を擦りあげる。
垂れ落ちそうな鼻水を啜り上げ、再び洋一に向き直る。
「俺なんかでよければ、いくらでも」
「そう謙遜なさらないでください。あなたに教わりたいと思った。あなただから誘ったのですよ、シルファスさん」
今まで王族としても落ちこぼれと言われてきた。
ゲーム知識しか披露できるものがなく、種族特性で鉄板焼きとは相性が悪かった。
それを、全て承知の上で誘ってくれた。
これを断れるはずがない。
これを断ったら男じゃない。
料理人じゃない。
先ほど拭い去った涙がまた込み上げてきそうだった。
「こちらこそ、知識でも技術でもなんでも提供しよう。その代わり、どうすればザイオンで鉄板焼きが流行するか一緒に考えてくれたら助かる」
「では決まりですね。このまま商人ギルドで登録してしまいましょう。その前に宿屋の厨房を借りて一枚差し入れを持って行きましょう。ミンドレイ国民はこういうコッテリ系は大好きですからね」
「天かすマシマシで作ってやるか!」
「焼きそばも入れましょう」
「それは邪道だ」
「えー、美味しいのに」
「俺も好きだが、客は大阪風か広島風でうるさいんだよ」
「ここは日本ではありませんよ? だからこそ好き勝手できる。うるさい客はアジで黙らせてやれ。それがこの世界のルールだと俺は思ってます」
「それもそうだな。しかしソースがな」
日本的な中濃ソースがない。
ミンドレイにもソースはあるが、味が濃厚すぎて果物の甘味が感じ取れないものがほとんどだった。
「うちのティルネさんは俺の好みの調味料を提供してくれる。色々情報を提示してくれたらオリジナルソースを作り上げるくらいはしてくれるぞ」
「なんと!」
シルファスのティルネを見る目が変わった。
今までは師匠と仰ぎ、さらには魔法使いとして尊敬。
ジーパ菓子の腕前で度肝を抜かれてきたシルファスであったが、ここにきて調味料の伝道師という肩書きを聞いて感極まった。
「師匠、俺に焼きそばソースをお恵み願えますか?」
「引き受けましょう。恩師殿も欲するそのソース、見事達成してこそ詩としての腕の見せ所!」
「ありがとうございます!」
「しかし私一人だけでは至らぬ道。野菜全般、果実にお米の生産者であるヨルダ殿のご助力も頼まなければならぬでしょう」
シルファスは信じられないという顔。
こんな小さな少女がこのパーティの中で一番の信頼を勝ち取っている事実。
洋一からも、ティルネからも一目置かれてる存在。
「なぁ、オレにはお願いしますって言わねーの?」
「頼めるか?」
「土下座したら考えてやる」
「お、俺は王族だぞ!」
「残念ですが殿下、あなたと彼女に生まれの違いは誤差です。彼女は公爵家令嬢正統後継者。つまりは王女殿下の御息女。王族は親戚です」
「ぐっ! とんだところに伏兵が! もしや師匠や洋一さんもどこかの国の王族だったりとか?」
「私はただの男爵上がりですよ」
「俺は平民。なんなら戸籍もないぞ。一応肩書き的にはアンドールの領主代行ではあるが、ほとんど役割果たしてないからな」
「ほれほれどうしたよ、お辞儀でもいいぞ? お願いしますっていうだけでみずみずしい野菜にお米、果実なんかもつけちゃうぞ? 普通お米はジーパの豊かな四季でしか栽培できねーのに、俺はどこでも白米を調達可能だ。この意味がわかるか?」
「お、お願いしましゅ」
「いいぞー、オレは心が広いからな。ちびっ子と言ったことも気にしないでおいてやるよ」
けけけ、と悪魔が笑うように応答するヨルダ。
気にしないと言いつつもしっかり気にしてるあたり彼女らしい。
それからしばらくして、シルファスの求めた中濃ソースが出来上がった。
なんあらこれは前世の味を上回るんじゃないかというほどの出来だった。
洋一の打った麺を茹でて鉄板の上でソースと絡める。
モッチモチの太麺。
もうこれだけで上手いと確信できるほど。
だがシルファスの仕事はここからだ。
お好み焼きを焼きながら中に焼きそばを閉じ込める。
それを折りたたんで上からソース、青のり、マヨネーズをトッピングして最後に紅生姜を添えた。
もう見ただけでソースの濃厚さが宿のあちこちに広がっている。
女将さんは「あたし達の分もあるんだよね?」と声で圧をかけてくるほど。
結局、商人ギルドへの持ち込みは翌日にまで持ち越した。
ソースのうまそうな匂いに集まった客によって、ほとんど食べられてしまったからだ。
その日、シルファスは自分の焼いたお好み焼きを笑顔で食べる民衆の顔が忘れられなかった。
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